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黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜遺跡編〜
26/47

第二十六話 見つめる先


 ランドがアリナ達のアジトに居候し始めて一月(ひとつき)ほどが経った。


 貧民街の一角にある広場では、ランドが居候の交換条件をこなしている。


「でやあぁーっ!」


 真剣で斬りかかるテオフィルをランドは木の棒で軽く()()し、テオフィルはすでに体中が土まみれになっていた。


 広場の脇では、ペパンとメロディが捨てられていた木箱の上に座り、アリナと雑談を重ねながら稽古(けいこ)の様子を眺めている。

 ペパンは落ちていた木を剣に見立て、自分も稽古(けいこ)をしているかのようにアリナに師事していた。


「今のテオ兄ちゃんの攻撃は真正面から過ぎるよねぇ?」


「そうねぇ、もうすこし見せかけ(フェイント)の攻撃も交えないと、相手には当たらないわねぇ」


 好き勝手に解説する二人に業を煮やしたテオフィルが文句をつける。


「外野がうるさいぞ! ランド兄もちょっとはああしろとかこうやれだとか言ってくれよ!」


「あぁ、人に教えたことがないからなぁ。何をどう教えれば良いのかがわからん……」


 ただひたすらがむしゃらに打ち込み続けるテオフィルと、黙々とその打ち込みを(さば)き、時に木の棒で叩き返すランドとを眺め見ながら、アリナは幼き日の自分と父とを重ね見ていた。




 アリナは六歳の頃まではフルオルガ国の首都で両親と共に暮らしていた。

 父は騎士で、それなりの地位にいたらしく暮らしは裕福であった。

 騎士と言うのは忙しいらしく、父はあまり家に長居する事は無かったが、家に居るときはアリナに剣の稽古(けいこ)をつけてくれた。

 父が居ないときは母が魔法を教えてくれたが、一人のときのアリナは剣を好んで練習していた。

 それは、普段あまり接することのなかった父との繋がりを感じていたかったからなのかもしれない、と成長したアリナは自らを振り返り思う。


「アリナ、剣を手にするのなら何が大切なのかを知らなければならない。それを見極められる目を養い、護り通せるだけの力を身につけるんだ」


 幼いアリナにはよく理解出来なかった。

 アリナが剣に求めていたのは父と過ごす時間であり、良い動きをしたときに父から褒め与えられる言葉であった。



「そうだテオフィル! 相手から目を離すな!」


 父の言葉とランドのそれとが重なり意識を現在へと引き戻される。

 アリナも父からよく言われていた。

 剣とは会話だと、相手の目を見て、その言わんとするところを察しろと。


「言うわりには自分こそ普段の会話量が少ないのよねぇ」


 過去と現在と、どちらに向けて放った言葉なのか、アリナ自身でさえ意識していなかったのかも知れない。

 だが未来を向く自らには確かに届いたようである。


「……私も人のこと言えないかな」


 他人(ひと)の気持ちほど理解し難いものは無い。

 だからアリナは剣を振り続ける。相手の考え、思っていることを汲み取り、理解することが、明日への勝利に繋がると、自分たちの、大切な者たちの生活を守ることに繋がると信じているから。



 何が大切なのかを知るためにアリナが失った代償は大きすぎた。

 アリナが母とキュラントに移住した際、母はフルオルガ軍の兵士に殺されている。

 アリナは剣を携帯してはいたが、大人の兵士を前に、幼かったアリナは母に言われるがまま逃げるだけで精一杯であった。


 ――あの時父様がいてくれたら母様は死なずに済んだかもしれない。


 幼き日のアリナは父を(うら)んだが、成長するにしたがってその思いは変化を生じさせていった。



「父様は悪くない、父様は何とかしようとしていたのかも知れない。何もしなかったのは私だ……」


「迷ってんじゃねぇ! 考えろ! どうすれば届く、どうやれば当たる!」


 思うように動けないテオフィルに活を入れるランドの声が、アリナの心を現在に呼び留めた。


「大丈夫、私は迷わない……今は大切なものが何か、ちゃんとわかってるから」




「くっそー、全く当たらねぇ!」


「そりゃそうだろ、お前の攻撃が当たるようならオレはとっくに死んでるぜ」


 悔しがるテオフィルを見ながら、ランドはふと口に出したい言葉が浮かんだ。


「テオフィル、お前の動作(リズム)は単調なんだよ、もっと動きに強弱をつけて……なんだっけ? とにかく強弱なんだよ」


「なんだよそれ、わかんねぇよ!」


「メロディはわかるよー」


 意外なところから会得の声があがり、これにはその場にいた全員が驚かされ、小さな理解者に視線を集中させた。


「アリナお姉ちゃんが言ってたよ、お歌を唄うときは()()()()()()なんだって」


「なんだ歌の話かよー」


 テオフィルはがくりと肩を落としたが、ランドはこの援護射撃に助けられたようであった。


「いやそれだよ、大きく動いたり小さく動いたりして、拍子(リズム)を狂わせるんだ」


 言いつつランドは、目の前にいるテオフィルにかつての自分を見た。

 思い起こせば、ヴェルナーの言葉はいつも抽象的だったような気がする。

 ランドは幼少の頃、クーメの騎士であった父から剣術を学んでおり、ヴェルナーに師事していた頃にはすでに基本は修得済みであった。

 そのためヴェルナーからの指導は実技的なものよりも、抽象的な表現へと(かたよ)っていたのだろうと思っていたが、案外ヴェルナーも、どう教えれば良いのかわかっていなかったのかも知れない。


