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黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜邂逅祭編〜
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第三十九話 廻り合いアサラ


 アサラの街中心部に突如現れた巨大な影が、松明の火に照らされその姿をあらわにすると、街は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 三階建ての領主館と同じほどの高さまであるその身は、全体が獅子の顔部分のみで胴体はなく、顔の周りに生えた(たてがみ)から伸びる手のような足のような五本の肢体は山羊(ヤギ)のそれのようであった。



 中心部にある宿屋の一つに滞在していた若竹色髪の人物が、窓から外の騒ぎを伺いながら同室にいる男に状況を説明していた。


「閣下、どうやら今夜の祭りは人間のためのものではなかったようです。邂逅(かいこう)祭とは言い得て妙な……我々はどうも人外の者共と縁があるようでございますな」


「カミルよ、卿は肝が据わっておるな。その肝を座して人外に食わせてやるには惜しかろう、我らも早々に行動に移ろうではないか」


 両の口髭を指でひと撫でした男は窓際の青年騎士に当座の行動指針を示した。


「まずは領主館を目指すぞ。我らを迎い入れて下さったフリーデマン伯の安否を確かめ、その安全を確保するのだ」


「さすがは点数稼ぎに余念を許さぬゲルベルト閣下でございます。かくの如き物怪の(ふところ)に飛び込まんとするその英姿は末代まで語り継がれましょう」


 二人は即座に行動に移った。

 元々が逃亡中の身である。持っていく荷物などもこれと言って無く、武具は常に身につけている。

 大通りに面した建物の入口から、外の様子を伺いつつ逃げ惑う人波の中にその身を投じると、ゲルベルトはすぐに一人の少女とぶつかった。


「きゃ――」


 少女はゲルベルトの鋼の鎧に顔を打ち付け、半ばうずくまり鼻を押さえている。


「大丈夫か? 親はどこにいるのかわかるか?」


「すいません。連れの者とはぐれてしまいよそ見をしてました」


「閣下、この騒ぎの中この娘の親を探すことは困難かと……」


 ゲルベルトは奥歯を噛み締めた。騎士として忠を全うしたいと思う傍ら、騒ぎの中に幼い少女を一人突き放すことなど出来ようはずもなかった。


「よし、街の外まで連れて行くぞ。娘よ名はなんと申す」


「わたしはメロディと申します騎士様」


 桃色髪の少女はスカートの裾を少し持ち上げ屈膝礼(カーツィ)を示した。愛らしい顔立ちの鼻と額が赤く染まっていた。









 『宮廷騎士団』は街の中心地にある領主館に本部を構えている。

 この情報はランドも知るところであり、とりあえずの目標として、怪物が姿を現した場所を目指し走っていた。


「ランド兄!」


 不意に耳にした声に視線を合わせたランドは、遥か先の屋根上に怪物の片影を背負い、走り寄ってくるテオフィルの姿を捉えた。

 その後ろから見覚えのある顔が抜剣したまま追いかけて来ていることを視認し、ランドも背に背負った剣を鞘走らせた。

 追手は全身を赤い具足で固めた騎士で、ランドとは多少の因縁を感じさせる相手である。


「テオフィル、オレの後ろに回れ!」


 ランドはテオフィルとすれ違ったところで足を止め剣を構えた。敵は追跡の勢いを緩めないまま何事かを口走る。


「お前は……!」


 まだ十分な間合いがある――と砂色髪の追跡者は思っていたが、ランドはその距離を一息に詰め、渾身の一撃を赤い騎士に叩き込んだ。


 予想外の拍子(タイミング)にロルフは肝を冷やしたが、間合いの長さと抜剣していたことが幸いし、辛うじて初撃を受け止めることができた。

 ランドは相手に反撃の機会を与えまいと、勢いそのままに連撃を叩きつける。

 ロルフは防戦一方となり、なかなか返す手が出ずにいたが、巧みにランドの剣撃を打ち払うと、攻めには転じず後ろに飛び退き間を取った。


 ランドは相手に落ち着く隙を与えまいとさらに追撃を仕掛けるが、ロルフは後退りしながら身振りを交えて制止を呼びかけた。


「ま、待て待て! こっちには交戦の意志はない。こんなことをしている暇はないのだ」


 ランドは気勢を削がれたが、構えは解かずその真意を問いただす。


「そっちには無くてもこっちにはあるんだよ。何故テオフィルを追っていた。あの化物はなんだ、それにこの魔力場はどう言う事だ」


 畳み掛けるような問いに答えた声は、予想に反しランドの背後から聞こえてきた。


「ちょっと待ってランド兄、その人は一緒にメロディを探してくれてたんだよ!」


「……え?」



 呆気(あっけ)にとられるランドに一から説明している時間はなかった。


 突然現れた魔物から逃げ惑う人波にメロディが飲まれはぐれてしまい、テオフィルはロルフに助けられながらここまでやって来たのであった。



「魔物はあのデカい奴だけじゃないんだ、街の中心の方から小さいのもボロボロと襲って来て……」


 巨大な魔物は現れてから未だ目立った動きは見せてはいないが、時を同じくして湧き出た小型の魔物は、手当り次第に近くにいた人間を襲っていたのである。

 テオフィルから事態の深刻さを聞いたランドは、もう一人の尋ね人について質問した。


「アリナはどこだ? 一緒じゃなかったのか」


「オレはアリナ姉を追って来たんだけど、結局追いつけなかったんだ。たぶん領主館に……」


 テオフィルは街の中心部に目を向けた。その方角には巨大な魔物が異様な姿を晒し続けていた。


「くそぅ……アリナ姉には追いつけず、メロディは見失って……オレは……」


 テオフィルは何事かを決意すると、急に振り向きもと来た道へと駆け出した。


「ランド兄はアリナ姉を助けてくれ、メロディはオレが必ず探し出す!」


「ば……おいテオフィル待てよ!」


 引き止めようとするランドを逃げる人波が押し留める。

 すぐ後を追おうとするランドにロルフが声をかけた。


「おい! 私が表通りを探してやる、お前はこのまま彼を追って裏通りを行け!」


 ランドは一瞬だけ考えたが、すぐにロルフの提案を受け入れた。


「偉そうに命令してんじゃねぇよ! 元はと言えばお前らが原因じゃねぇか、責任持って探して来い!」




 街の中心部に居座る巨大な魔物が、本格的な活動を始める合図だと言わんばかりに吠えた。

 低く鋭く、重く不気味な鳴き声であった……。


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