新婚夫婦と7つのお茶 4
ライセル王国の夏は決して長いとは言えない。そして、一年のうち半分以上は厚い雲に覆われたがちになるローグスの人々にとって、爽やかな風と温かい日差しを感じる季節は、とても貴重なものだ。
この季節は社交シーズンでもあり、商売の繁忙期。そして、同時にレジャーのシーズンでもある。
特に最近人気なのがピクニック。ローグスのあちこちにある整備された公園へバスケットを持って繰り出し、お昼やお茶を楽しむ。外での食事とは言え、そこは中上流の世界。外でのレジャー向けに誂えた服装に、おしゃれな道具、そして凝った料理やお菓子に飲み物を用意し、そこは一つの社交の場になることさえあるという。
そんな情報を教えてくれゆたのはシンシアの友人であり、トレンドにも詳しいホールトン&ランベルト商会の当主アデル。彼女はこのピクニックに、一つの勝機を見出しているようだった。
「もちろん手作りも良いでしょうけど、全ては大変ですものーー特に使用人の手が上流ほどない中流の家では。すでに私達の百貨店でも、ピクニック用品はよく売れているのよ」
とのことだ。
シンシア自身はピクニックに出かけた経験はない。リーンは自然の多い場所だから、家族で野原へ出かけることもあったが、それはアデルの話すような洗練されたものではない。そんな話をした数日後の朝、シンシアに夫のトーマスが話しかけた。
「今日は何か予定はあるかい?」
「いえ、特にありませんが……」
「ではバスケットを持って公園へ出かけてみないか? 今日はとても良い天気だし」
シンシアが嬉しそうに頷いたことでブラッドリー夫妻のピクニックが決まる。それからブラッドリー邸は、ちょっとした騒ぎになった。
朝食後、侍女のエマや古くからの使用人であるアンナに引っ張られるようにして自室へ戻ったシンシア。彼女はもしかすると自分よりウキウキしているのではないか、という様子のエマに話しかける。
「その……皆さんどうしたの? 嬉しいのだけど……ただのピクニックにしては気合が入っている気がするのだけれど」
彼女達だけではない。ブラウンは道具を準備します、とロッシュを連れて奥へ向かったし、料理人と菓子職人も目を輝かせて厨房へ向かった。そんな屋敷中がソワソワした空気に首をかしげるシンシア。彼女にハンナは笑って答えた。
「それはそうですよ。なんといってもあのトーマス様がついに奥様をお誘いになったのですから。社交や仕事を抜きにしたお出かけは初めてでしょう?」
そう言われてシンシアは初めてそのことに気づく。確かにトーマスと出かけることは以前より増えたが、社交などを抜きにしたものは初めてかも知れない。
「初めてのデートですわよね。それに今ピクニックは庶民から上流の皆様まで大流行だそうですわ」
そうニコニコと話すのは、いくつかのドレスを手にしたエマ。その後エマとアンナによって、ああでもない、こうでもない、と悩まれつつ仕上がったシンシアは、明るいレモン色を基調としたドレスで、少しだけ普段より動きやすい服装だ。
エマと共に下へ降りると、トーマスも準備が出来たようだ。薄手のコートに、クラヴァットは彼にしては珍しい明るい薄緑色。そしてその奥ではベスト姿の男性がバスケットを持っている。ここではあまり見ない顔なのに気づきシンシアは「あら」とつぶやく。
バスケットを持つのはブラッドリー商会本店副支配人のロベルで、そのそばにはブレンダーのミスブリストルもいる。
「お二人共どうしたのですか?」
その質問に答えたのはミスブリストルだった。
「トーマス様から今日ピクニックに出かける予定だとお聞きしましたので、いくつかお茶を持ってまいりました」
「今、ローグスではお茶や軽食をバスケットに詰めて、ピクニックに行くのが流行っているらしい」
彼女の言葉をトーマスが引き取り続ける。
「そうだったの! わざわざお休みの日なのにありがとう。ミスブリストルのお茶はいつでも美味しいから楽しみだわ」
「お褒めいただき光栄です」
彼女は簡潔に答えるが、その顔は微笑んでいる。とトーマスの方へ近づいたロベルが何か話す。ところがその内容に使用人達は一同ぎょっとすることになった。
「こちらの皆様にもご協力頂いて、素晴らしいバスケットが完成しました。もちろんお茶やカップはブラッドリーズのよりすぐりです」
「あぁ、ロベルも休みだと言うのに無理を言って悪かった」
「お安い御用です。これでぜひ感想を聞かせてくださいね。なんと言ってもピクニックバスケットはこれからますます人気商品になること間違いなし。今をときめくブラッドリー夫妻も気に入っているとなれば更に大人気になります」
