二度目の婚約破棄
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お父様は約束通り、直ぐに新しい婚約者を見つけてくれた。
そんなに早く次の婚約者をみつけなくても良いと言ったのは、心からの言葉だったのに、お父様には伝わらなかったみたいだ。
お相手の方は伯爵家の次男で、とても頭の良い方だそう。
これまで色々な国に留学されていたらしく、その頭脳と経歴を買われて将来は外交に携わる仕事をすると決まっているらしい。
初めてお会いした時は、そんなに頭の良い方と話が合うのか心配だったのだけれど、彼の話す異国の暮らしや文化はとても興味深くて私を飽きさせることがなかった。
国外に出たこともない、社交会とお茶会で得られる情報にしか詳しくない箱入り令嬢の私にも分かりやすく噛み砕いて話してくれる彼の辛抱強さと話術にすっかりのめり込んだ私は、心から尊敬できる相手を支えるのも悪くないのでは?と思えた。
幸いにも、お相手の伯爵家令息も、私のどこを気に入ったのか、この婚約話に乗り気らしい…………。
トントン拍子で話は纏まり、私はまた婚約者のいる令嬢へと逆戻りしたのだった。
彼とのデートは専ら図書館やゆっくりと話せるお互いの家の庭園が多かった。
彼がそういうところを好んでいた為でもあるが、実は私の希望によるところが大きい。
買い物や、カフェで甘いものを食べるより、彼が図鑑で見せてくれる見たこともない異国の植物や生き物の話の方がずっと楽しかった。
私のしつこいくらいの「何故何故どうして?」攻撃にも、呆れることなく話し続けてくれる彼との時間は私に多くの実りを与えてくれる。
自国の慣習の良いところを見るだけではなく、他国からその慣習はどう見られているのか?
女性や男性はどのように振る舞うのが正しいのか、正解はあるのか?
自国にいるだけでは得られない情報と共に、私は色々な考え方ができるようになった。
何て色々な考え方があるのだろう、この目で、耳でそれを確かめに行きたい!!
外交官の妻として、色々な国に訪問する未来を想像すると胸が弾んだ。
彼も私と他国を旅するのが楽しみだと言ってくれた。
それなのに何故だろう?どうして目の前に見たことのある光景が広がっているのだろうか??
「お姉様、お願いします。彼と運命の恋に落ちてしまったの!!私達のことを許してください!!」
大きな青い目を潤ませてマデリーンが懇願すると、私の婚約者である筈の伯爵令息が、彼女を守るように立ち上がった。
「本当にすまない。君が嫌いになったんじゃない、マデリーンのことを愛してしまったんだ。」
さすが未来の外交官を約束された男だと思えるような、綺麗な体捌きで頭を下げられる。
自国の人間が他国で不祥事を起こした時にもこのように頭を下げるのだろうかと場違いなことを考えてしまった。
「どういうことか説明して頂けますか?マデリーンには公爵家の婚約者がいるでしょう?」
私同様、困惑気味の両親に向かって声をかけると、父が気まずげに話し出した。
「実は公爵家との婚約はすでに破棄されたのだ。婚約したてのシャーリーンに、元婚約者の話をするのも憚れて報告が遅くなってしまったが………。」
「どうしてなのですか?あんなに仲睦まじい様子でしたのに……。」
世間の醜聞も恐れず運命の恋だと騒ぎ、無事に婚約に至ったのに一体何があったと言うのか?
純粋に疑問で聞いてみると、マデリーンは顔を覆って泣き出した。
「公爵様に言われたのです!!私は、公爵家には相応しくないと!!……お義母様にもマナーがなってないときつく叱られましたわ、私は公爵家の妻として毎日お勉強にマナーに頑張っていたのに、嫁いびりをされたのです!!」
伯爵家令息が痛ましそうにマデリーンの肩を抱く。
「前の婚約者は見て見ぬ振りで、彼女を少しも庇わなかったらしいよ。」
「はい、私悲しくて……。でも公爵家で泣いてたりしたら尚更虐められるし、皆にも心配をかけたくないからうちの庭園でこっそり泣いていたんです。そうしたらお姉様に会いに来ていた彼と偶然出逢ってしまって……。」
「虐められていると聞いて、可哀想になって会う度に慰めていたんだ。そうしたら段々と彼女のことが愛しくなってきて……。」
「彼は悪くないのです!私が愚かにもまたお姉様の婚約者を好きになってしまったの!!」
二人はお互いを庇うように身を寄せ合う。それを見て私は申しわけなくなってしまった。
私が公爵家という重責から逃れ、これ幸いと楽しくやっていた時に、妹はそんな辛い目に合っていたのだ。
公爵家の人達は確かに厳しいところもあるが、努力する人を認めない人達ではないと思っていたのに……。
「マデリーン、可哀想に。そんなに自分を責めないで、何も気づかなかった私が悪かったの。」
「お姉様………。」
妹は戸惑う瞳で私を見つめた。
「私のことは気にしないで、寧ろ彼には感謝してるの。苦しむ貴方を助けてくれて……。」
「……シャーリーン、君を傷つけてすまない。」
苦しそうな表情で謝罪する彼に私は笑って声を掛けた。
「大丈夫、傷ついていません。だって私達、恋愛感情なんて無かったじゃないですか、先生。」
そう言うと、ハッとした顔でこちらを見返される。
私達二人の間だけの呼び方だ。私が彼を先生、彼が私をシャーリーン君と、さながら教師と生徒の様に呼び合っていた。
私は彼を尊敬する師の様に感じており、彼は私を自分を慕う生徒として見ていることにはお互い気付いていた。
「そうだね、私達の間に恋愛感情はなかった。君を知識欲の高い、教えるに値する良い生徒だと思っていたよ。」
「その言葉だけで十分です。婚約破棄には喜んで応じます。ですが、これからも一生徒として、よろしくお願い致します。」
「もちろんだ。シャーリーン本当にありがとう。」
両親を蚊帳の外に綺麗に今回も話しが纏まった。またもな大団円ではないかしら………?
しかしマデリーンは浮かない顔をしている。
優しい彼女は、姉の婚約者を2度も結果的に奪ったことに罪悪感を抱いているのではないだろうか?
可哀想に、何も悔やむことはないのに…。
外交官の妻として国外を飛び回る夢は絶たれたが、よくよく考えれば外交官の妻として形式張った場に行くよりは、旅行で気軽に好きな国で好きなことをするほうが楽しいのかもしれないし…………。
呑気なことを考えていた私はこの時に気付くべきだった。
マデリーンが浮かない顔をしているのは罪悪感から来るものではなく、怒りから来るものであることに………。
閲覧ありがとうございました。