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黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜邂逅祭編〜
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第三十七話 シュミット


 ファヴリスの背に乗りアサラの街へと急ぐランドは、『邂逅祭(エンカウンターニバル)』を盛り上げる松明の灯りを目にしたとき、この大陸に生きる人間であれば誰もが知る宗教的象徴を連想した。


「あれはまるで……」


 街を十字に走る街道と、外壁と中通りとを二重の円状に照らす灯火(ともしび)は、まさにアクレース教の象徴(シンボル)そのもので、そしてその紋様から街中に湧き立つ異様な気配は、単なる祭りの催しで型取られただけではないことを見る者に警告しているようであった。



「なんだこの嫌な感じは……もしかして森の魔物達はこれに引き寄せられてるのか?」


 胸騒ぎを覚え、ランドはさらに急いで街へと駆け下りていった。









 アサラ領主館の一室では領主フリーデマンが至高の喜びを満喫していた。

 【玄神之書】は室内に渦巻く気流を吸い込み光へと変換し続け、今では弾けんばかりに飽和しているようにも見える。

 

「勝った……街に人を集め、街全体に敷いた魔法陣によって、人ひとりでは生み出し得ぬ魔力の生成に成功した。これで勝てる、()()()に!」






 アサラ伯爵の企みに気付くこともなく、領主館の一階では、赤毛の騎士と緋色髪の女剣士とが一触即発の(にら)み合いを演じていた。


「その様子では住処で我が部下に会うこと無く、直接ここに来たか」


「メロディは何処(どこ)にいるの、返してもらうわよ」


 アリナは相手との間合いの長さに手を出しかねていたが、この距離が赤毛の騎士の距離であることを彼女は知っていた。

 勢いで飛び込んで来たアリナであったが、その足は完全に地に根を下ろし、不本意にも場の主導権は眼前の騎士に握られてしまったようであった。


「案ずるな、“歌乙女(ミューズ)”なら今頃祭りを楽しんでるよ」


「目的は何……少なくとも彼女に用はないんじゃない? まさか王国の騎士様ともあろうお方が、あんな小さな女の子を人質にとるなんて言わないでしょうね」


 アリナはとりあえず会話で時間を稼ぎ、付け入る隙きを探していた。

 彼女はこの一年で剣の腕に磨きをかけたが、それはシュトルンとの実力差をより現実的に捉えられる目を養ったということでもあり、正攻法では勝ち目の見えない相手を前に、無策で押し入って来たことを今更ながらに反省していた。


 だが同時に気付いたことがある。

 緊張と集中の(とりこ)となったアリナに対し、方や『宮廷騎士団』の団長からは気迫や殺意が全く感じられなかった。


「剣を引けアリナ・シュミット……我々にはお前を害する意志はない」


 その言葉の真意を汲み取ることが出来ないでいるアリナに、シュトルンは呆れ顔で言葉を付け足していく。


「お前は自分の父親が何者で、どのような罪を犯したのか、何も知らんのか」


 アリナの体が石化でもしたかのように硬直し、言葉の意味を消化しきれぬまま、ただ耳だけに全神経が集中していた。

 以前クーメの遺跡で遭遇したときも、この男は自分の過去について何かを知っているような話しぶりであった。


 ある日突然父親の訃報を知らされ、その日からアリナと母親は犯罪者の家族として(ののし)られ、虐げられる生活が始まった。

 この赤毛の騎士はその理由を知っているのか、母親の命を奪い、王都での生活から血と汚泥の中を這い回る暮らしへと貶めた原因を……。



「まったく……あの方らしいが、ここまで来るとバカ真面目にも程がある……」


 シュトルンは半ば(あき)れ、半ばは追憶に浸るような面持ちでさらに言葉を重ねた。


「よく聞けアリナ・シュミット、これまではお前の存在を隠し、自由に生きられるよう関わりを断って来た……それが()()()の望みであると信じたからな」


 アリナの父親は罪を犯す覚悟を固めたとき、その(わざわい)が家族に及ぶことを恐れた。

 父親は自分と家族との関係性を極力知られぬようにし、自分が居なくなった後に備え、もしもの時は判断を全て委ねると、信頼を寄せる赤毛の部下に託していた。


「今回我々は国王陛下よりご下命を賜り、アサラ貧民街におけるマティアス一派を、国家反逆罪の疑いで捕らえに来たのだ」


 その中でアリナだけ見逃せば、必ずやその素性を調べ上げ、政治的に利用しようとする者が現れるであろう。

 シュトルンが保護しても見逃しても、政敵がアリナの存在に注目するのであれば、自分の目の届くところで保護下に置いておきたい。

 シュトルンはそう考えたのである。


「“王家赤備え(われわれ)”にも敵が多くてね……」


 自嘲するように微笑するシュトルンを真紅の瞳が見据え続ける。

 全ての話を額面通りに受け取るわけではないが、この男は何かとアリナの知り得なかった内情をつかんでいる。

 可能な限り情報を引き出したいが、この場の主導権を握る方を優先させるべきであろうか……。

 赤毛の騎士に剣先を向けたまま、周りを囲む騎士たちの配置を気配で感じ取るアリナに、シュトルンはさらなる言葉の追撃によって衝撃を与えることに成功した。


「わかってくれたのであれば大人しく剣を鞘に納めてもらおうか、これは我ら『宮廷騎士団』の先代団長であるお前の……貴女(あなた)の父君の意志を汲んでのことなのだよ」



 ――突如、館全体を揺るがすほどの地響きがその場にいた者たちを襲った。

 同時に館の外から建物でも落ちてきたのかというほどの重厚な衝撃音が轟き、反射的に全員の目を窓の外へと誘いだした。



「何……あれ…………」



 視線のみを窓の外に泳がせたアリナの瞳に、巨大な影の塊が映っていた。


 それは三階建ての領主館と並び立つほどの高さで、街中央に位置する泉の広場を占めるほどの巨大な形姿(なりかたち)であった。


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