最悪の結婚式
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素材は良いが、最低限の装飾しかないシンプルな白いドレスに、上品だが輝きの乏しい地味なジュエリー。
招待客は伯爵令嬢の結婚式とは思えない程の家格の低い貴族や中流階級の平民ばかり。
本来花嫁になる筈だった姉ならばドレスもジュエリーも似合っただろう。
決して醜くはないが、地味な印象の強い姉には派手な装いよりもシンプルで落ち着いたものが良く似合う。
姉自身もそれを理解していたからこのドレスを誂えたのだろう。
招待客も高位貴族を呼ばなかったのは、婚約者の家に配慮してのこと。
あくまでも平民を顧客とする商家の人間に、高位貴族を持て成すなど、無理な話だ。
平民から見ると豪華な結婚式、でも貴族から見ると最低限許される範囲の質素な結婚式……。
こんな粗末な式が美しい私に似合う訳がなかった。
(最悪!最悪!最悪!!どうして私がこんな目に遭わなくてはいけないの!!)
手にしたブーケを、怒りを逃がすように握りしめると、ポキリと言う音と共に茎が折れ曲がり、地味な花束は一層貧相になった。それを苦々しく思うと共に胸に後悔が押し寄せる。
こんな筈では無かった。
姉と婚約者の結婚式はてっきり中止となっていると思っていた。
だって姉は何の魅力もない、地味な婚約者に捨てられたのだから。
(それなのに………)
私の横でエスコートの為に腕を差し出す男に目を向ける。
とろけそうな目で幸せを滲ませる男の、ぱっとしない顔に、ただただ苛立ちが募る。
こんな質素な結婚式は美しい私には全く相応しくない。その中でも最も私に相応しくないのは、この花婿だ。
平民のくせに伯爵令嬢を妻に迎えるという名誉だけでは飽き足らず、ちょっと好意的に振る舞うだけで直ぐにこちらに靡いて来た軽率な男。
見た目だけでなく、中身もひどく詰まらない男。
そんな姉の何の魅力もない地味な婚約者は、今日正式に私の夫になる。
こんな男、簡単に捨てられると思っていた。いつもみたいに酷い扱いを受けたとかなんとか適当な理由を上げて、簡単に婚約破棄できると思っていたのに、蓋を開けてみれば私はこの男と一夜を過ごした事になっており、姉の婚約者と駆け落ちして純潔を失った玉瑕令嬢のレッテルを貼られていたのだ。
向こうの家族も、本来迎える筈の嫁じゃないと断れば良いのに、どうやって用意されたのか多額の持参金に目が眩んで喜んで私を受け入れると言ったらしい。
式場も招待客もすでに手配済みだと言われて、今更もう婚約破棄等できる状況では無くなっていたのだ。
この結婚で幸せに等なれる筈がない、それでも受け入れなければいけないというのなら、せめて姉が悔しがる顔のひとつでも見せれば溜飲も少しは下るというのに………。
「おめでとうマデリーン。どうか幸せになってね。」
憂いを含ませた笑顔で私を祝福する姉は、こんな時でもその顔に憎しみを滲ませることはない。
一度はこの男を憎からず想ったのではないのか?二人で商店の切り盛りをしていた時の姉は本当に幸せそうに見えた。
この詰まらない男との未来を思い描いていたのではなかったのだろうか?
まるで姉はそんな出来事等最初から無かったかのように、花嫁の姉として微笑んでいる。
もっと悔しがれば良いのに……。これは自分の為の結婚式だったのにと、もっと地団駄踏む程に悔しがれば良いのに、姉は慈愛に満ちた眼差しで見つめてくる。
私の全てを受け入れようとする寛容な振る舞いに、列席者達が感心したような溜息をついた。
全く忌々しい。不本意ではあるが今日の主役は私である筈なのに、皆が関心を姉に寄せる。
私は姉のこういう所が大嫌いだった。
どう見たって姉より、私の方が美しく魅力的な筈なのに、最終的に人に好かれるのはいつもシャーリーンなのだ。
最初にそれに気づいたのは僅か5歳の時、姉の友人の弟を紹介された時だった。
「妹のマデリーンよ、少し人見知りをするのだけれど、とても良い子なの。仲良くしてあげてね。」
そのころの私は姉のことが大好きだった。たった2つしか違わないのに、私の我儘を全部聞いてくれて、私がしたい時にしたい遊びに付き合ってくれる優しい姉が家族の中でも一番好きだった。
いつだって姉の後をくっついて回り、そのせいか中々同い年の友達を作れないでいたが、姉が遊んでくれるのであれば、私は全くそんな事は気にならなかった。
だけどそんな私を姉は心配していた様で、ある日姉は友人の弟を紹介してくれたのだ。
「うわぁ!!可愛い子だね!!僕とお友達になってくれる?」
その子は金色の髪に青い目の、王子様の様にカッコいい男の子、その子は直ぐに私の可愛さに夢中になって、沢山話し掛けてくれた。
私も初めての同い年のお友達に夢中になって、その子と会える毎日が楽しかった。
だけどその子は直ぐに私に飽きたみたいで、私とはあまり遊んでくれなくなった。
うちの屋敷にはしょっちゅう遊びにくるくせに私とは遊んでくれない。
おままごとに誘っても、お散歩に誘っても付き合ってくれるのは最初だけで、そのうちに姉の方に行ってしまう。
自分の姉ではなく、私の姉の方に……。
(私とあそぶより、お姉様と遊ぶ方が楽しいのかしら……。)
悲しくなって俯いていると、姉が気を使って「マデリーンもいらっしゃい」と誘ってくれる。
だけど素直に行きたくなかった。まるでお情けで遊んでもらうみたいで惨めで悔しくて、スカートをぎゅっと握って黙り込んだ私は、姉が手を引いて遊びの輪に入れてくれてもその日は顔を俯かせて一言も口を聞かなかった。
閲覧ありがとうございました。