表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜邂逅祭編〜
35/47

第三十五話 歌乙女


 団長であるシュトルンの前に少女を連れ立った騎士は、兜を脱ぎ小脇に抱えると、右手の拳を胸に添え騎士の礼を示した。


「団長、奴らの住処(すみか)に女剣士の姿はありませんでした。それで……その場に居たこの少女をとりあえず連行して参りましたが……」


 騎士は自分の半分ほどの背丈しか無い桃色髪の少女を見やる。

 シュトルンは思わぬ来客に目を丸め、黙ったまま立ち上がるとまぶたを閉じ(あき)れ顔で首を振った。


斯様(かよう)に幼き少女の腕に縄をかけるとは……」


 赤毛の騎士は部下に命じ少女の縄を解くと、座卓を囲む椅子に着席するよう少女に(うなが)した。


「部下たちが失礼したね。私はシュトルン、君の名前を教えてくれるかい、歳はいくつかな?」


「……わたしはメロディです。十歳になりました」


 メロディが長椅子に座ると、シュトルンも一人がけの椅子に腰を下ろした。

 メロディの後ろで見張るように立つ騎士を退()がらせると、シュトルンはいくつかの質問を少女に投げかけた。

 アリナ・シュミットとの関係性、普段の暮らしぶり、そしてアリナとマティアスとの繋がりをである。


「アリナ姉様とは一緒に暮らしてるわ、いつもお歌を教えてくれるの。マティアスおじ様とはお仕事の仲間だって言ってたわ」


「ほぅ、歌を……どんな歌だい?」


「あら、騎士様もお歌に興味がおありなのですか、でしたらわたしの好きな歌を聴かせて差し上げますわ」


 赤毛の騎士は社交辞令的に尋ねただけであったが、少女は長椅子から立ち上がるとおもむろに唄いだした。



 ――目を閉じて見てごらん、花の息吹が映るはず。耳をふさいで聴いてごらん、風の薫りが(ささや)きかける……。



 その声は厚く優しく穏やかで、聴く者の心を(なご)ませ、所詮は子供の歌と(あなど)っていた騎士たちは少なからず感銘を受けた。

 唄い出した時に丁度入室して来た砂色髪の騎士も、他の騎士たちと同じくこの小さな少女の歌声に感動したようである。


「や、これは良い時に参ったようですな。こちらの“歌乙女ミューズ”はどちらの御仁であられますかな」


「来たかロルフ、まぁ座れ」


 少女は向かいの椅子に着席する騎士に屈膝礼(カーツィ)を示し、自らも再び腰を掛けた。


 シュトルンはロルフにこれまでの大まかな成り行きを説明し、これからの事に思案を巡らせた。

 ロルフは指揮官の考えがまとまる迄の間、幼い“歌乙女ミューズ”の話し相手を買って出る。


「ほう、アリナ・シュミットのところの……」


「騎士の皆様はアリナ姉様のことを長いお名前で呼ぶのですね」


「あぁ、()()には姓氏(セカンドネーム)の方が馴染みがあるからね」


 三人の囲む座卓(テーブル)に部下の騎士が飲み物を運んで来た。

 シュトルンは珈琲(コーヒー)を一口すすると、手にした受け皿に珈琲碗(コーヒーカップ)を戻し、定めた今後の方針をロルフ達に聞かせた。


「よし、乗りかかった船だロルフ、アリナ・シュミットと共にこの“歌乙女ミューズ”も我々が保護するぞ」


「よろしいのですか?」


「そろそろ陛下も動かれる頃合いだ、多少表舞台に立つことになろうと、我々の力でお護り出来よう」


 メロディには騎士たち二人の会話は意味がわからなかったが、とりあえず自分たちに危害を加えるような話ではないと感じ取っていた。









 領主館の別の部屋では、領主フリーデマンが街の内外に用意した松明(たいまつ)に火を(とも)すよう、配下の者に命じていた。


「ふふふ……いよいよ始まる……盛大なる(うたげ)、新時代の幕開けだ!」



 すでに陽は姿を隠し、街は黒き夜の闇に覆われていたが、より賑わいを増す街の(あか)りが、真昼のように人々の心を明るく照らし出していた。



「おい、今からこの部屋には誰も入らせるな」


 部下にそう命じたフリーデマンは、書斎の壁際に並ぶ本棚から一冊の本を取り出すと、その本を開きもせず机の上に投げ置いた。

 本を抜いてできた隙間(すきま)の中に手を差し入れると、奥から何やら解錠音が聞こえ、フリーデマンはそのまま本棚を大きく横に動かした。

 本棚が移動した跡に壁は無く、そこは隣の隠し部屋へと繋がる入り口となっており、館の主人はなれた様子で奥の部屋へと移動して行く。


 隠し部屋に窓は無く、書斎から差し込む(あか)りが隠し部屋に長方形の灯影を刻んでいる。


 隠し部屋の中央にある大きな机の上に置かれた行灯(ランプ)に火を(とも)すと、フリーデマンは不気味なほどの悦楽(えつらく)に表情を(ゆが)め、壁の一面から壁石を一つ引き抜くと、その奥から一冊の本を取り出した。


 机の上で開かれた本は何も書かれていない白紙であったが、フリーデマンは気にすることもなくさらなる愉悦(ゆえつ)に心を(ひた)した。


「時は満ちた! 黒雲に(おお)われしこの世界に今こそ燈火(ともしび)()き、新時代への(しる)べとならん!」



 アサラの街の内外に用意されていた松明が一斉に点火された。

 街を縦横に走る(あか)りは街の外十町(約千百メートル)まで延び、円形に街を囲む外壁の上、その外壁の線を一回り小さく形どった街の中通りを、押し並べられた松明の灯火(ともしび)煌々(こうこう)と輝き夜の闇を振り払っていった。



 隠し部屋で一人狂宴に興じるフリーデマンは、ご馳走を目の前にした空腹の少年のような笑みを浮かべ、何やら繰り返し(つぶや)いていた。


「さあ来たれ我が下へ……今こそ我が身に宿り、その神なる力で世に知らしめるのだ!」


 フリーデマンの眼下に開き置かれた白紙の本は、その声に応えるかのように次第に輝きを放ち始めた……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