と言い切ったところでロベルは目の前の主人がほろ苦い顔をしているのに気づく。おや? と思いあたりを見回すと、ブラッドリー邸の使用人達はもっと苦い顔をしていた。
「その……シンシア。別に宣伝が第一なわけではないのだがな。ピクニックの話をロベルに聞いて、シンシアと出掛けたら楽しいだろうと。せっかくなら紅茶店ならではのバスケットを用意しよう、と商会の者と相談してたらこれは売れる! となってな……」
見るからに焦りを浮かべるトーマス。その様子に苦笑いしたシンシアは、明るい笑顔を浮かべ直しトーマスに向き直る。
「旦那様? 私は旦那様とお出かけ出来たら、たとえそれが社交でもお仕事でも嬉しいのですわよ。それが今日は完全な余暇だなんて夢みたいなのです。私だってブラッドリーの一員ですわ。ブラッドリーズの商品が売れるのは嬉しいのです。素敵なピクニックを楽しんで、ブラッドリーズのバスケットがライセル一だと宣伝してみせますわ」
と少しおどけて宣言するシンシアに使用人たちは安堵を漏らす。
「あくまでもピクニックを楽しんでくれれば良いのだからな」
とトーマスも笑顔を取り戻し、賑やかな見送りを受けて夫妻は馬車に乗り込んだ。
二人が馬車に揺られてやってきたのはローグスの郊外にある公園だ。公園と言っても広く、整備された野原、という方が合っているかも知れない。
用意してきた簡易テーブルを準備してくれる、というロッシュ達を残し、シンシアとトーマスは公園を少し散歩することにする。
公園はまさに花盛り。トーマスのエスコートで歩くと、色とりどりの花が目を楽しませてくれる。屋敷の計算された庭もきれいだが、程よく雑然と咲いた花々にシンシアは目をほころばせ、あちこちに視線を向ける。
「まぁ、旦那様! ラベンダーが満開ですわ。とっても良い香りですわね」
シンシアが鮮やかな薄紫に彩られた一角を見つけ目を輝かせる。シンシアは爽やかな香りを胸一杯に吸い込む。
「そうだな、ちょうど時期だ。ここの公園はラベンダーが有名らしい」
「ラベンダーの香りはお茶のフレーバーにしても素敵ですわよね。それにカップやポットにしても可愛らしいから大好きですわ」
「シンシアもなんでもお茶に結びつくようになってきたな」
そう言ってトーマスがくすりと笑う。先程からシンシアが興味を示すのはラベンターにライラック、バラ、とお茶の香り付けになるものばかり。トーマスはそんな妻をおかしくも愛らしく思った。
夏の花々を堪能した二人が先程の場所に戻ると、そこには簡易のテーブルと椅子が誂えられ、お茶会の準備がなされていた。
ピクニックバスケットには料理長が腕を振るったサンドウィッチやパイといった軽食に、タペストリーメイドが作った一口サイズの焼き菓子。そしてもちろん四葉のクローバーが描かれたお茶の缶。野の花の模様で統一された可愛らしいポットとカップ、そして食器類やカトラリーも入っている。
白いクロスには、夏が食べごろのベリーをふんだんに使った焼き菓子が映え、可愛らしい。
中央に置かれた花瓶には、先程エマが摘んだらしい花が差され、これもまた綺麗だった。
二人が席につくと給仕役となってくれたエマがさっとお茶を用意してくれる。こちらもお菓子に合わせたベリーの香りが甘酸っぱいお茶に、シンシアは満面の笑みを浮かべた。
「素敵ですわ、旦那様。お茶も食事もお菓子もとっても美味しいですし、なによりお外で日差しを浴びていただくとより美味しくなる気がします」
「喜んでくれて何よりだ。屋敷や商会の者達もシンシアが喜んでいた、と伝えれば喜んでくれるだろう」
「えぇ! 戻ったら皆様にお礼をしなければなりませんね」
公園ではあちらこちらでバスケットを広げ、ピクニックを楽しむ人々の姿が見られる。その中でも二人のテーブルは特に華やかで洗練されており、それでいて可愛らしさもある。
そこでお茶を楽しむ紳士淑女が、当代一の紅茶店の当主夫妻であることに気付いた人々は、そのテーブルの上の素晴らしさに納得した。そうしてブラッドリーのピクニックバスケットは、ブラッドリー夫人の可愛らしい笑顔と共に社交界の噂となった。
シンシアは後日招かれたお茶会で、このバスケットについて質問攻めを受けることになる。もちろんそのへん抜かりのない彼女は控えめに、しかししっかりとブラッドリーのバスケットの素晴らしさをアピールする。
もちろん、ブラッドリー商会のラインナップには、新しくピクニックバスケットが追加された。
楽しい休日はこれ以上ない商会の宣伝にもなったのだった。




