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驚きと感嘆に満ちた声を上げたシンシアを見た後、その視線の先に目を向けたトーマスはなるほど、と思った。確かにこれは初めて見た人を圧倒するだろう。
シンシアの視線の先には、天井までズラッと壁一面に引き出しが並んだ棚。その各棚にはお茶の銘柄が書かれていた。
「あの……これは?」
「ここは我が社で扱うすべてのお茶のサンプルを並べた場所だ。
ここにはちょっとした宝石ほどの価値のある高級品から、日常使いの茶葉まで、すべてが保管されているという訳だ。
ああそうだーー彼女も紹介しておこう。ブレンダーのミス・ブリストルだ。ブリストルさん、妻のシンシアだ」
目の前の景色に圧倒されていたシンシアは
「ブリストルと申します」
と簡潔に挨拶する彼女の声にあわてて礼をとる。改めて顔を上げてみると、まだ30半ばほどだろうか?
濃い茶色の髪を一つにまとめ、地味なワンピースの上からエプロンをまとった彼女は、いかにも職人といった雰囲気を漂わせていた。
「彼女は間違いなく、我が社でも特に優秀なブレンダーのうちの一人だ。うちの看板商品もいくつも手掛けてくれている」
と、そこまで言ったところでトーマスは彼女の手元をみた。
「それは新しいブレンドかい?」
「えぇ、この夏のシーズンに向けての新商品でございます。まだ試作段階ですが試されますか?」
そう言って、二人を見た彼女はポットを手に取る。
「せっかくだからいただこうか」
「えぇ、楽しみですわ」
その言葉を聞いたミス・ブリストルは調合していた茶葉から、スプーン3杯ほどポットに入れると、そこへ湯を注いだ。
試飲スペースと言いつつ、充分豪奢なテーブルとソファが備えられた一角に落ち着いたシンシアとトーマス。そんな二人の前に芳しい香りのカップが置かれた。
シンシアはカップを手にとり、まずその香りを楽しんだ。
バラだろうか? 芳しい甘い香りとお茶の芳醇な香りが立ち上り彼女を楽しませる。そしてまだ熱いお茶を口に入れた。
「どうでしょうか?」
シンシアの反応が気になるらしいブリストル。何口か飲んだ彼女は、少し考えると口を開いた。
「とても美味しいわ。とっても良い香りで落ち着くし、ただ夏に飲むとしたら少し……余韻が甘すぎるかしら? なんというかもう少し爽やかな方が良いというか」
とそこまで言ったところでトーマスとブリストルの視線に気付いた彼女はハッとなる。
「いえ、ごめんなさい。確かに美味しかったのですよ。部外者が偉そうですわよね」
その言葉にブリストルが首を振る。
「いえ、これは試作品ですので……むしろ奥様の感想の確かさに驚きました。確かにこれは余韻が甘すぎるので、なにか改良をと皆で話していたところだったのです。旦那様はいかがですか?」
「うん。私も妻と同意見かなーー悪くはないのだが。シーズンまでには間に合うのだな?」
「はい、もう少し改良すれば良いものになると考えております。その際にはまた奥様にも試していただいてよろしいですか?」
その言葉に、トーマスはそれは良い、と頷く。
「実際に紅茶を楽しむのはなんと言っても女性が多い。それに彼女の感覚はなかなか鋭いようだからね。何だったらこれからも時折試飲に呼んでくれると嬉しい。シンシアももし時間があれば店に立ち寄ると良い。そうだよね、ブライトさん」
その言葉にそっと彼らを見守っていた彼は微笑む。
「えぇ、勿論です。先代の奥様もよくお店にいらっしゃいましたし、従業員も喜びます」
「ということだから、シンシアも時々こちらにも来ると良い。もちろん、無理をする必要はない」
「はい。ありがとうございます、旦那様」
シンシアはそう言いながら、ブラッドリー家の妻としての一歩を踏み出せた気がして心を弾ませた。