「なんだかテオフィルの相手をしてると、あの人のことが少しずつわかってくるような気がするよ」


「あの人って、ランドを助けてくれたって人のこと?」


 アリナが何気なしに聞き、ランドは思い出を名残惜しむように答えた。


「ああ、口数が少ない人で、他人(ひと)の気持ちが理解出来るようになれって言いながら、自分のことは何も言わない人だったなぁ」


「その人って名前は……」


()きありぃーっ!」


「甘い!」


 意表を突いたつもりのテオフィルの一撃はランドに軽く交わされ、代わりに脳天に愛情ある一本をもらった。


「そう言えば、理解出来るように努力しろって言ってたな……」



 ――全く努力して来なかった。

 そもそも他人とはあまり関わり合いにならないようにさえして来ていたのである。


「これじゃあの人に顔向け出来ねぇな」


 すでに叶わぬ事だがと、ランドは自嘲(じちょう)気味に口元を(ゆが)めた。









 ランドがアリナ達のアジトに居候し始め一年が経過した。


 時はロウエム大陸歴五二一年の年頭、キュラントはその緑豊かで広大な大地を雪景色に染めていた。

 キュラントには多くの活火山が常に脈打ち、その咆哮を(とどろ)かす日を今か今かと待ち構えている。


 キュラント王国はロウエム大陸歴五〇七年にフルオルガ軍に征服されて以来、キュラント王家は滅亡し、フルオルガ王国のディアーク王家次男ヴィクトルが国家指導者の座に君臨した。


 波打つ紺青色の髪を胸まで伸ばし、力強い眉目に彫像のような重厚さを感じさせる体躯(たいく)は、見るものに戦の神を連想させ、人々は畏敬の念を込めて“軍神(テューク)殿下”と呼称した。



 キュラント公国王城謁見(えっけん)の間にて、世が世であればフルオルガの王位に()いていたかもしれない男を(だん)上に、片(ひざ)をつき茜色髪の頭を垂れる戦士の姿があった。


「マティアス……と申したか、面を上げよ。アサラからこの積雪を越えよく来たな、何用をもって来たか申してみよ」


「はっ、まずは一介の野人なるこの身に拝謁の機会を賜りましたこと、深く御礼申し上げます」



 フルオルガ七代目国王ノアベアト・ディアークは後継者を正式に指名せぬうちに暗殺された。

 このため重臣たちは王位継承権一位の長男ヒルブランドを玉座に迎えたが、宮廷内には次男で王位継承権二位であったヴィクトルを推す声も少なからず聞こえた。

 これには武闘派で知られていたノアベアトが、本心では文人のヒルブランドでなく、武人で名を()せていたヴィクトルに王位を継承させたいと腹心に相談していた……と(ささや)かれていた噂を信じる一派の存在を明らかなものとした。


 結果的に王位継承問題は(こじ)れることなく長男の即位で幕を下ろし、ヒルブランドが間もなく弟妹たちを各地の王に奉じ政治の中枢から遠ざけたことで、その後の憂いもなく今日までのフルオルガ集権を存続させて来た。


 しかし実際には、ヒルブランドの専横に各弟妹たちは業を煮やし、反旗を(ひるがえ)す機会を(うかが)っているのではないか……と言うのが世評としては一般的である。



 今回マティアスがヴィクトルの下へ訪れた理由がそこにあった。

 マティアスは以前ランドに話したように、フルオルガに対抗出来得る可能性をもって、最もフルオルガ打倒に現実味のあるヴィクトルの心を動かすため、キュラントまで来訪したのであった。

 宰相以外の人払いを認めたヴィクトルに、マティアスは要点を押さえて説明を(こころ)みた。



「実に興味深い話だマティアスとやら、だがそなたは何か勘違いをしておらぬか? 私は賢兄に対し翻意(ほんい)など微塵(みじん)も考えてはおらぬ」


「私の示した道では辿り着かぬと?」


 食い下がるマティアスにヴィクトルが追い打ちを掛けるように言葉を(つな)いだ。


「そうではないマティアスよ。そなたの私に対する好意は(こころよ)く受け取るが、私には本心から兄上に刃向かう気などないのだ」




 しばらくはあの手この手で粘りを見せたマティアスであったが、ヴィクトルの答えは変わらず、(あきら)めざるを得なかった。

 あまりにもしつこく食い下がり、ヴィクトルの怒りを買ってしまえばこちらの命が危険に(さら)される。

 ヴィクトルが翻意(ほんい)無しの態度を取る時点で、すでに謀叛を持ち掛けているマティアスの立場は危ういのである。


 マティアスは謁見の間を退出し控えの間に移ると、待機していた部下たちを連れ立って王城を後にした。

 途中今回の交渉が不成立となった要因を振り返り考えた。


「キュラントに飛ばされ、その後も人足を含めた(みつ)ぎ物の強要で国政は(はかど)らず、ヒルブランドに対し少なからぬ憎しみを抱いていることは疑いようがない、僕を生かしたまま帰すことがそのことを裏付けている。しかし……」


 やはり魔導書一冊では(えさ)が小さすぎるか……。

 マティアスは目指す頂に対して負った障害(ハンデ)の大きさを改めて痛感していた。






 謁見の間では次の来訪者が来るまでの間に、キュラント公国宰相である中年の偉丈夫がヴィクトルに意見を申し出ていた。


「あの者……殺しますか?」


 ヴィクトルは(さげす)むような視線を宰相に向け、その言葉を否定した。


「それには及ばぬ。雪が溶けたら我が賢兄に使者を遣わし、今の話を伝えよ。それだけで良いわ」


「御意……。では次の謁見者でございますが、昨年より我が国に滞在して居られます東のラージ王国王太子殿下が……」


 ヴィクトルは宰相の言葉を聞き流しながら、頭の中では全く別の事を考えていた。


「さて、彼奴(きゃつ)はどう動くかな……」


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