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ドブネズミのような

 「ふぅ〜……ごっそさん」


 大満足した達磨の呟きの後、ぐごーぐごーと大きなイビキが響き渡る。続いて深いため息とか細い声が聞こえた。


 「はあお……これでこいつはしばらく起きないお……」


 私は固く閉じた瞼をそっと開くと、そこには一晩中魔王との激戦を繰り広げ干からびた勇者の姿があった。勇者の上に(ネコ)のように丸まって寝ている魔王。勇者の太刀(タチ)は魔王をたしかに貫いていた。私は糞塗れたその宝刀に"達磨切・糞綱"と銘打ち、畏敬の念と共に湧き上がる夕べの決闘の様子に身を震わせた。


 ──金獅子の咆哮が轟き、ギィと不気味な音を響かせ扉がゆっくりと開いていく。奥にはニタァと笑う魔王の顔が覗いていた。


 「まったく困ったなあ!今夜は新入りを味見する予定だったんだけども!」


 喜色を滲ませた気色悪い声と共に魔王が現れた。


 「はあお!ふわとろ自慢の漢が固いこというなお!硬いのはオイラのココだってんだお!」


 互いに口上を述べはじまる肉弾戦。そのあまりに凄惨な戦場に私は目を閉ざし、耳も塞ぎたかったが手足の拘束がそれを許さなかった。むせかえるような大便の香り。大変だよ大変だよと幾度となく響き渡る魔王の絶頂。終わりのない悪夢のように続いた時は、はたして勇者の奥義"トコロテンバースト"により切り裂かれたのだった。


 薄暗かった部屋にはすでに陽が差し込み、この夜がいかに壮絶であったかを浮き彫りにしていた。私は精魂尽き果てごっそりと眉毛の抜け落ちた勇者をそっと労うように声をかけた。


 「おはよーごぜますだ……」


 「はあお。何言ってんだお。もうすぐ昼だお」


 窓の外を見上げるとちょうど太陽は南中しようとしていた。その時を見計らったかのように扉がノックされ、作業着を着た男がニコニコと微笑みながら弁当を片手にするりと入ってくる。


 「おひるたー」


 「はあお。おひるた、いつもありがとうお。おひるた」


 「ハァオ。いいってことよ。ハァオ」


 「はあお。おひるた。コイツがいつも持ってた鍵の束わかるかお?あれ探して持ってきてくれないかお?」


 「ハァオ。わかったお。探してくるからおひる食えお」


 作業着の男は快諾すると弁当を置いて出ていった。


 センパイが言うにはここはどうやら何がしかの工場で、彼はここの工員だという。センパイが拘束されてから今日で十日目となり、その間毎日正午きっかりに弁当を持ってやってくる食事係なのだそうだ。


 「はあお。この達磨は工場長と呼ばれていたお。多分だけどお、ここの工員はみんなコイツにぶっ壊されちまったんだお。何人いるのかわからんけどお。オイラはおひるたが笑ってる以外の顔を見たことがないお」


 センパイはそう言うと横に置かれた弁当に顔を突っ込んで食べ始めた。私はどうにも食欲がわかず、センパイの食事を眺めながら、おひるたと呼ばれた男の異常さに気付かされた。彼は顔色ひとつ変えずニコニコと笑っていた。この大便臭充満する戦場跡を前に。まるで花畑で蝶を慈しむように。


 我々は拘束を外すとすぐに廃人生産工場を抜け出した。去り際には玄関前で糞を垂れる男。昼のうんこ開始だとブツブツ言いながらブリブリ捻り出していた。私は彼を尻目に──事実尻を見せられながら──魔王の白い軽トラ(名をガンダム号という)に乗り込んだ。センパイは少し振り返り、ひとつため息をつくとガンダム号を発進させた。私は遠のく魔王城をミラー越しに眺めていた。それは工場というよりも作業所のように見えた。



 「はあお。やっちまったお。お前が運転してたことにしろお」


 センパイはそう言うとそそくさと降りていった。


 「そ、そりゃねえべお!」


 私は慌てて呼び止めるがセンパイの足は止まらない。


 「はあお。免許とりあげられたらどうすんだお。フーデリできなくなるだろうがお」


 私は再度追い縋ろうとするが、カマを掘られた相手がそれを許さなかった。

 ヤツはそう、昨夜さんざん名器を掘ったにも飽き足らず今度はプリウスのケツまで掘ったのだ。


 処女を失ったプリウスからは小学生が降りてきた。いや小学生ほどの小男だ。まるで頭脳は大人の少年探偵のような格好をした小男はタラちゃんのような足音を響かせ私に詰め寄り捲し立てた。


 「お前何やったか分かってんの?ワシが誰だか分かってる?頭の悪そうなお前にわかりやすく教えてやろうか?100人いたら99人が泣き出し、残り2人は裸足で逃げ出す天下の論破王リンダ様だよ?」


 コイツもケツが臭かった。ドブネズミの臭いがした。


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