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里帰りは悋気と共に 10

 ある日の昼下がり。そよ風が心地よく吹くレイクトン邸の広い庭では、大規模なお茶会が開かれていた。


 いくつものテーブルの上には、芝の緑に映える春らしい小花柄の白いテーブルクロス。

 その上には、ポットでたっぷりと淹れられたお茶に、レイクトン家の料理人が腕を振るった菓子や軽食が並んでいる。


 バターをたっぷりと使ったビスケットに、ドライフルーツをこれでもかと焼き込んだケーキ。ハーブが香るパテの入ったサンドウィッチ……それらはみんな、昔からリーンで楽しまれてきた、素朴だが温かみのある食べ物だ。


 だが、この家を訪れた人にとって一番のご馳走は、春の花が咲き乱れる美しいこの庭と、ここから見える緑の丘、青い空だろう。


 事実、遠く異国から訪れた客人達は、口々に絵のような景色を褒め称える。

 ーーそう、ついに今日は、ティリア共和国の商人たちを招いての商談の日だった。


「レンブル様達……上手くいって良かったですわね」

「ああ。義父上と義母上も一安心だろう」


 お茶会が始まりすでに数刻。さすがに疲れを感じて、ほんの少しばかり客人達の輪から抜け出していたのは、トーマスとシンシア。

 彼らの視線の先には、ニコニコとティリアからの客人たちと話す、レンブル夫妻の姿があった。


 結局、レンブル夫妻の間には大いなる勘違いがあったーーそれも邪悪な第三者の意志による。


 レンブル氏にも夫人にも過去の恋人などいなかった。いたのは、彼らに勝手に懸想していた男女。何でも彼らはレンブル氏と夫人、それぞれの幼馴染だったのだという。


 片やレンブル家に出入りする商人、片や住み込みの使用人だった彼等は、共通の憎しみから繋がりを持ち、レンブル夫妻の仲を壊すために共闘していたらしい。


 事実、その動きは夫妻の仲を、まるで遅効性の毒のように割いていった。


 とはいえ、それも過去の話。シンシアが謀ったお茶会で互いの想いを吐露した夫妻。

 そこでお互いの抱いていた疑念も口にしたことで、幼馴染達の思惑に気付いたのだった。


 そこから2人の距離が近づくまでは早かった。今日もレンブル氏は夫人の腰をしっかりと抱き、それはもう甘い視線を送り続けている。


 ーーもっとも、夫人はと言えばあまりベタベタとされるのは羞恥心が勝つ様子だ。

 都度都度「公の場で何をしているのか?」と苦言を呈しているようだが、本気で嫌がっているようでもない。


 先程もレンブル氏に「じゃあ……二人っきりの時なら良いのですか?」と問われて、絶句しつつもコクリと小さな頷きを返していた。

 若干20歳でレイクトンの海外部門を任されるレンブル氏である。開き直った彼に、年上の夫人は振り回されているようだった。


「フフフっ……夫人も外国語がお得意と聞きましたものね。先程ティリアの方と交渉されていらした時も相性バッチリでしたわ」

「うむ。……だが、シンシアのティリア語も素晴らしかったぞ」

「まあ、旦那様ったら!」


 サラリと挟まれるシンシアへの賛美に、彼女は思わず頬を染める。気恥ずかしさに視線を泳がせると、彼女はその先にやや困り顔の父を見つけた。


「まあ!? 大変。旦那様? お父様を助けませんと」

「ん? あぁ、あの方はライセル語は全くだ、と話していたな。よし、じゃあ行こうか」


 ライセル語以外話せないシンシアの父と向かい合っていたのは、ティリア語しか話せない、というティリアから来た年配の商人。


 彼は、シンシアの父が持つ美しいティーカップに目をつけたようだが、言葉が通じないもの同士、困り果てているようだった。

 頷き合い、そうして慌てて彼らの元へ行き、通訳を始めるブラッドリー夫妻。

 そんな2人を視線の端に入れたレンブル夫妻もまた、先輩夫婦の仲睦まじくも頼れる姿に微笑み合う。


 春のリーンには、高い空が広がっていた。






「この一杯はあなたのために、この一杯は私のために、もう一杯はポットのために」


 ライセル王国の王都、ローグス屈指の高級住宅街に佇むブラッドリー邸。その主寝室では今日もシンシアの歌声が響いていた。


「どうぞ、旦那様? 熱いのでお気をつけになって」

「あぁ。ありがとう、シンシア」


 シンシアが2つ用意したカップの内の一つを夫に手渡すと、彼は一口お茶を飲むと


