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ヨグの大航海 〜孤島の戦闘民族は国造りをしますっ  作者: バッド
1章 航海の始まり

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10話 放浪の帆船

 海面にゆらゆらと揺れる帆船はまるで木の葉のように頼りなく、少しのアクシデントで沈むものだと、私は応急処置をしている艦隊を見て、ため息を吐いた。


 甲板の所々に溜まった水溜りにぼんやりと映るのは、プラチナブロンドの髪を肩まで伸ばし、サファイアのような美しい瞳の少女だった。


 即ち、私だ。ガルドン王国の王女、レーナ・オル・ガルドン第一王女。今回の貿易を失敗させた不甲斐ない私の姿だった。サハギンの血がついた提督服は洗濯しないといけないだろう。


 ため息を吐く私へと、少し老いて白髪の目立ち始めた艦長が近寄ってくるのが見えた。


「レーナ姫。どうやら、3隻とも航行可能のようです。2番、3番艦はマストを一本折られましたが、残りのマストが無事なのが助かりました。破れた帆も応急処置でなんとかなりそうです」


「わかりました。それでは帰還しましょう。もはや南大陸までの航行は不可能だと考えます」


 手を握りしめて悔しさを表情に出さないように気をつけながら、艦長へと指示を出す。


「はっ! ……しかし情報は正しかったようですな。あれ程の大群が海域を封鎖していたとは……」


「そうですね。生存者からはサハギンの群れとクラーケンの群れの二種類があると聞きましたが、サハギンに当たってしまいましたか」


 近年において自分たちの住む北大陸と南大陸の貿易は非常に困難を伴うものとなっていた。5年ぐらい前までは、出港しても10隻に1隻が稀に沈没する程度だった。


 これは複数の魔法使いを乗組員として搭乗させる方法が確立されたためだ。魔法使いは風のない時には風を起こし、水が少なくなれば生み出して、病気にかかった者は癒やしの魔法で癒やしていった。


 本来は希少な魔法使いたちを、危険な航海に連れて行くことは愚かなことだと言われていたが、ある国が魔法使いを搭乗させることにより、それまでは5割の被害を出していた南大陸への危険な航海を被害を激減させて、貿易で栄える大国になったことから、他国も追随して常識となったのである。


 しかし、近年は海の災害と呼ばれるクラーケンが出没し始めて、船の被害が大きくなった。そして被害が大きくなったために航海する船が減少したことにより、航路における魔物の駆逐が少なくなり、魔汚染が進んでしまった。


 遂にはクラーケンだけではなく、魔汚染で湧き始めた魔物たちからも襲われて、ますます被害は拡大してしまった。


 今では10隻が出港しても、1隻戻ってくれば良いという結果になっていた。


 貿易で利益を出している国である私の王国も、同じように被害を受けて、今や30隻いた船はたったの10隻まで減少している。


 赤字が拡大し、多数の魔法使いが死んでしまったことから国力も大幅に弱体化していた。ガルドン王国は瀕死の虎のような状態となっていたのである。


 海軍として予備艦も含めて7隻は残しておかなければならないので、残り3隻で起死回生のために出港した。


 魔法使いの数が足りないことと、冒険心に溢れていたため、第一王女たる私も搭乗して、南大陸に向かったのに、一週間も経たずにサハギンの群れに襲われる事態となってしまったのであった。


