1話 ゲームを始めよう
とても美しい絵が空間に描かれていた。楽しくなるような音楽が流れて、まるで本物のように綺麗な絵は、不思議なことに目まぐるしく変わっていく。
雲一つない青空の下、澄み切ったエメラルドグリーンの海が映し出される。穏やかな波間に魚が跳ねてキラキラと水を弾く。
ぐんぐんと海の絵は変わっていって、浜辺に絵が変わっていく。白砂のサラサラとした浜辺には、木の舟が何艘か置かれており、その横をヤドカリがカサカサと歩いている。
浜辺を通り過ぎていくと、椰子の葉を重ねて屋根として、細い木の板を組み合わせた家が並ぶ村が映し出されて、簡素な布の服を着て、のんびりとした人々が笑いながら歩いている姿となる。
更に村の中を絵は進むと、中心にある大きな木造の家をクローズアップする。そして、木の家が石造りに変わり、更に大きくなっていき宮殿に変わり、周りの様子も土の道に石が敷かれて、2階建ての家に変わり、なんだかキラキラした透明な壁をつけた家に変化していく。
歩く人々も簡素な布の服からカラフルな服へと変わり、浜辺の木の舟は大きくなって、布を張った木の柱をつけた船に変わり、鉄の船に変化する。
隕石が降ってきて、巨大なゴーレムが横並びに襲いかかってきて、ドラゴンが火を吹く。人々は剣を振るい魔法を放ち、炎の中でしゃにむに敵と戦っていた。
そうして島を空から眺めたアングルへと変わり、目まぐるしく村が立派に変わっていき停止する。
ジジャーンと、大きな音がして文字が大きく映って停止した。
『アースワールドⅦ 〜パーフェクトパック』
その絵をぽかんと口を開けて見ていた少年はビクッと肩を震わせて、驚いてキョロキョロと周りを窺い、なにも起こらないとわかり、ホッと胸を撫で下ろす。
暫く待つと、また絵がくるくると変わっていき、さっきと同じ絵に変わっていった。少し様子を見ていたが、やはり文字が出てきて停止して、また絵が動くという繰り返しだった。
「なんだ……これで……終わりかな?」
少年は呟いて、手にしていた『コントローラー』というものを地面に置くと、少し疲れたので、うーんと背伸びをした。
銀糸のように煌めく銀髪に、サファイアよりも深く美しい碧眼を持った少女にも一見見える顔立ちの少年であった。その肌は健康そうな白い肌で、少し痩せている。簡素な布の貫頭衣を着ており裸足だ。
晴天で陽光が眩しく目を眇めて地面に寝っ転がる。暑い陽射しが気持ちよく眠気を誘ってきて瞼が仲良しになりそうな予感。色々な絵が変わってとても面白かったと笑みが零れ落ちる。
「ねぇ、ヨグ、今のでおしまいなの? あれでおしまい?」
隣に座る少女が少年をヨグと呼び、寝っ転がっている男の子の顔を覗き込んでくる。
褐色肌で黒髪を縄で適当にポニーテールに纏めており、勝ち気そうな少しきつい黒目の可愛らしい顔立ちの少女だ。やはり貫頭衣を着ており、健康そうな脚を地面に伸ばしていた。
同じように空中に映る絵を眺めていたのだが、少しつまらなそうに口を尖らす。身体を動かすのが大好きな彼女にとっては、きっとつまらなかったんだろうなと、ヨグと呼ばれて僕は苦笑をして起き上がる。
「わわっ、わざと? わざとでしょ!」
「ごめんね、シュリ」
顔が当たりそうになって、慌てて少女は避けて頬を染める。その様子に少し僕も照れくさくなるが、軽く深呼吸をして気を落ち着けると、地面に置いておいた『コントローラー』を手にする。
「これで終わりじゃないかなぁ。後はなにも起きないし」
カチャカチャと十字の出っ張りや、突き出ているレバーを触ったり、右にある丸い出っ張りをポチポチと押すがなにも起きない。同じ絵が繰り返すだけだ。
「なんだつまんない。『漫画召喚』とかの方が良かったじゃない」
「まぁ、スキルなんてそんなもんだよ。神様はいつもテキトーにスキルを与えるらしいしね」
ぶーたれるシュリに苦笑で返し、手を軽く振り『コントローラー』を消すと立ち上がる。
