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とっておきの贈り物

「旦那様? お悩みですか?」

「あぁ、すまない……ちょっとな……」


 ある日のブラッドリー商会本店。営業を終了した店内では、商会長であるトーマスが歩き回っている。彼は随分となにかを悩んでいるようだった。


 最初はその珍しい姿を遠巻きにしていた従業員達だが、このままでは店の掃除が終わらない。掃除が終わらなければみんなが帰れない。

 ということで彼らを代表し、本店の副支配人であるロベルが声をかけたのだった。


「何か不足がありましたでしょうか? もしくはどなたか特別なお客様が?」


 そうさらに尋ねるロベル。だがトーマスはどこか心あらずで、どこか遠くを見ながら小さくため息を漏らす。

 こんな彼を見ることもそうそうない。もしかして相当な不首尾があったか? そうロベルが青ざめたところで、彼らの後ろから呆れたような声が追いかけてきた。


「旦那様! そんな顔をしていては店の者が怖がります。それにあなた様がいつまでもそうしていては、誰も帰れないでしょう? 奥様へのプレゼントに悩むなら営業中にしてくださいませ」


「奥様への……」

「プレゼント?」


 商会長を真正面から叱りつけるのは本店支配人のブライト。初代からブラッドリーに仕え続ける彼は、商会長に対しても遠慮はない。


 一方従業員達は、ブラウンが指摘した思わぬ悩みの理由にピタリと固まった。


「プレゼントと申しますと……この時期ですと誕生日でしょうか?」


 またしても店員達を代表したのはロベル。

 それまで浮いた話などまるでなかったトーマスが、突然妻を迎えたのは1年程前。最初こそギクシャクしていた主夫妻だが、今ではライセル経済界に知れ渡る程の仲良しだ。


 明るく優しい奥様のことは、本店の従業員達も大いに慕っていた。


「ああ……そうだ。今回はシンシアが来てくれて初めての誕生日だからな。何か特別なものを贈りたいのだが……」

「奥様は『旦那様にいただけるものでしたらなんでも嬉しいですわ』とおっしゃられた。ーーとかでしょうか?」

「……なぜ分かる」

「お二人の性格は熟知しておりますので……」


 そう。絶対に失敗がないように、と予めシンシアに誕生日に欲しいものはないか? と尋ねたトーマス。


 しかし当の妻はというと、さっきブラウンが声真似してみせた通りのことを言い、小首をかしげ見せたのだ

 ーーもちろん彼女の声の方が圧倒的に可愛らしいのはいうまでもない。


「『なんでも嬉しい』というのが実は一番困るのだがな……」

「理解いたしますよ、旦那様。私も若い頃、赴任地の土産を買う時に、当時まだ恋人だった妻に同じようなことを言われまして……随分困ったものです」


 2人はそう言って顔を見合わせる。と、そこへ新たな声が突然割って入ってきた。


「旦那様、支配人?」

「ん? どうした、ミス・ブリストル?」


 声の主はブラッドリー商会の腕利きティーブレンダーであるミス・ブリストル。いつも落ち着いた雰囲気の彼女だが、今日は珍しく少し怒っているようだった。


「失礼ですがお二人とも、乙女心が分かっておりません」

「乙女……ごころか?」

「はい、旦那様。恋人や夫が自分のために悩んで選んでくれた。そのことが一番嬉しいものなのです。結婚して時を重ねた後ならともかく、初めての誕生日から欲しいものを聞くなど言語道断ですわ」


