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黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜邂逅祭編〜
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第四十二話 拠り所


 アサラの街北門に到達した人々は、閉じられた門を目にして驚き、戸惑い、(いきどお)った。

 後方からは魚人の群れが迫り来るのに、唯一の逃げ道である門が閉じられている。誰かが自分達だけの安全のために門を閉じたのであろうか。

 なかには門の直ぐ側まで近寄った者もいたが、そんな彼らを迎えたのは暖かい救いの手でなく、無数の飛来する矢であった。


「おい! 何をする、オレ達は人間だぞ!」


 誰かが叫んだが、城壁上より降り注ぐ矢の雨は止まず、人々は訳も分からず逃げ散った。

 ある者は東の門へ、またある者は西の門へ、そしてある者は南へと、直近の死から逃れるため思い思いに行動した。


 そして同じ頃、東西南の門付近でも北門と同じような出来事が起こり、人々を混乱のるつぼへと(おとしい)れていた。




 魚人司祭(ビショップフィッシュ)の群れは、北門に弾かれ引き返してきた人々を容赦なく襲った。

 尾びれで歩くその動きは緩慢で、普通の人間が陸上で逃げられない相手ではないが、建物の陰から出会い頭に遭遇することもあり、また、遠距離攻撃魔法は魚人司祭(ビショップフィッシュ)の機動力の無さを補った。






 アサラの街中央南側で戦線を張るランド達は、それまで自分たちに背を向けていた巨大な魔物が、低く不気味な(うな)り声を上げながら、ゆっくりと向きを変えようとしていることに気が付いた。


 シュトルンが近くにいた部下に指示を飛ばす。


「我が隊は一度固まれ! デカブツの動きを警戒せよ!」



 注目を外されたことに腹を立てたわけではなかろうが、シュトルンに狙いを定めた魚人司祭(ビショップフィッシュ)が何事かを(つぶや)くと、数瞬の間その全身が発光し、次の瞬間、驚くべき早さで赤毛の騎士へと迫り寄った。


 金属が鋭くぶつかり合う音が辺りに反響し、眼前にまで迫った魚人司祭(ビショップフィッシュ)の鉤爪を、刀で防いだシュトルンの額から冷や汗が流れ落ちる。


「……こいつ」


 強がりか、笑みを見せた赤毛の騎士は魚人司祭(ビショップフィッシュ)を押し退けると、そのまま真っ二つに斬り裂いた。


 突然並外れた動きを披露した魚人司祭(ビショップフィッシュ)を見て、ランドがあることに気がつく。


「今の動き……」


「あぁ……“無刻”そのものだった。おそらくは先の(つぶや)き、あれは能力吸収魔法(アビリティドレイン)の呪文詠唱だったのだろう」


「そんな魔法使われたら無敵じゃねぇか、能力吸収(アビリティドレイン)なんて物語の中だけの話だと思ってたぜ」


「そうでもないぞ、例え技術的、知識的に会得出来たとしても、それを実現する身体能力が無ければ効果は限定的だ。巨人の斧を手に入れても人には扱えんのだよ、それよりも……」


 街中心部にいる巨大な魔物は、ゆっくりと西側にその向きを変えようと動いている。

 その異様を見やりながら、シュトルンはランドに聞いてみた。


「おい、先程のように魔法を使ってあのデカブツに攻撃は出来るか?」


「いや……ここは今なぜか魔力が集まり(ただよ)ってるから、それを利用して会話は出来たが、戦闘の魔法を使うならこっちの世界に精霊を呼び出す必要がある。それにはやはり魔導書が無いと無理だ」


 思惑が外れもどかしく思うシュトルンの表情を見て、ランドは小声で(うそぶ)いた。


「なんだよ不満そうな顔しやがって、後ろから刺してやろうか……あの人の仇だってこと忘れてねぇからな」


 物騒な事を考えているランドには気付かないまま、シュトルンがその場にいる騎士たちに活を入れる。


「東西の戦線が下がって来るまでは今の位置(ライン)を死守するぞ! 各自は今ここが分水嶺だと心得よ!」


 真の勝負所はまだ後にやって来ることを赤毛の指揮官は承知していた。

 魚人司祭(ビショップフィッシュ)の群れなどは単なる幕開け、水端(みずはな)に過ぎず、やがて来る奔流(ほんりゅう)に比べれば、その戦闘も児戯に等しいとさえ思うことになるのであろう。

 そう思わせるだけの威圧感、圧迫感を巨大な魔物からシュトルンは感じ取っていた。


 そして、その認識を同じくする者がこの場にもう一人いた。


「脚だ……あのデカい玉を()るにはまず脚を狙うしかねぇ」


 ランドが恐怖と(ひる)みに虚勢の笑みを被せ言い放った。

 そもそもこの時のランドには援軍という概念が無く、シュトルンの指揮を理解はしているが、基本的には目前の敵からどう逃げるかではなく、どう倒すか、と言う方向に思考が傾いていた。

 己ひとりが逃げるだけであれば何とでもなるが、メロディやテオフィル、そしてアリナを救け護るために今、自分はここにいる。

 少なくともこの時は、その一事だけが自らを動かす原動力であり、やがては(しるべ)と成り得る(かす)かな手掛かりのような気がしていた。



 巨大な魔物に臆することなく強気な姿勢を見せるランドに赤毛の騎士も呼応する。


「言うではないか……多少無謀ではあるが、同じ後退するにしても、あのデカブツの動きに制限を掛けられるのは確かに魅力的だ」


 シュトルンは焦げ茶色の瞳と一瞬だけ視線を交わすと、部下にはその場に残留を命じて飛び出した。『宮廷騎士団』の指揮下にないランドは当然の如く同時に駆け出す。


 魚人司祭(ビショップフィッシュ)の群れを斬り分け突撃するシュトルンは、背後にランドが続いていることを承知で、振り返ることもなく叫んだ。


「脚を斬り落とそうと思うな、腱を切断したら一旦退くぞ!」


「テメェの部下になったつもりはねぇよ! ()れると思ったら勝手にさせてもらうぜ!」


 二人の行く先に立ちはだかる魚人司祭(ビショップフィッシュ)には魔法を詠唱する間などは与えられず、ただ血飛沫(しぶき)と断末魔の叫びだけをアサラの街に振り()いていった。


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