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許さない

閲覧ありがとうございます。

駆け落ち………、そう呼ぶには随分とお粗末なものだった。


 書き置き1つを残して消えた2人は結局のところ、王都から出ても居なかったのだから。


 ………あの日、結婚式を目前にして、両家で式の段取りを最終確認する場に婚約者とマデリーンは現れなかった。

 

 「二人揃って来ないなんて………。」


 無意識にお母様が呟いた……。気不味い雰囲気が両家に漂う。


 「時間を間違えたんじゃないか?マデリーンはそそっかしいとこれがあるし、彼はこのところ仕事に加えて式の準備に忙しかったから寝坊したのかもしれない。」


 お父様が焦った様子でそんな母の言葉をフォローすると……

 

「申し訳ありません!!昨晩は友人と話があるからと出先から息子は戻って来なかったのです。友人宅からこちらに直接向かうと聞いていたのですが……。」


 「伯爵家の皆様をお待たせするなんて、本当に申し訳ありません。」


 お父様以上に焦りを見せた婚約者の両親は只管平頭して謝罪する。


「ああ!!それならやっぱり寝坊だよ。独身でいるのは後僅かなのだから、友人と羽目を外して寝こけてしまっているのさ。」 


 婚約者の両親は、伯爵家の一家を待たせることに只管恐縮していたが、お父様はそれをあっけらかんと一笑した。


 だけど内心はどうだろう。お父様はいつに無く落ち着かない様子で何度も額の汗を拭っていた。

 

 それぞれの家族が嫌な予感に囚われながら、彼の家に使いを出し、彼が残した書き置きに両家が気づいた時には、それは右往左往の大騒ぎになったものだ。


 『許されない恋をしました。どうか二人のことは探さないでください。』

 

 そう書き置きを残されて探さない貴族は居ない。目の届かないところでどんな醜聞が湧いて出るか分かったものではないし、両親はマデリーンを愛していたから。


 彼の両親とて、たった一人の跡取り息子を探さない訳がなく、結婚式の段取りをキャンセルして、伯爵家や、商会の用いるツテを全て使っての大捜索が始まった。


 するとおかしな事に、辻馬車に乗る為の馬場にも、王都を出る関所でも一向に彼らの目撃情報は得られない。

 まさかと思い、王都内の宿場を虱潰しに捜索すると

、翌日にはあっさりと2人は見つかったのだ。


 ここにはいないだろうと、駄目元で家族で何度も利用したこともある、貴族御用達の高級宿に問い合わせると、実になんでもないことのように「ええ、お嬢様ならいらしてますよ」と答えられる。


「いつもご利用ありごとうございます。マデリーンお嬢様はいつものお部屋に要らしてます。」


 知らせを受けて駆けつけた私達に、まさか駆け落ちだとは思ってもいない様子の顔なじみの従業員は、にこやかに部屋に部屋に案内をしてくれる。

 

 部屋に踏み込むと、マデリーンと婚約者は優雅に朝食のルームサービスを楽しんでいるところだった。



「マデリーン、これはどういうことなんだ!!」


 つかつかと歩みよったお父様は、流石に激昂した様子で声を荒げる。


 マデリーンはそれをきょとりと見つめ返すと、途端に目を潤めて弁解を始めた。


 「ごめんなさい、お父様、お姉様……。私、今度こそ運命の恋に落ちてしまったの!!」


 ドレスの裾を握りしめて肩を震わせたマデリーンは、縋り付くような目線をお父様に向ける。


 それだけでお父様の心が揺れ動くのが、手に取るようにわかった。


 お相手の家族は、ただオロオロと目を泳がせて、もうすぐ私との縁は切れるであろう婚約者は、そっとマデリーンの肩を抱いた。


 これから先の顛末が目に浮かぶようだ。


 きっとお父様はマデリーンを許し、私に婚約者を譲るように求めるのだろう。


 そしてお母様は私の肩を抱いて、よく耐えたわね、それでこそ優しい私のシャーリーンよ……。なんて、何の慰めにもならない言葉を口にするのだろう。


 でも私はいつもの様に笑って許せるだろうか?


 

…………許せる訳がない。


 家族と婚約者の顔を順番に見渡すと、強い怒りが込み上げてくる。

 

 如何にも哀れっぽく震える妹の頬を力の限り引っ叩き、尻軽ると罵ってやりたい。

 両親にこの感情を投げつけて、バカ親、毒親と怒鳴りつけてやりたい。

 婚約者には、私を信じるといいながら裏切ったことを責めて責めて責め倒してしまいたい。


 

 だけど貴族令嬢としての矜持がそれを押し止める。


 そんなみっともない所を家族はもちろん、彼の両親に見せる訳にはいかない。

 伯爵家が醜聞に塗れるのは構わない。もう、家族には何の情も湧いてこないから。

 だけど、彼等と同じように私まで醜聞に巻き込まれるのは私のプライドが許さない。

 

 でも私ばかりが我慢するのはどうなのだろう、このままでは永遠に、この喜劇が繰り返されてしまう。


 ふと、悪い考えが頭を過った。


 そうだ、私ばかりが我慢する必要はない。彼らにも相応の苦渋を舐めさせなければ。

 幸いにも彼等への仕返しはとても容易い。彼等自身がその下地を作ってしまっているのだから。


 彼等の困った顔を想像すると、自然といつものように作り笑いを浮かべることができた。


「分かりました。私は身を引きます。」


 自分でも意外な程に冷静な声で、お決まりのセリフを並べる。


「シャーリーン、本当に良いのかい?」


 お父様から遠慮がちに声を掛けられる。その声はどこかホッとしていた。

 今回も物分りの良い長女が身を引いてくれたと喜んでいるのだろう。


「ええ、愛する二人を引き裂く訳にはいきませんもの。私達の婚約者は白紙にもどしましょう?」



 二人を祝福するように、見つめると婚約者は感激したように、マデリーンは睨んだような表情を見せた。

 おそらくマデリーンは、今回も私が平然としているのが気に入らないのだろう。


 (最高に腹が立つでしょう?だけど、今回はこれで終わりじゃないから、二度と同じことが出来ないようにしてあげる。)


 

閲覧ありがとうございました。

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