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里帰りは悋気と共に 7

「シンシア? ……シンシア! 聞いてるの?」

「はっ、お母様?」

「もう……どうしたの? お茶会で何かあった?」

「いえ……ごめんなさい、ちょっとぼうっとしてたわ」

「大丈夫か? シンシア?」

「ええ、旦那様も心配なさらないで? 本当に少し考え事をしていただけですの。……で、何の話しですっけ」

「全く……シンシアったら……」


 少し眉を下げて聞くシンシアに、シンシアの母は「仕方のない子」とばかりにそう言う。その表情もまた、シンシアにとっては少しばかり懐かしいものだった。


 茶会から帰った夜。今夜は帰省して始めての、家族水入らずの夕食だ。

 レンブル夫妻は「さすがにずっと家を留守にするわけにもいかない……」と一旦帰宅したらしい。


 今日はシンシアが茶会。他のみんなもそれぞれに人付き合いがあった、ということで夕食は軽め。

 テーブルには紅茶と何種類かのパテを挟んだサンドウィッチ、それに子羊を使った簡単な肉料理などが並んでいる。


 簡単とはいえ、レイクトン家のシェフが作る思い出深い料理なことには変わらない。シンシアはそれらをしみじみ味わいつつも、どこか意識が飛びがちだった。


「アーシェリア準男爵のチャリティーのことだよ。明日の夜、彼の家で夜会がある。そこにトーマス君とシンシアで参加してきて欲しいんだ」

「お父様、お母様でなく……ですか?」

「ああ、本当は商談も近いし、断っても良かったんだが……シンシアが帰ってきていることを聞きつけられてね。是非君たちに出席して欲しい、と懇願されてしまったんだ」


 恐らくそれは、ブラッドリーの財力を目当てにしてのことだろう。アーシェリア準男爵家はリーンではレイクトンに並ぶ古株。しかも爵位持ちだが、その財政状況は2家と変わらない。

 かといって、名士としての慈善活動をおろそかにするわけにも行かない彼等にとって、ブラッドリー夫妻の来訪はまさに渡りに船に違いなかった。


「私は構いません。寄付ももちろんいたしましょう。ーーが、シンシアは? 体調が優れないなら私だけ顔をのぞかせて来るが……」

「いえ! 大丈夫です!」


 先程のシンシアの様子に何か感じるものがあったのか、そう言って彼女を気遣うトーマス。が、シンシアはその提案を反射的に断った。

 ーーレイクトン家に声がかかる、ということは確実にレンブル家にも声がかかっている。レンブル夫人のいる場所にトーマスを一人で行かせるのは、絶対に嫌だった。


「そ、そうか?」

「ええ。体調なら本当に問題ありませんわ。どうぞ心配なさらないで」


「分かった。ではトーマス君。娘もこう言っていることだし、2人で行ってきてくれ」

「分かりました、義父上」


 結局、家長たるシンシアの父が話をまとめ、シンシアとトーマスは、準男爵家の夜会に出ることになったのだった。






「シンシア。少しだけ……お茶をしないか?」


 その夜。湯を使い、夜着の上からナイトガウンを羽織って、夫婦で使っている寝室へ向かったシンシア。

 彼女を待っていたのは、サイドテーブルにティーセットを広げたトーマスだった。


「これから? 構いませんが……」

「もう夜遅いし、ローズマリーのお茶を用意したんだ。これなら眠りの妨げにもならない」


 トーマスの言葉に頷き、シンシアはここまでついてきてくれた侍女に礼を言ってから、ベッドに腰掛けた。


 普通、この国の男たちは自分でお茶を淹れたりしない。けれどもさすがお茶を扱う商会の当主だけあって、お茶の準備をするトーマスの動きは淀みなかった。


 ほんの小さく「この一杯は……」と呟きつつ、少しばかり神経質な仕草で茶葉をポットに淹れるトーマス。

 そんな姿はシンシアがこの世で最も好きな景色の一つだ。


 用意されていたお湯をポットにそっと注ぎ、蓋をしたら砂時計をひっくり返す。数分待って、2つのカップにお茶をそそぎ分ける姿も、またどこか几帳面だ。


 そうして用意された湯気の立つお茶を、トーマスは「熱いから気を付けて」と言いつつシンシアに渡してくれる。

 そっとカップを手渡す大きな手がシンシアの手に触れたが、今夜のシンシアはそれを拒絶しなかった。


 お茶を一口含めば、ローズマリーの柔らかい香りにそっとミントの爽やかな香りも追いかけてくる。その香りにシンシアは思わず顔を綻ばせ、それからふと視線を感じて夫を見上げた。


「シンシア。昨日は済まなかった」

「あなた?」

「レンブル夫人のこと。もっと注意していれば良かったし、もっとはっきりと対処すべきだった。そのせいでシンシアを傷つけてしまい、本当に申し訳なかった」

「そんな! 私は傷ついてなんか……ただーー混乱したのです」


 シンシアはカップをそっとテーブルに置き、それから夫の目をじっと見つめた。


「私は……ずっとあなたが傍にいるのは当然だと思ってたのです。私はあなたの妻だから。でも、ここにきて初めて、それが傲慢な思い込みだと知りました。同時に自分の中にある黒いものにも気付いたのです」

「シンシア?」


 シンシアは一瞬、そっと視線を外す。


「あなたを誰にも取られたくない。誰の目にも入れたくない。そんな想いが私の中にあるなんて知りませんでした。これを人はーー嫉妬と呼ぶのですよね?」

「あぁ……私が日がな抱いている想いだ」

「あなたも……ですか?」

「もちろん。優しく聡明なシンシアは誰からも好かれる。それはとても好ましいし、誇らしいが……同時にその魅力は私だけが知っていたいとも思う。私もシンシアを誰の目にも入れたくない、といつもおもっているんだよ」

「そんな……あなた」


 シンシアは不意にカップを手に取ると、その中身を一息に飲み干す。それから、まるで未婚の男女のごとく開いた夫との間を一気に詰めて座り直した。


「でしたら、そうしてくださいな。明日の夜会、私があなたの妻だと、リーン中に知らしめて下さい」

「シンシア……」


 トーマスはシンシアの真っ直ぐな瞳に射抜かれ、刹那動けなくなる。やがてその拘束がほどけると、彼もまた妻に習い、カップの中身を飲み干した。


「分かった。明日の夜はシンシアのことをひとりじめする。レンブル夫人にも、しっかりとわかるよう伝えよう」


 そう言うと、トーマスはそっとシンシアの頬をなぞる。甘い予感にシンシアはゆっくりと頷き、目を閉じた。

 彼女の唇には、甘く優しい口づけが落とされる。

 シンシアは一日ぶりに、夫の暖かい腕の中で深い眠りに落ちたのだった。

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