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里帰りは悋気と共に 3

 レイクトン家の屋敷は、リーンの街から馬車で30分ほどのところにある。のんびりとした空気が流れる街を抜け、小高い丘を越えると大きな屋敷が見える。

 古くからの名家だけあって、広さだけはある屋敷は庭も広大。屋敷の門をくぐってからも5分程馬車は走り、ようやくエントランスにたどり着く。

 ガタンと馬車が揺れて動きを止めたところで、シンシアが窓の外を見ると、懐かしい面々が揃っていた。


「お父様! お母様! みんなも!」


 エントランスの前でほんわりとした笑みを浮かべるのは、シンシアの父ベイリーと母ダリア。その後ろにはレイクトン家の使用人達も勢揃いしている。


 シンシアは嬉しさのあまりドアを開け放ち、トーマスの手も借りずに馬車から飛び降りると、そのまま父の腕の中へと飛び込む。

 そんなシンシアをしっかり受け止めつつ、ベイリーはしかめっ面を作って見せた。


「こらこら、このお転婆娘は……もう大店の若奥様なんだろう?」

「ご、ごめんなさい……つい」


 シンシアはふと我に返って父を見上げ、それから母に視線を移したあと、後ろを振り返る。

 ゆっくりと馬車から降りてきたらしいトーマスは、そんなシンシアの様子にクスリと笑みを零した。


「えっと……ただいま戻りました。お父様、お母様」

「おかえり、シンシア」

「おかえりなさい、シンシア」


 顔を見合わせ破顔するベイリーとダリア。それから彼等は表情を繕い、後ろで直立していたトーマスの方へ視線を向けた。


「義父上、義母上。妻をなかなか里帰りさせてやれず申し訳ございません。本日より数日間、どうぞよろしくお願いします」


 その視線を受けて、トーマスは帽子を胸に当てて深い礼をする。

 その様子に、シンシアの父と母はまたしても顔を見合わせた。


「あらま、トーマスさんたら固いこと。あなた達が忙しいことは承知してますわ」

「こちらこそ、勝手な頼みを聞いていただき申し訳ない。なにもない場所だが、我が家と思ってゆっくり過ごしてくれると嬉しい」


 ほんわりとした笑顔でそういう2人。その表情にトーマスもようやく表情を和らげる。


 それからトーマスとシンシアは、後ろに控える使用人達とも挨拶を交わし、屋敷の中へと案内されるのだった。






「シンシアはトーマスさんと随分仲良くなったようね……ホッとしたわ」

「ど、どうして……分かったの?」

「ん? それは結婚当初、あなた達があんまり上手く行ってなかったことについて? それとも今の2人の関係について?」

「……どっちもよ……」


 2人を応接室に案内したあと、ダリアは「お茶を準備しますね」と言って席を立つ。シンシアはそんな母親を追いかけて、厨房へやってきた。


「分かるわよ、母親だもの。手紙の中では取り繕っていたつもりかもしれないけど……何となくね。心配したのよ」

「……心配かけてごめんなさい」


 結婚当初、まだトーマスとの仲がぎこちなかった時のことは、母に伝えていなかったシンシア。

 しかし彼女の母からすればお見通しだったらしい。結局心配をかけてしまった、と俯くシンシアに、ダリアはコツンと軽くおでこを合わせてみせた。


「謝るのはこっちの方よ。いきなりほとんど初対面の人と結婚させてしまったんだもの。

 ……でも、あなたがさっきお転婆した時、トーマスさんの顔がとっても優しかったから安心したわ。それであなた達がとっても良い関係を築けているって確信したのよ」

「……確かに色々あったわ。でも旦那様は私のことをすごく大切してくださってるし、私も同じよ。だから安心して?」


 その言葉にダリアは、ギュッとシンシアを抱き寄せる。

 しばらくそうしていた彼女は、やがてシンシアから離れると、「さてっ!」と言って手を合わせた。


「じゃあ、お茶を淹れましょうか?」

「ええ、そうしましょう。お母様の淹れる紅茶、楽しみだわ」

「そんなーーシンシアは王国一のお茶屋さんの奥様でしょう? 緊張するわ」

「まあ、何言ってるの?」


 軽口を叩きつつも、ダリアは慣れた手つきで茶筒を手に取る。そうしてスプーンを持つと、穏やかな口調でとあるメロディーを呟き始めた。


「この一杯はトーマスさんのために、この一杯はシンシアのために、この一杯は旦那様のために……」


 そのメロディーは、シンシアがいつも口にする美味しいお茶を淹れるための歌だ。

 懐かしい風景に、シンシアは「うんうん」とばかりに何度も頷いた。


「……ねえ、お母様?」

「どうしたの? シンシア」

「実はね……この歌ーーこの呪文のおかげで私は旦那様と仲良くなれたのよ」

「まあ……これは『美味しいお茶を淹れるための呪文』なんだけどーー」

「でも、私にとってはもっと特別な魔法の呪文だわ。後で聞いてくれる?」

「ええ、もちろん。教えてくれる?」


 トーマスとシンシアが仲良くなった経緯。それは後ほど詳しく話すことを約束して、2人はひっくり返した砂時計を凝視するのだった。






 それから応接室に戻って、お茶を振る舞った2人。

 ライセル一の紅茶店の店主にお茶を飲んでもらうことになったシンシアの母は、大層緊張した様子。

 けれどもトーマスが「とても美味しいです。さすがシンシアの師匠ですね」と微笑んだことで彼女は軽く吹き出し、一気に場が和んだ。


 今回の帰省の主目的は、ティリア共和国との商談。だが、同時に家族との穏やかな時間も過ごせそうだ。

 ところがその予感は、直後にシンシアの父が落とした爆弾によって、破壊されることとなったのだった。


「ところでブラッドリーさん? 実は早速仕事の話になってしまい申し訳ないのですが……今日の夕食の席で会っていただきたい人がいるのですが、よろしいでしょうか?」

「今日ですか? 私は構いませんが……」


 シンシアの父がやや言いづらそうに告げた言葉を反芻し、それからトーマスは微妙な表情をする。

 その顔は、自分は良いがあなた達はそれで良いのか? とでも言いたげだった。


「いえ。本当は私も今日ぐらい、一家団らんの時を過ごしたいのですが、今回のティリアとの商談の責任者であるレンブル、という男が出来るだけあなたと早く会いたいと……」

「そうですか……でしたら仕方ありませんね。シンシアはそれで構わないかい?」

「私は構いませんわよ。旦那様」


 シンシアとしても本当は、初日の夜ぐらい家族水入らずを楽しみたい。

 とはいえ自分たちの帰省の第一の目的は、ティリアとの商談。こればかりは仕方がない、とトーマスに微笑むのだった。

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