 ため息をつきつつ、甲板を見渡すと、怪我人多数、あともう少しで死んでしまった可能性が高い。


 だが助かった。人智を超える事柄が起こったからだ。船長もそのことを気にしているようで、私を見て躊躇いながら話しかけてくる。


「レーナ姫、その……先程の炎はなんだと思いますか?」


「わかりません。ですが、雷神トールの名を抱く我がミョルニル艦隊を助けようと、トール様が助けてくれたかもしれません」


「雷ではなく、炎でしたぞ?」


「たまには雷ではなく炎を使ってみたかったかもしれませんよ」


 肩をすくめて、適当に答えるとクスリと笑ってみせる。艦長は毒気を抜かれて苦笑いをすると、指示を出すため去っていった。


 代わりに、従者のオルケが近寄って来る。その眉を顰めた深刻そうな顔から、どんな報告があるかわかろうというものだ。


 頼りになる戦士だけど、生真面目な様子がたまに嫌になる。もうそろそろ老人と呼ばれる歳なのだから、少し丸くなっても良いのではなかろうか。


「姫殿下、魔法使い四人が全員殺されました。サハギンは、まず最初に魔法使いを狙ったようです」


「……頭の良い敵でしたね。こちらが無防備に『強風』の魔法を使い、一気に距離を稼ぎたい時を狙ってましたか。味方なら勲章ものです」


「冗談を言っている場合ではありませんぞ。他の艦の魔法使いも全滅だそうです。残る魔法使いは姫だけ。いかがいたしますか?」


「選択肢はありません。皆で一目散にうさぎの巣に帰りましょう。水程度なら私でもなんとか帰還までは作れます」


「了解です。これで本国の戦力はボロボロとなりましたな。頭の痛いことです」


「今回の南大陸への貿易が成功しなければ、どちらにせよ国庫は厳しいことになっていたのです。給金を貰えないと分かれば、魔法使いたちは尻に帆をたてて逃げるでしょうし」


 頭の痛い問題だ。希少なる魔法使いを失い、艦隊もボロボロ。修復できる費用を今の国庫で用意できるとは、とても思わない。


 今は皆は戦いのあとで昂ぶっているので、気づかないだろうが、いずれ落ち着けば青ざめるに違いない。


 それでも無理矢理にでも気分を高めるべく、微笑みながら手を打つ。


「さて、暗いお話は後でにして、今は生きて帰れるかの瀬戸際です。頑張りましょう」


「仕方ありませんね。選択肢はなさそうです」


 疲れて嘆息するオルケ。まぁ、この先のことを考えると無理もない。


「それよりも、先程の炎がなんだかわかりますか?」


「天から飛来した炎のことですな。姫の仰るとおり、トールが助けてくださったのではないでしょうか」


 先程の私と艦長の話を聞いていたのだろう。にやりと笑ってからかってくる。


「馬鹿を言わないでください。あれは人為的なものだと思います?」


 ムッとしながら、海面へと視線を向ける。海面には多くのサハギンの死体が黒焦げになって浮かんでおり、先程まで船を襲っていた魔物とは思えない哀れな姿を晒していた。


 サハギンとの戦闘は激戦だったと言いたいが、敗色濃厚で全ての船は沈没していたはずだった。


 地上ならまだしも海での戦闘は、こちらの動きを制限して、自由に敵は動けるため、同程度の戦力でも不利であったのに、3倍近い兵力を前に戦いにもならない状況。


 サハギンたちは水中を狼のように泳ぎ回り、吸盤のついた水掻きで船体に貼り付き、船へと登ってきた。体を覆う鱗は鎖帷子のように硬く、しかもぬめりがあるため、水兵の主武器であるカトラスは滑って、ろくに傷を負わすこともできない。


 しかも角イルカに乗ったサハギンたちは、破城槌のように船体に突進して穴を開けようとし、後衛のサハギンソーサラーは、こちらの革鎧を容易く撃ち抜く水弾で掩護射撃をしてくる練度の高さを見せつけてきた。


 死を覚悟した時に、炎は飛来した。大爆発と共に後方で指揮をとっていた敵の王であるサハギンキングは跡形もなく消えて、周囲のサハギンたちも爆発で吹き飛ぶか、炎に巻かれて黒焦げとなり、あっという間にサハギンたちの軍は崩壊した。


