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黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜邂逅祭編〜
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第二十九話 廻る駒


 ――とある昼下がりの午後。


 アサラの街中央付近に建てられた領主館の一室では、この街の領主であるフリーデマン・シュトルフトが、相反する感情を両手に抱え一喜一憂していた。


「なぜだ! なぜ『宮廷騎士団』はこの街に分隊を駐屯させているのだ!」


 以前『宮廷騎士団』がアサラに来たのはチルセン駐屯所が襲撃された事件のときであったから、かれこれ一年ほど前になる。

 それからと言うもの、本隊は首都に戻ったと聞いているが、何故(なぜ)か一個分隊がここアサラの街に留まり、何をするでもなく日々を消化しているのである。


「よもや隠し部屋にある国宝【玄神之書】の存在に勘付かれたか。いやそれは無い。ならばどうして……」


 後ろめたい事情があるだけに、フリーデマンの心は落ち着くことがなかったが、どれだけ考え、どれほど探っても納得のいく答えは明示されなかった。


「もう少し、もう少しなのだ。ふ、ふふふ……あーハッハッハ! ()()()までさえ隠し通すことが叶えば、『宮廷騎士団』なんぞ我が力の前にはゴミも同然となる! ……その時まで今少しの辛抱だ。今はただ、祭りの準備に(いそ)しむのみよ」


 (えつ)(ひた)るフリーデマンに歯止めをかけるように、何者かが書斎の扉を叩き、入室の許可を求めてきた。

 入ってきたのはフリーデマン子飼いの部下で、普段はアサラ郊外の巡回を担務している者であった。


「どうした、何か異変でもあったか?」


「ご報告申し上げます。王都に常駐している者が書簡を寄越して参りました」


 書簡には、『宮廷騎士団』が()()の調査任務でアサラへ向かっている。と書かれていた。


 フリーデマンの顔から一気に血の気が引いていく。


「いや待て落ち着け、()ぎつけられてはおらん、奴らには知りようが無いはずだ。動揺すれば墓穴を掘ることになりかねんわ」


 フリーデマンは腐っても千軍万馬の古強者である。自らの心を落ち着け、ひとまずは確実な情報の収集に力を入れることに気を回した。




 この日のアサラ領主館には来者が相次いだ。


 応接室に通された男は若竹色の髪を後ろだけ長く伸ばし、後頚部(こうけいぶ)で結び垂らした先は腰まで長い。甲冑のみならず全身が泥汚れており、目につく箇所全てが傷付きここまでの旅の苦難を物語っていた。


「お待たせ致した」


 館の主が来るまで立ったまま待っていた男にフリーデマンが声を掛けた。男は礼を示すと館の主の勧めに応じ着席した。


「お初にお目にかかる。私はクーメ公爵領領主レイモンド殿下が家臣、ゲルベルト子爵家にお仕えするカミルと申す者にございます」


「レ……!」


 フリーデマンは思わず後退(あとずさ)った。

 レイモンドと言えばまさにフリーデマンが【玄神之書】を横取りした相手である。『宮廷騎士団』の一報と言い、これはもはや情報の(ろう)えいは疑いようがない。

 覚悟を決めようかとしたフリーデマンに気付くことの無いままカミルは言葉を続けた。


「実はこの度、さるお方の身柄を伯爵閣下に(かくま)って頂きたく来訪(つかまつ)りました」


 カミルは事の成り行きを()(つま)んで説明した。

 任務を失敗し、濡れ衣を着せられ処刑されるところを、脱獄してなんとかここまでやって来たのだと……。


「伯爵閣下は(すね)に傷を持つ者をも広くお(むか)え下さると聞き及んでおります。どうか我が主ゲルベルト様をお(むか)え下さいませ」


 フリーデマンの思考は何度も周回を繰り返し、やがて一つの結論を導き出した――()()てない……と。


「は、ははは……左様か、左様な用向きであるか」


 フリーデマンの高まった緊張の熱は、まるで高所から海へ飛び込んだ後のように(ゆる)み冷やされ、さも泳いだ後かのように全身を冷や汗が()らしていた。



 心の平穏を取り戻したアサラ伯爵は、ゲルベルトが任務を仕損じた原因が自らに起因していることに、わずかばかりの後ろめたさと同情を感じ、また感謝の気持ちも持ち合わせた。

 ゲルベルトが任務を仕損じなければ、【玄神之書】を自らの手中に収めることが出来なかったであろう。

 また、事の次第によっては『宮廷騎士団』と一戦交えることになるかも知れない。

 ()()を果たす前に刃を交えることになる可能性を考えれば、今は少しでも多く手駒を(そろ)えておいたほうが良い。


 そして、その()()のためにも、人は多いに越したことはないのであった……。



「カミル卿……私もかつて罪を負い都を追われた身、ゲルベルト卿の心中も少しはわかるというもの。その身柄、私が責任もってお預かり致そう」


 カミルは立ち上がると深々と頭を下げ、(まぶた)ににじみ浮かぶ涙を隠した。









 同じアサラの町、貧民街にある“闇労働組合(ギルド)”では、一組の男女が言い争いを繰り広げていた。



「ちょっとランド! これは私が先に見つけた依頼(しごと)よ!」


「うるせぇぞ(エセ)修道女(シスター)! 先に依頼書取ったほうに権利があるに決まってんだろ!」


 近頃は見慣れた光景となっているのか、飲食客用席(イートイン)で飲み食いしている冒険者たちは二人のやり取りを(さかな)に昼間から酒を(あお)っている。


「おいおい“柄杓(ひしゃく)”がまた“女神(ヴァルキューレ)”を怒らしてるぜ」


「魔物討伐は複数組に同時依頼が常習だ。仲良く二人で行ってこいよ」


「そうそう、もう二人合わせて“柄杓(ひしゃく)の女神”で良いんじゃないか」


 自分たちを()()にして盛り上がる外野を冷めた視線で(にら)みつけ、アリナが怒りの矛先を個から集へと拡散していく。


「ちょっと……今言ったのはどいつよ」


「うわぁーこっちに来たぞぉーっ!」


 食器を床に()き散らしながら逃げ惑う客たちをよそに、ランドはカウンターで依頼受諾の手続きを進めた……。


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