数十日で空高くまで育つ木々、乾いた土地、強い陽光の下で眼前には純白の柱が聳え立っていた。風雨に晒されているにもかかわらず汚れ一つなく傷もない。
天まで伸びる六方体で形成されている純白の柱の天頂は、目の良い僕たちでも見ることができない。
「まぁ、たしかにね〜。でもあたしのスキルはそこそこ役に立つわよ」
「知ってるよ。それじゃ儀式は終了、早く帰ろうか」
「そうね。帰ったら成人の儀が無事に終わった宴会よ!」
「うん! お肉あるかなぁ」
「きっとあるわよっ! お父さんは今日はクラーケンを狩りに行くって言ってたもん」
「そうだね! 久しぶりに食べたいなぁ」
僕はシュリと顔を見合わせると、顔を緩ませて村へと帰って行くのであった。
乾いた地面を蹴りながら、僕たちは森林の中を駆けてゆく。一回の踏み込みで虎よりも速く移動し、木々の枝へと飛び移ると、木の葉を蹴散らし猿より器用に進んでいく。
「そろそろ村よ、ヨグ。一気に進みましょう」
「うん、それじゃ、せーのっ」
二人の身体から靄のようなものが生み出される。そうして、次に飛び移る枝に強い踏み込みをして、大きく飛翔する。
「うっはー!」
「きっもち良い〜」
轟々と風が顔を撫でていき、髪がバサバサと靡く。暑い陽光の中で、風圧が涼しくて二人は笑い合いながら、眼下を見る。
空高くまで飛んだ二人の目に、自分たちの住んでいる島が映る。熱帯の小さな島だ。中心に純白の柱が聳え立っている以外は熱帯林に覆われて、浜辺近くに小さな村が作られている。
さっき見た絵と同じく、椰子の葉っぱで作られた屋根と、細い木の枝で作られた木造の家々が並んでいて、小さな畑があった。
浜辺には木の枝を組み合わせた木の舟が何艘か置いてあり、子供たちが遊んでいた。
身体を傾けて、一気に村へと落下していく。びゅうびゅうと風が耳元で鳴り、みるみるうちに村の中心にある自分の家が近づいてくる。
「とうちゃーく」
「とおっ」
地面へと足を着けると、ドスンと音を立てて砂煙が巻き起こり陥没する。少し勢いが強すぎちゃったらしい。
「こらーっ! 村へは空から落ちてくるのは禁止だって言ったでしょ!」
ギクリと身体を震わせて、声のする方向へとそ〜っと顔を向けると怒った顔の女性が腰に手をあてて立っていた。
やばい、やっちゃった。また怒られる!
僕がちろりと舌を出し悪戯そうな顔を見せて、ちゃっかりシュリは後ろに隠れてくる。そこらへん要領が良いんだから、まったく。
「ごめん、母さん。柱からここまでって結構遠くてさ」
「仕方ないわねぇ。空けた穴はしっかりと直しておくのよ。今日はお祝いだから、許すけど」
「はぁ〜い。それじゃ、ご馳走、ご馳走〜」
怒られないとわかり、いち早くシュリがスキップをしながら家に入っていくので、しょうがないなぁと、僕も後を追いかける。
「お、帰ったか。もう食事の準備はできてるぞ」
父さんは既に家長の席に座って、漫画を読んでいたが、僕たちに気づいてニカリと笑う。
「おう、ヨグも帰ってきたか。早く座れよ、腹が減って仕方ねぇんだ」
「はぁい」
涎を垂らさんばかりに、兄さんがテーブルに並んでいる皿を見つめて急かしてくる。たしかに僕もペコペコだ。成人の儀だからご馳走だと期待してもいた。
「シュリも帰ってきたんだな。二人とも無事で何よりです」
「パパ、あたしたちが怪我なんか負うわけないじゃないっ!」
フンスと胸を張ってシュリが言うが、たしかに柱までは少しだけ遠いけど、危険な魔物もいないし、襲われることはないから大丈夫。
「ふふっ、たしかに二人も随分成長しましたものね」
シュリの両親も一緒だ。今年の成人の儀は僕とシュリだけだったので、今日は二家族で一緒でお祝いをすると決まっていた。
ワクワクしながら、大皿に並ぶ料理を見渡して、少しだけ残念な顔になってしまう。クラーケンの脚の丸焼きがないや。
「あ〜っ! クラーケンがなぁい」