「美味しいよ、シンシア」


 と、砂糖よりも、テーブルに用意されたチョコレートよりも甘く微笑んだ。


「フフッ、いつもと変わりませんわよ、あなた? ……それよりも見てください。このチョコレート、王女殿下から頂いたんです」

「ほう……王女殿下から?」

「はい。恐れ多くも王女殿下からお手紙を賜りまして、それにこれが同封されていたのです。トレシアの王都で流行っているものだから、是非食べてみて欲しいと……」

「それは光栄だな。にしても私とシンシアでは随分と扱いが違う気がするのだが……」


 シンシアとトーマスがリーンから帰ってきてはや一週間程。

 不在の間の諸々も落ち着いて、ようやく2人が一息着いた頃、ブラッドリー夫妻それぞれに宛てて、ライセル王家の紋章が捺された手紙が届いた。


 手紙の差し出し主は、最近とみに2人に懐いているライセルの第一王女ソフィア。今は海を渡った先の、トレシア王国の王子たる婚約者を訪問している。

 シンシアは王子とのピクニックに際し、彼にお茶を淹れたいと考えた第一王女に、お茶の淹れ方を指南した。

 シンシアへの手紙の内容は、主にその首尾についてだった。


「私宛ての手紙には、王子とのピクニックが成功したことですとか、そのお礼ですとか……あとは王子殿下がいかに素敵な方か? といったことが書かれていたのですがーー旦那様宛てのは手紙は違った趣向だったのですか?」

「うむ。王子殿下への賛美は私宛ての手紙にも随分書かれていたーーまあ、顔合わせが上手く言ったのは喜ばしい。

 それはそれとして、私とシンシアがリーンへ行ったことが、王太子殿下経由でバレてな……『まさか、それが新婚旅行なんて言わないわよね!?』という苦情が手紙の半分くらいを占めていた」

「ま、まあ……王女殿下ったら、フフッ……フフフッ」

「シンシア……笑い事じゃないぞ。どうして王女殿下に我々の新婚旅行を心配されないとならんのだ?」


 トーマスの言う、王女殿下の苦情があまりにも想像できてしまい、思わず笑いが止まらなくなるシンシア。そんな妻にトーマスは少しばかり眉を寄せてみせた。


「あら、ごめんなさい。……私、今度王女殿下にお会いしたら『新婚旅行先なんて、全然気にしてませんよ』って言っておきますね」


 そんな夫に少しばかり笑いすぎたか、と反省したシンシア。いくら豪胆な夫とはいえ、王女様に私生活の苦言を呈されるなど、冗談でも胃痛の種だろう。

 今度、王女様には話をしておこう、そう思ってのシンシアの言葉だったが、トーマスの眉間のシワはまだ深いままだった。


「……あなた? どうかなさいましたか」

「いや……いや、完全に自業自得なのだが……新婚旅行に何も期待していない、と改めて言われると少しショックで。しかしそうさせたのが自分だと考えるとまた……」


 トーマスを落ち込ませたのは、シンシアの何気ない一言だったらしい。

 彼女にとって他意はなかったのだが、彼女の夫は意外と繊細だ。そんなところも可愛いと思いつつ、シンシアはクスリと笑い、それから眼の前の夫の手を軽く握って見せた。


「あなた?」

「シンシア?」

「私は新婚旅行をどうでもいいと思っている訳ではありませんわ。……でも、どこに行きたいか? って言われれれば、旦那様とならどこへ行っても楽しそう! っていう結論になるのです」


 そもそも常日頃忙しいブラッドリー夫妻にとって、長期の旅行というのはなかなか難しい。

 でも、だからこそ、たとえちょっとしたものでも夫と遠出が出来たなら、それはとんでもなくシンシアをワクワクさせることになると思うのだ。


「そ、そうか? シンシア?」

「はい! あなた。……ですからまた、一緒にどこかに出かけましょうね?」


 そう言ってシンシアはカップを軽く掲げる。美しい湖のある風景が描かれたカップは、リーンの街で2人で相談して買った一品だ。


「そうだな。よし、じゃあ今度こそ、新婚旅行に出かけようか? シンシアに見せたい場所はいっぱいある」

「まあ! 楽しみにしておりますわ」


 ーーその夜の2人は、遅くまであんな場所に行ってみたい、こんなことがしてみたいと盛り上がる。

 自慢のお茶に、素敵なお菓子、そして時間すら忘れる楽しいおしゃべり。

 美味しいお茶を淹れるための呪文は、今日も2人に幸せを運んでくれるのだった。

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