 プスン、という効果音が聞こえてきそうな様子で腰を手に当てるミス・ブリストル。

 彼女の言葉にブライトは「確かに……一理ありますね」とトーマスに囁いた。


「だが、実際のところ何を贈るのが一番良いんだ?」

「それはそうですね……例えば、奥様の趣味にまつわるものとかはいかがでしょうか?」

「趣味か……となると……やはりお茶にまつわるものだな。いや、いっそ……」


 刺繍や読書など、およそ一般的な趣味はだいたい嗜むシンシアだが、一番の趣味と言うとやはりお茶が思い浮かぶ。

 いつもニコニコと朗らかな笑みを浮かべてお茶を淹れてくれるシンシア。彼女の姿を思い浮かべたトーマスは、不意にハッとした表情となった。


「一つ妙案がある。……ただし、これにはみんなの協力が不可欠なのだが……構わないか?」

「もちろんにございます旦那様。ねぇ、皆さん?」


 従業員たちを代表するように答えたのはブライト。続く問いかけには店のあちこちに散らばっていた従業員達も大きく頷いた。


「ありがとうみんな」

「では早速作戦を練りましょうっ!」


 勢いこんでそう言うのはロベル。しかしそれにはブライトの冷静な指摘が入った。


「その前にーー掃除を終わらせねばなりません。作戦会議は後日、時間を作りましょう。良いですね、旦那様」

「あ、あぁ……」


 ブライトの当然の言葉にトーマスはやや気まずげに返事をする。そうして


「さ、では皆さん。陽の落ちる前に終わらせますよ」


 というブライトの掛け声で、従業員たちはまた一斉に動き出すのだった。






 とある休日。シンシアはいつもよりもソワソワした心持ちで、少しだけ早く目を覚ました。

 何と言っても今日は、彼女がブラッドリー家に嫁いで初めての誕生日なのだ。


 早くに目を覚ました、とはいっても同じベッドで眠ったはずの夫はすでにいない。

 普段は仕事のため、そして休日は愛妻に目覚めのお茶を淹れるために早起きする。それがシンシアの夫であるトーマスの日課だった。


 まだボーッとする頭のまま、カーテンの向こうの鳥のさえずりに耳をすますシンシア。すると、トントントン、とやや控えめなリズムよいノックの音が聞こえてきた。


 もはや、聞き慣れすぎて、確認せずとも夫のそれだと分かる音。

 ただ、一度何も考えずにドアを開けて「不用心すぎる!」と夫にお説教されたことのあるシンシアは、眠気眼のままドアの向こうの夫に声をかけた。


「あなた?」

「あぁ、もう起きていたんだね、シンシア?」


 普段は夫のことを「旦那様」と呼ぶシンシアだが、寝室でだけは、「あなた」と呼ぶ。

 一方トーマスの方は、呼び名こそ変わらないが、普段も柔らかい声音がさらに数弾柔らかく、もはや温かいカスタードのよう。


 シンシアがどこか『夜』を感じる声音に頬を染めていると、ゆっくりとドアが開いた。


 目覚めのお茶をベッドで飲むのはライセル王国の麗しき習慣。

 そして多くの仲の良い夫婦がそうであるように、トーマスは休日になると、手ずから淹れたお茶をいそいそと妻の元へ運ぶ。


 トレーにのせられたカップからは、ふわりと良い香りが漂い、一気にシンシアの意識が覚醒した。


 と同時に、シンシアはそのお茶が特別である、と気付く。ゆっくりとお茶を一口飲むと、それは確信へ変わった。


「あなた……これ……リーンの野いちごですよね? それも私の好きな……それにこのハーブも!」

「さすがシンシアだ。一口で気付いたか」


 驚いた様子のトーマスだが、シンシアからすれば当然のこと。


 なにしろトーマスから受け取ったお茶からは、シンシアの故郷で多く採れる、彼女が大好きな野いちごの香りがしたのだ。

 それに華やかなハーブの香りを合わせたお茶は、まるで故郷にいる時に、シンシアがこの上なく好んでいたケーキのよう。


 紅茶そのものも、シンシアが以前「お気に入りだ」とトーマスに伝えたことのある、比較的新しい品種のものだった。


「もしかして……誕生日プレゼントですか?」

「ーーそういうことだ。お誕生日おめでとう。愛するシンシアが生まれてきてくれたことに感謝を」


 トーマスの言葉に、シンシアは少しばかり頬を赤らめつつ


「ありがとうございます……」


 と呟く。それから彼女はもう一口お茶を飲んだ。


「それにしても……本当に美味しいです。私の好きなものが全部詰まっているような……あなたが作ってくださったのですか?」

「実際に調合したのは商会のブレンダー達だ。それに材料集めには、店の者たちもいろいろ協力してくれた」

「まあ! では皆さんにもお礼を言わないといけませんね。 ーーでも、まずはあなた? とっても素敵な誕生日プレゼントですわ。ありがとうございます」

「そ、そうか? ……喜んでくれたなら良かった」


 満面の笑みを浮かべるシンシアに、トーマスは少し照れくさそうにする。そうして照れ隠しのように「ところで……」と少し真面目な声を作って見せた。


「実はだな……決してそれが目的なのではないのだが……」

「あなた?」


 急に言い訳じみたことを言い出す夫に、シンシアは疑問符を浮かべる。


「このお茶を作っているうちに……これは素晴らしい、是非いろんな人に飲んでもらいたい、と店の者達と盛り上がってしまってな。……これはシンシアの誕生日プレゼントではあるのだが……」

「つまり、このお茶をお売りになりたいのですね!?」

「あ、あぁ。そうだ……構わないか?」


 妻のためのプレゼントを商売にするのは、少し罪悪感があるのだろう。決まりの悪そうな顔をするトーマス。だがシンシアは、それはそれは満面の笑みを浮かべて見せた。


「もちろんですわ! こんな美味しいんですもの。たくさんの人に飲んでいただきたいです」

「本当か? ありがとうシンシア」


 シンシアの言葉に、トーマスはほっと安心したような笑顔を見せる。


 それから数日後。


 ブラッドリー商会のお茶のレパートリーには、新たに『ブラッドリー夫人のお気に入り』なるブレンドティーが追加され、人々の話題を集めるのだった。

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