 離れていてもその熱気は感じられて、海が熱で泡立ち、水蒸気が立ち込めるのを呆然として見ていたものだ。


「わかりませんな。ですが、見張りがマストに登り周囲を見渡しても、なんの影もなかったのです。ここは神々の加護があったということにした方がよろしいかと」


「そうですね。今回の失敗で国民が落胆しないように、私たちには北神の加護があると、精々喧伝しましょう。あ、私が聖女役をしても良いですよ?」


「聖女役にしては、男勝りすぎると思いますぞ、レーナ姫」


 唇にちょこんと人差し指をつけて、ふふっと悪戯そうに笑う。だが、オルケは笑いながら去っていった。


「姫に向かって、その態度はナシですよ〜! まったくもぅ。良いですよ、神の加護が私にあることを帰還までに教えてあげます」


 戯けるふりをして、見守る人たちへと元気づけるように笑ってみせる。こんなことでも、やらないよりはましだろう。


 私は潮風で傷んだ髪を押さえながら、少し寂しげに微笑むのであった。


          ◇


 …………そして4日後。私は神の加護があると口にしたのを心底後悔した。


「帆を降ろせ〜っ! 破れちまうぞ!」


「振り落とされるなよ、落ちたら拾えねぇからな!」


「水を掻き出すんだ。急げっ、沈没しちまう」


 小破した船をだましだまし航行してきたのだが、嵐に巻き込まれてしまった。


 ざぁざぁと雨が激しく降り、荒れた海が牙を剥く。鳴り響く雷に負けんと水兵の怒声が響き、皆が懸命に働く中で、私も舌打ちして船に溜まった水を船底で必死になって掻き出していた。


 サハギンたちとの交戦により、ただでさえ傷ついていた船体は、波の衝撃で穴が開いてしまい、水がどんどん入り込んでくる。


「ひめっ! これは危険ですぞ。沈没しかねません」


「この程度の嵐で沈没するミョルニル号ではありませんよ」


 口に入る海水を顔を顰めて吐き出しつつ、バケツを持って甲板へと向かうと、水を捨てる。その繰り返しだ。


 船倉は既に水浸しであり、貨物は海水の中で浮かんでおり、船は激しく傾いでいる。揺れる足場だが、水兵としての訓練を受けてきたため、なんとか転ぶのを防ぎ、水を掻き出していた。


 だが、水はちっとも減ることはなく、それどころかどんどん増えている。


「レーナ姫っ! 船倉に大穴が開いちまいました!」


「わかりました。すぐに向かいます!」


 水兵の一人が悲鳴をあげるように叫ぶ。もう踝まで沈んでいる。船倉に入ると板がぱっかりと割れており、怒涛の如くに海水が入り込んできていた。


 もはや限界だと悟る。船は軋み、この勢いで船体は折れるかもしれない。


「仕方ありませんね。神器を使います!」


 腰に下げた30センチほどの杖を抜く。真珠を固めて作ったような、純白ではあるが角度によっては虹色に見える杖だ。


「人魚女王の杖よ、女王たる我が命ずる。全ての水を弾く水泡を作れ! 付与するは3隻。発動せよ!」


『神器解放』


 杖を掲げると、水色の光が放たれて、周囲を照らす。船体へと水色の光が吸い込まれていき、青く光らせる。


 そして、不思議なことが起きた。船体に泡が生まれると船全体を包み込む。入り込んでいた水は船から吐き出されていき、雨も海水も全て泡で遮断されるのであった。


 びしょ濡れの水兵たちは、少しの間呆然としていたがすぐに歓喜の顔になると拳を突き上げる。


「レーナ姫バンザーイ!」

「よし、すぐに穴を塞げ。一時間しかないぞ」

「助かったぜ。さすがは我が国の国宝!」


 私を褒め称える声を聞きつつ、身体から血が一気に抜けたように、視界が揺れて冷たく感じる。


 マナが尽きたと理解すると同時に私は乾いた船底に倒れてしまうのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] むむヒロインの気配! だがヨグ君には恐ろしい幼なじみがいるのであった…(´ω`)
[良い点]  むむバッド先生の作品に珍しくヒロインらしいヒロインちゃんがエントリー!なんか裏表ない良い子っぽいのでコレはいろいろと期待出来ますな(^皿^;)歴代のヒロイン枠は主役だったり性格にクセの強…
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