闇の金獅子
じゅうじゅうと肉の焼ける音。食欲が湧き立つ煙の香り。私は久方ぶりの御馳走を堪能すると居住まいを正した。だいぶ痛みも引いた今、思考は明瞭だ。目の前の達磨のような男、魔王、いや魔王様はあろうことかこの見ず知らずの私に焼肉をご馳走してくれると言った。ご馳走には返礼を。私は魔王様に対し忠誠を誓うよに、馳走になり申した、と首を垂れようとした。
「えっと、7600円だから君の分はえーと……計算めんどくさいね!5000円でいいよ!奢りだから立て替えとくね!」
「……は?え?」
んん?彼は一体なにを……5000円?立て替えとく?
「どうしたんだい?鳩が散弾銃喰らって転生したらゴリラだったみたいな顔してさ!5000円だよ!5000円!ひとり5000円!」
「お、奢りって言ったべよ!」
クリアになったはずの思考が混乱をきたす。ひとり5000円?どういうことだ。あいにく私は計算が苦手だが、それでも奢り、奢りだったはずだ。びた一文とて請求される謂れはない。私がたまらずそう返すと達磨の態度は急変した。
「は?立て替えてやるって言ってんだろ?奢りだろうが。文句あんのか?」
魔王のただならぬ圧力に屈した私は、転生したらゴリラだったが回線を切り替え忘れて自演してしまったような気持ちで抵抗を諦めた。
魔王は会計を済ますと私へ隷属の首輪をかけるように肩を組み抱き寄せた。ふと、私は違和感に気付いた。彼からは糞の香りがする。それは人間性や性格といったちゃちな比喩じゃない。もっと即物的で、かなり直接的に、大便の香りがしたのだった。我が鼻を疑いながら魔王の尻を確認すると、彼の真っ白なパンタロンの一部は茶色く変色していた。私は腹の底からこみ上げてくる酸味に耐え切れずかつて御馳走だったものを盛大に吐き出した。
「あ?テメェなんだ?俺の焼肉が不味いって言いてぇのか?あ?」
「違うんだべよ……違うんだべよ……」
「テメェさては舐めてんな?俺のこと?」
魔王はずいと顔を近づけると私の耳元で蠱惑的に囁く。
「テメェが俺をな舐めるってんならよォ?
俺がテメェを"舐めて"も文句はねえよなァ?」
魔王は肩に回した手で私の首を締め上げると、私の意識は暗転した。
カチャカチャと金属の擦れる音が耳朶を打ち私は目を覚ました。私は全裸で仰向けにされており、手足を拘束されていた。
「はあお。お前も焼肉食わされたのかお」
隣をみると私と同じように拘束されいる男が、憐憫の視線を向けていた。その顔ははっきりとやつれている。
「はあお。にんにくたっぷりの焼肉食わされて、お次はスッポンドリンク1ダースお。身体の一部が漲ってるのは決してオイラの意志じゃないお。」
男は自らの起立したスッポンから目を逸らしてため息をついた。
「ワ、ワイはどうなっちまうんだべ……」
私は縋るような気持ちで隣のセンパイに問いかけた。
「はあお。お前金持ってるかお?金額次第じゃ助けてやってもいいお」
「も、持ってるだ!ウエストポーチに3000円くらい入ってるべよ!」
「はあお。3,000円かお。まあ後で増やすからいいお。よしじゃあ助けてやるから3000円寄越せお」
彼は話はまとまったとばかりにひとつ大きく息を吐くと大声ではしたない、それはとてもはしたない叫び声をあげた。
「はあお!魔王様のふわとろ名器!最高だったなあお!!」
その様はとても勇ましく、闇を切り裂く金獅子の咆哮のように感じられた。




