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黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜邂逅祭編〜
36/47

第三十六話 強襲の修道女


 ロウエム大陸歴五一二年に発令された『廃魔禁研令』は、あらゆる分野における魔法の研究を禁じた。



 ――人々は噂した。


 魔法後進国であるフルオルガ王国は、自国の覇権を揺るがす脅威として魔法を恐れ、魔法の発展を危惧しているのだと。


 そしてこの噂は叛骨の精神にとらわれる者たちの潤滑(じゅんかつ)剤となり、憲兵の目を掻い潜って王権打倒を実現させる魔法の研究に邁進する者が跡を絶つことがなかった。


 その結果を掴んだ――とフリーデマンは盲進していた。

 目の前の本は綿に水を垂らしたかの如く()()を吸収し、それを活力に換えているかのように輝きを増していく。


「ふふふ……思った通りだ、【玄神之書】は高い魔力でもってはじめて反応を示す。このまま声が届くまでに魔力を()()()()ていけば……」


 風の通り道など無いこの隠し部屋の中だけが、まるで吹き荒れる嵐の中のように空気を掻き乱していた。






 領主が一人狂騒に酔いしれている同じ階の別の部屋では、『宮廷騎士団』の団長と副団長が一人の少女を客に迎え歓談を楽しんでいた。

 赤毛の騎士は桃色髪の少女のしっかりとした受け答え方に感心を示し、その教養の出処を尋ね驚いた。


「いつもアリナ姉様の本を借りて読んでるの、【スカラプリアン】には淑女としての所作や言葉遣いも載ってて勉強になるんですよ」


「そうか、君は努力家だな。私の部下たちにも見習わせたいよ。だが今日は折角の祭りだ、君のお姉さんは私の部下が迎えに行っているから、しばらく祭りを楽しんで来ると良い」


 メロディの護衛(エスコート)につくようロルフに命じ、シュトルンは窓の外から聞こえてくる喧騒に耳を傾けた……。






 アサラの街は陽が落ちてより一層賑わいを増し、皆十人十色の楽しみ方で年に一度の祭りを謳歌(おうか)していた。



「さあさあ寄って行きな、ウチの饅頭は混じり気無しの本物だよ!」


「……それでその後オレは言ってやったのさ」


「一等はなんと駿馬一頭だ! そこのアンタ、富くじはどうだい!」


「おいこの麦酒(ビール)ちょっと薄いぞ!」



 主街道は人でひしめき合い、歩くだけでもままならない。

 そして一本裏の通りに入れば、そこは貧民街から稼ぎに出て来た裏稼業の者たちの仕事場であった。



「これは西の国サーガから取り寄せた稀代の名刀で……」


「ねぇお兄さん楽しんでいかない? 安くしとくわよ」


「この薬はアルティメットと言って、飲めば誰でも幸せになれる……」



 表通りと比べれば暗く淋しげに感じられる裏通りを、一騎の騎馬が駆け抜けて行く。

 怪しげな薬を酔っ払い貴族に売り付けようとしていた男が危うく馬にぶつかりそうになり、慌てて避けた拍子に小瓶に入った薬を落として割ってしまった。


「テメェこら危ねえだろうが! 弁償しやがれ!」


「うるさいっ! 神は沈黙を尊ぶって知らないの!」


 騎馬はそのままの勢いで駆け去り、やがて大通りに差し掛かった。

 騎乗していた緋色髪の女は華麗な身ごなしで馬から飛び降りると、馬の(たてがみ)を撫でながら頭を抱き寄せて言った。


「ありがとう、この先はあなたじゃ通れないわ。後は私一人で、メロディは私が必ず連れて帰る……」


 手綱を引いて向きを変えさせると、修道服を着た女剣士は馬の尻を叩きその姿を見送った。

 表通りに向き直ったその視線の先には、アサラの領主館が祭りの灯火(ともしび)に照らし出されていた。









 領主館三階の宮廷騎士団調査本部に居るシュトルンの下へ、急を知らせる一報が駆け込んで来た。


「騒々しいぞ、何事かっ!」


 シュトルンが慌てふためく部下を一喝し報告を促すと、部下は拳を胸に押し当て直立の姿勢をとり簡潔に答えた。


「討ち入りでございます!」


 ――瞬間、シュトルンの表情が強張る。


「賊の規模は!? どこの部隊だ!」


「そ、それが……」


「早く言えっ!」


 騎士は雷に打たれたように姿勢を正すと、めをつぶり叫ぶように答えた。


「賊は一人、その見目形からアリナ・シュミットと思われます!」






 領主館の一階では外の喧騒にも負けないほどの騒ぎが巻き起こっていた。



「そっちに行ったぞ気を付けろ!」


「間違いないアリナ・シュミットだ、傷付けるなよ!」


 領主館の玄関扉を蹴り開けて飛び込んで来たアリナは、そのまま有無を言わさず目についた騎士に斬りかかり、蹴り倒し、当たり飛ばした。


「メロディは何処! 懺悔(ざんげ)ならその後聞くわ!」


 幸運だったのはアリナか騎士達か、『宮廷騎士団』にはアリナの無傷確保が厳命されており、一騎当千と(うた)われる“王家赤備え”の猛者達が一度(ひとたび)()()と決めたのであれば、アリナの瞬速を誇る剣撃でも容易にその固い守りを打ち破ることは叶わなかった。

 さらに一階詰め所に待機していた騎士の数は多く、一人ひとりに集中して戦う時間的ゆとりがアリナには無かったことも、戦闘の激しさに対し重症者が出なかった一つの要因となった。


「誰か団長に知らせに行ったのか!」


 声に反応したのは真紅の瞳であった。

 斬り結んでいた騎士を押し飛ばし、声を発した騎士に向け一息に飛びかかると、騎士はあわやのところでその斬撃を受け止めた。

 (つば)を押し合いながら、アリナは検討をつけたメロディの居場所について詰問する。


「あなた達の団長さんは何処にいるのかしら?」


 その顔は微笑んではいたが、仁愛とは対極に位置する鬼気迫る威圧感を騎士に与えた。


「そこまでだアリナ・シュミット、剣を引け!」


 現れたのは『宮廷騎士団』団長シュトルン・キルシュネイトである。

 アリナは斬り結んでいた騎士を蹴り飛ばして赤毛の騎士へと構え直した。


 メロディの姿は見えない。

 一年前は刃を交えることも敵わなかった相手ではあるが――やるしかない。とアリナは覚悟を決めた。

 “無刻”についてはランドから種明かしを聞いてはいるが、わかっているからと言って防げるようなものでもない。






 その頃ランドはファヴリスの背に身を置き丘を下りながら、夜の暗闇に浮かぶアサラの街の(あか)りを見渡していた。


「あれは……」



 ――ランドは見た。アサラの街に浮かび上がる()()()()()()灯火(ともしび)を……。

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