里帰りは悋気と共に 6
王都ローグス程ではないにしても、やはりこのリーンにおいても快晴の日、というのは貴重なもの。
しかし、窓から差し込む朝日を感じて目を覚ましたシンシアの心は、秋の王都の空のごとくどんよりと曇っていた。理由は言わずもがな昨日の夜の出来事である。
宣言通り湯を使ってきたらしく、シンシアが寝入るか否かくらいの時に戻ってきたトーマス。けれどもいつものようにシンシアと同じベッドに入ることはなく、代わりに部屋に置いてあるソファがずん、と沈み込む音がした。
恐らくシンシアを気遣い、ソファで眠ることにしたのだろう。「そこまでしなくても……」と夫を呼び戻そうとしたシンシアだが、半分夢うつつの身体は上手く動かず、シンシアはそのまま寝入ってしまった。
起きてすぐにソファの方へ目をやったシンシアだが、トーマスはすでに目を覚ました後のようで、その姿はない。
今日はレンブル氏と共に少し遠出をすると言っていたので、早起きしたのだろう。
シンシアはと言えば、とあるお茶会に呼ばれている。予定は午後からとはいえ、準備にはそれなりに時間が必要。
そんなわけでシンシアはゆっくりと身体を起こし、侍女を呼ぶための呼び鈴を鳴らすのだった。
「あら……? 今日は夫人だけなのね……」
「フフフっ、ついに愛想をつかされたんじゃなくて?」
「まっ!? 何を言ってるの? 旦那様は別の予定があるってさっきおっしゃってたじゃない。まあ、本当かどうかはしりませんけどねぇ……」
レイクトン家ほどではないにしろ、立派なお屋敷の広い庭で開かれたお茶会。テーブルには香しいお茶と洗練された菓子の数々が並ぶ。
しかし、出席した客人達の注目の的は、久しぶりにリーンに戻ってきたシンシアのことのようだった。
地元で一番の名士のお嬢様だったシンシア。けれどもお洒落や演劇といったことよりも、家業に関心を持っていたことから、やや地元の社交界で浮いていた。
そんな彼女がライセル中で知られる大店の奥様に収まったことは、リーンの女性たちにとっても話題の種で……もっといえば妬みの種だったらしい。
挨拶を交わせば、ほんのりと睨まれる。夫の不在を詫びれば、どこなくトゲの混じった慰めを投げかけられる。そっと彼女たちから距離をとってみれば、途端に『実家の援助のために政略結婚した可哀想な妻』であるシンシアを嘲笑う囀りがあちこちから聞こえる。
王都にくらべてずっと小さな社交界。その分、そこはより陰湿な世界なのかもしれなかった。
「奥様? 放っておいて良いんですか? 言いたいほうだいですわよ」
「そうね……でもあんまり目立つのなんだし……旦那様や商会を悪く言われない限りは静観かしら?」
眉を潜めてそっとシンシアに囁くのは、同行してくれた侍女のミア。
王都で生まれ育った彼女は、晴れ渡る田舎の空とは対象的な茶会の空気の悪さに、少々ショックを受けているようである。
ただ、ここで下手に抗議しても数の面で歩が悪いことは明確。その上今日集まった人々は、だいたいがシンシアの娘時代に、彼女を『変わり者』と蔑んでいた人ばかり。
正直なところ出来るだけ距離をとっていたい、というのがシンシアの本音だった。
そうこうしているうちにも、さえずりはどんどんと大きくなっていく。
熱がこもり、やや声量が大きくなる噂話。と次に飛び込んできた言葉に、シンシアはピクリと立ち止まった。
「そういえばトーマスさん。昨日は白樺亭でレンブルさんとお話されていたのですけど、とっても素敵な方でしたわよ」
「まあ!? お声がけなさったの?」
「まさか! ブラッドリーの会長様よ。遠目に拝見しただけ。でも、すらっとしてるし、コートは超一級品だし……奥様がさぞ羨ましいわ」
「まあ! 本当だわぁ」
そう言って女性陣がドッと湧く。
「でも……あくまで噂よ。あの2人、やっぱり政略結婚だからもう冷めきっているらしくって……シンシアさん、可哀想」
「……でもシンシアさんだって折込済みでしょう? きっと彼女は彼女で贅沢を楽しんでるわよ。もしかしたら、王都に愛人でもつくってるかも」
「まあ!? 無理よ、無理。あのシンシアさんよ」
そう言って、またクスクスと笑い声を上げる女性たち。
流石に抗議をするべきか、とシンシアがそっと彼女達の元へ行こうとしたところで、その前に長身の人影が立ちはだかった。
「あなた達? 随分と盛り上がっているじゃない」
「レンブル夫人!? ご、ご機嫌麗しくーー」
シンシアの視界を遮ったのはデイドレスを纏ったレンブル夫人だ。
いつもは赤や紫の扇状的なドレスを好む彼女。しかし今日の彼女は、刺繍がアクセントとなった品のある青いドレスを着ている。そんな彼女は慌てふためく女性たちに、ニコリとした笑みを投げた。
「あなた達の声、すっかり聞こえていたわよ。リーン社交界の品位を下げるようなことは慎みなさい。大体、ブラッドリーがリーンの産業界のためにいくら使ってくれたか知ってれば、下手なことは言えないと思うけど……」
「そ、それは……」
「まあ!? そんなことも知らなかったというのかしら? 不勉強だこと。ま、田舎者ということで許してやって頂戴な。ね、シンシアさん?」
「は、はい……私は特に……」
いつもと全く様子の違うレンブル夫人にたじろぐシンシア。そんな彼女の様子をどう受け取ったのだろうか。
レンブル夫人は一つ息を着くと、「じゃあ……さっさと消えた、消えた」と女性陣を追いやった。
「その……ありがとうございます! レンブル夫人」
「あなたのためじゃないわ、ブラッドリー夫人。リーンを貶めるような行為が許せなかっただけよ。あなたも大店の奥様ならもっと精進しなさいな」
「は、はい。……努力します」
首元を詰めたドレス、ピンと伸びた背筋はまるで家庭教師のようで、思わずシンシアはピクンと固まる。
そんな彼女の様子に苦笑いをしてから、レンブル夫人は先程追い払った女性たちを追いかけていった。
「……随分普段と様子が違いましたわね、奥様? まるで別人でしたわ」
「ええ。どちらが本当のレンブル夫人なのかしら?」
様子を見守っていたミアにそう囁かれ、シンシアも思わず首をかしげる。
そうこうしているうちに、いつの間にかリーンの青空は黄昏色に染まり始めているのだった。




