表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ななみちゃんのお母さんの口癖

作者: 島猫。

ななみちゃんとお母さんはスーパーにやって来ました。家計を預かるお母さんは、無駄遣いすることなく、上手なお買い物をすることが目標です。ななみちゃんはお母さんが衝動買いに走らないよう、また店内を走らないよう、厳しく目を光らせます。



「なな、なんですと!?」


「どうしたの? お母さん」


お店に入ってすぐのところで、お母さんが何やら驚いています。


「なな、なんと、バナナが77円ですって!」


本日特売価格のバナナに、お母さんは鼻息も荒く、大興奮です。


「やったー! お母さん、買って、買って!」


バナナが大好物のななみちゃんは、ぴょんぴょん飛び跳ね、手放しで大喜び。


「ね、バナナさんも、ななみに食べてほしいよね?」


ななみちゃんはバナナに話し掛けるくらい、バナナのことが大好きなのです。


「うん、バナナはななみちゃんのことが大好きばなな、ななみちゃんに沢山食べてほしいばなな」


一人二役を華麗にこなし、素早い身のこなしでバナナ前のスペースをお母さんに譲ります。


「うん、うん、そうよね、そうよね。さぁ、バナナさん、お母さんのカゴの中にお入りなさい」


導かれるように足を踏み出し、バナナの陳列棚(ちんれつだな)に近付くお母さん。ななみちゃんはお母さんの説得に見事成功したようです。

ちょっぴり過保護なお母さんは、優しく両手でそろりとバナナを持ち上げて、カートの上の買い物カゴの中にそおっと入れてあげました。

ななみちゃんはにいっこにこ。



「なな、なんてこった!」


「どうしたの? お母さん」


ほんの少し進んだ、小玉のスイカのすぐ(そば)で、またお母さんが固まってしまいました。


「立派な梨が、なな、なんと、777円ですって!」


それはあたご梨という、大きな大きな梨でした。小玉スイカの大きさとそう変わりません。


「お母さん、買ってくれるの?」


期待を瞳に込め、お母さんを覗き込むななみちゃん。

ですが、お母さんは横にぷるぷると首を振るばかり。


「お安いのよ、確かにお安いの。でもね、お母さんには……我が家には……お高いのよ」


涙に近い目薬のような涙を目尻に浮かべ、お母さんは苦渋の決断をくだします。


「さあ、ななみちゃん。立派な梨さんとお別れしましょう」


「……はい、お母さん。……立派な梨さん、またいつか、ななみがうんとお金を稼ぐようになったら、立派な梨さんを買って、おうちに連れて帰って果物ナイフで皮を()いて食べてあげるからね」



やっとのことで果物が並ぶコーナーを抜け、お野菜、加工食品、お魚、お肉のコーナーなど、店内をゆっくりと進みます。2人のお買い物はまだ続くのです。


「あ、お母さん。コンソメ、これじゃない?」


お母さんのお買い物メモはななみちゃんからの母の日プレゼント。新聞広告の中から片面印刷のものを残して集めておいて、ハサミで同じ大きさになるよう切り揃えたものです。

お母さんはその紙の1枚に、今日スーパーで買う物を書き出していました。

コンソメ、確かに書いてあります!


「うーん、それもコンソメだけれど、お母さんが買いたいのはキューブじゃなくて、粉なのよね」


コンソメはコンソメでも違ったみたい。

お母さんの真似をするななみちゃん。


「なな、なんですと!?」


ごつん。頭の上にゲンコツ(母の愛)が降ってきました。

ななみちゃんがよしよし痛かったねと言いながら自分の頭をなでていると、店内のスピーカーからザラザラとした雑音が聞こえてきました。


「な、な、マイクテスト、マイクテスト。な、な、マイクテスト、マイクテスト」


とてもわざとらしいマイクテストです。


「えー、なー、なー、ご来店の皆さま、本日もスーパーななほしをご利用くださいまして、誠に有り難うございます。7のつく日、17時から、7分間限定のタイムセール、タイムセール。スーパーななほし店頭、特設コーナーにおきまして、古米の北海道産ななつぼし7キロを、驚きの七割引、七割引で大ご奉仕いたします」


「ななみちゃん行くわよ、ななみちゃん、急いで」


「新米じゃないよ?」


「だって七割引なのよ!? ほら走って」


「仁多米じゃないよ?」


ななみちゃんのおじいちゃん、つまり、ななみちゃんのお母さんのお父さんは、遠く離れた山の陰に住んでいます。

施設に入る前、今よりもまだ元気だった頃は、とても美味しいお米を作っていました。

自分は子どもの頃からずっとハデ()しの仁多米(にたまい)を食べてきた、というのがお母さんの自慢で口癖でした。ハデ()しは、派手に()してあるという意味ではなく、天日干しのことです。天日干し(むな)しく、後光差す七割引の威力に、お母さんの自慢話は喉の奥へと引っ込み、見る影も聞く影も残響もありません。ななみちゃんのおじいちゃんの自慢で口癖は、7年前にのど自慢の予選に出場した、というものでした。いつからか何年経ってもずっと7年前です。



「お母さん、大丈夫?」


購入した食品をエコバックに入れ、エコバックはななみちゃんがよいしょと持って、お手伝い。

お母さんは7キロのななつぼしを、生後7ヶ月の赤ちゃんのように抱きかかえます。万一にも落っことして、袋に穴が開いてしまっては大変なので、それはそれは大切に、微笑みかけ、背中をとんとんして優しくゲプ運んであげます。


「27キロのななみちゃんを抱っこ出来ちゃうお母さんですから。ななつぼし7キロなんて、なんぼのもんじゃい。お母さんには軽い軽い」


スーパーななほしを出ると、いつの間に雨が降ったのでしょうか、足元が濡れています。

淡い藍色の広いお空のパレットに、ほんのりみかん色がぼややんと混ざっています。

駐車枠にギリギリ納まっている、斜めに止まったナンバープレート「な・773」の車が見えました。

靴を水没させないように、つま先立ちで、水溜まりを避けながら近付きます。


「なな、な、な、何これー!?」


「どうしたの? お母さん」


雨粒残る車のフロントガラスの上に、ななみちゃんが図鑑でよく見て知っている、とても可愛い虫さんが遊びに来てくれていました。


「ななみ知ってる! この子はね、なな、なな……」


「なな、なな……?」


虫さんは羽を広げ、今にも飛んでいきそうです。


「ななふしぃー!!」


「なな、なんですとぉー!?」


お母さんが叫ぶのと同時に、ナナフシは夕空に()かる七色の虹に向かって飛んでいきました……とはならず、ナナフシはびょんと車から飛び降りただけでした。


「なな、なんで?」


「あのね、お母さん。いまの子、飛べないんだよ」


お母さんがこの後なんて叫ぶか、もう分かりますね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ななみちゃんがお母さんを見張っているの?と、思ったら。 お母さんのテンションが高い!なるほど! [一言] な、な、なんというななづくし!(*´Д`*) まさかのななふし…!いや、よくわ…
[良い点] いや、なんとも面白くて明るい気持ちになれるお話でした! 家計を預かるお母さんの苦悩とそれを十分承知していて贅沢したい気持ちを必死に堪える女の子の、なんともいえない健気さ。感動モノです。 …
[良い点] 最後の一文を読み終えて、「なな、なんですとぉー!」と口ずさんでしまいました! テンポもリズムもよくて、とても楽しいお話でした。キャラクターの話している声や、店内放送が、脳内で流れてくるよう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