思ったことをすぐに口にする僕の幼馴染は、がっかりした様子で肩を落とす。たしかにご馳走というには少しだけ少ない。
バナナに椰子の実、蛇の丸焼きに焼き魚。メインだと思っていたクラーケンの丸焼きがないので、食べ甲斐がない。うちの家族は皆大食いだからなぁ。
父さんたちは頬をポリポリとかいて気まずそうだ。たしかに朝はクラーケンを狩ってくると、豪語してたから無理もない。
「あ〜、ヨグの考えたクラーケンの脚を切って。また生えるまで放置する養殖作戦は上手くいってたんだがなぁ、最近は全然見ないんだ。どうやら皆逃げちまったらしい」
「あ〜、クラーケンって逃げるんだね」
好戦的で、人を見たら襲いかかってくるから、簡単に狩れて、しかも食べ甲斐があるから良かったのに。残念……。
「まぁ、それでもできるだけ魚とか捕まえてきたんだ。ほら、食べるぞ」
「うん。父さんありがとう! それじゃいただきまーす!」
「おぅ、それじゃ成人の儀の成功を祝って。カンパーイ!」
全員座ってカンパーイと、水の入ったコップを打ち付けて、家族の笑顔で宴が始まる。父さんたちはとっておきの果実酒だ。
幸せいっぱいの皆と共にご飯を食べる。箸を交差させて、弾き返し、残像を見せてフェイントをかけながら、パクパクと食べていく。
でも、すぐ無くなってしょんぼりしてしまう。お皿はことごとく空っぽになっていた。やっぱりこれだけじゃ足りなかったよ。
皆も同様に物足りなさそうだけど、なかなか食べ物は手に入らないから仕方ないんだよ……。
「で、ヨグ、シュリ。お前らはどんなスキルを手に入れたんだ?」
食事が終わり、皆がソワソワし始めて父さんが代表して聞いてくる。空っぽになったカップを逆さまにして、残念そうでもある。
「あたしは『超加速』ねっ! 少しだけ10倍の速さで行動できるの。凄いでしょっ!」
「お〜、そりゃ凄い! おめでとうシュリちゃん」
「キラーラビットを捕まえるのに役に立つわね。あのうさぎは素早いから、なかなか捕まえることができないものね」
おっとりとした母さんが褒めて、喋りたくて仕方がなかったのだろうシュリは、嬉しそうに頬を染める。
「で、ヨグはどんなスキルなんだ?」
「僕はこれだよ。『アースワールドⅦ召喚』」
『コントローラー』が空間から召喚されて、僕の手におさまる。それと同時に空に絵が映って、楽しそうな明るい音楽が鳴り始めた。
皆がおおっと、声をあげて集まってくる。兄さんが物珍しそうに絵をつついて、通り過ぎて不思議そうになる。
エヘンと胸を張って、皆が眺めているのを見ていると、父さんが振り向く。ん? なんだろう、なんかあったかな。
「これは『ゲーム召喚』だな。超水道管修理工の戦いというゲームを俺は子供の頃に近くのおじさんの家でやったもんだ」
懐かしむように笑いながら説明をしてくれる。
「へ〜。そんなスキルがあったんだ」
「あぁ、面白かったなぁ。それコントローラーだろ? なんかボタンとかレバーとか増えてるけど間違いない」
「ボタンって、この出っ張りのこと? でもなにも起きないんだ」
ほら、なにも起きないよと、僕は丸ボタンを押す。絵はなにも変わらない。その様子を見て、父さんがコントローラーを触ろうとするが、するっと手が通り抜けてしまった。
「あれ? 父さんは触れないのか。他の皆も………触れないな。ヨグ専用というわけなのか。仕方ない、え〜っと、俺のやったゲームはスタートするのに細いボタンを押したんだが……。この右上の小さなボタンを触ってみろ」
「これ?」
たしかに父さんの言うとおり、よく見ると小さく細いボタンが付いていた。これを押せば良いのかな?
ポチリとボタンを押すと、ジジャーンと音が大きくなって、ぴょんと跳ねて驚いてしまう。
『アースワールドⅦ 〜パーフェクトパックにようこそ!』
な、なにか始まったぞ? 皆が見てて恥ずかしいけど、やってみよう。コントローラーをぎゅうと握って、絵を見るのであった。