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黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜遺跡編〜
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第二十三話 廃魔禁研令


 ロウエム大陸歴五〇八年にクーメ魔法王国が滅亡して以来、フルオルガは国を挙げて一人の人物を捜索していた。

 クーメ魔法王国国王にしてアクレース教団の大司教でもある前法王、エーブラハム・マクローリンその人である。


 大陸の覇権を制したヒルブランドの命で行われた捜索はクーメ国内だけに留まらず、ロウエム大陸全土に及ぶ大捜索網が敷かれたが、ついぞその足跡一つ見つけることができなかった。

 だがロウエム大陸歴五一二年、元クーメ魔法王国の重臣であったアクレース教の司祭がフルオルガ軍に捕縛されると、長い拷問の末に証言した。


「法王猊下(げいか)はクーメ東部のとある教会の地下でその生涯を終え神の下へと旅立たれました。私は法王猊下(げいか)の最後を()取り、そのご遺体を(ひつぎ)にお納め致しました」


 前法王の悲報を、最も喜んでいたのは現法王ハイラムであったのかも知れない。前法王の存命を信じ、教団内でもハイラムに服さぬ信者が数多く存在していたのである。


 普段は首都から出ることがなかったハイラムも、この時ばかりは大法院から飛び出す勢いで国王の親征軍に()せ参じた。



 そして事件はこの親征軍がクーメに向かう道中で起きた。



 クーメまであと半刻(約一時間)と言うところで、親征軍は見通しの悪い山間を行軍していたのだが、ロウエム大陸の覇者であるフルオルガ軍内には驕慢(きょうまん)な雰囲気が蔓延(はびこ)り、警戒心が緩く哨戒(しょうかい)(おこた)っていた。


 山間の道は細く、広がっては通れなかったため、フルオルガ軍は長蛇の陣形でもって通過しようと(こころ)みた。


 ところがその時である。


「なんだあれは? 丘の上から一騎……誰か来るぞ……?」


 このときのフルオルガ親征軍の兵力は三万である。一騎で駆け寄る騎馬を警戒する者は皆無であった……ただ一部隊を除いては。



「シュトルン団長、何者か不審な騎馬が一騎、こちらを目掛け駆け下りて来ます」


 『宮廷騎士団』なのに宮廷に居ない――とは誰の言葉であったであろうか、このときもまた、国王に付き従い親征軍に参陣していた“王家赤備え”の副団長ロルフが、いち早く危急を察知し敬愛する上官に報告していた。


 駆け下り寄る不審な騎馬を目にしたシュトルンは、思わず自分の目を疑った。

 黒い髪を風になびかせ、強靭(きょうじん)な肉体を馬上に揺らすその男は、顔を(マスク)で隠していたが、その手に持つ名も無き刀をシュトルンはよく知っていたのである。


「ヴェ……ヴェル……」


 突然のことにさすがのシュトルンも一瞬の間呆けてしまったが、すぐに何かを察すると、隣に馬をつけている副官に指示を与えた。


「我が隊はすぐに陛下の御車をお護りせよ! 良いか、ニ台目の御車をだぞ、徹底せよ!」


 国王ヒルブランドは馬車で移動していたが、今回のような襲撃に備え、同じ馬車を四台用意し、どの馬車に乗っているのかを悟られぬようにしていた。


「あれ? 陛下の御車を囲んでも良いのか?」


馬鹿(バカ)、賊は一騎だぞ。通さなければ問題ないとのご判断だろ」


「実はニ台目じゃないとか……?」


 軍内で一部の者達には、国王が何番目の馬車に乗車しているのかが知らされていた。“赤備え”はその一部の者たちの範疇(はんちゅう)に入る。

 国王の馬車を囲めば賊に(しら)せるようなものである。部下たちは不可解な命令に戸惑いざわめき立ったが、シュトルンが一喝(いっかつ)して浮き足立つ部下たちを落ち着かせた。


狼狽(うろた)えるな! これより先は私語を禁じる! 騎士の本分を示せ!」


 ロウエム大陸随一の騎士団である。その統制は極致に達しており、(しゃべ)るなと命令されれば(せき)さえ呑み込んだ。



 『宮廷騎士団』は命令に従いニ台目の馬車を囲み、戦場で最も目立つ真っ赤な集団は、丘を駆け下りる男の目からもはっきりと確認出来ていた。

 そして男は親征軍の列に横合いから突っ込むと、迷うことなく馬車を目掛け三万の軍勢の中を突き抜けて行った――三台目の馬車へ向かって……。



「ぞ、賊を通すなー!」


「弓は撃つな! 同士討ちになるぞ!」


 フルオルガ軍は一気に緊張の度合いを沸点まで高めた。

 賊の狙いが国王の馬車であることは疑いようがなくなったが、それは同時に自分たちの死活を左右する問題でもある。


「御車に近づけるな!」


「盾兵は道を塞げぇ!」


 兵たちは果敢(かかん)にも、身を(てい)して賊の突進を止めようと試みたが、賊は馬の勢いそのままに兵列に突っ込み、兵たちを蹴倒して防衛線を突破した。

 槍兵が馬の足を(とら)え転倒させると、すぐさま起き上がった男は徒歩のまま兵たちの合間を駆け抜けて行く。


「な、なんだこいつ……当たらんぞ!」


 賊はフルオルガ兵の剣を、槍を、戟をすり抜け、戦鎚に、戦斧に、鉄球に空を斬らせた。


 賊は馬車まで迫ると、眼前の兵士が構えた大盾を駆け上がるように踏み台とし、そのまま宙を舞って体ごと馬車へと斬りかかった。



  突如――男の体を無数の閃光が(から)め取る。


「おおおおおっ!」


 光は束となり男の体を宙で縛り付けたままその全身に衝撃を与え、三台目の馬車を護るように浮かびあがった円形の光体を照らし出した。


 光はすぐに消えたが、地に打ち付けられた男の体は全身を(ひど)く熱傷し、体からはほのかに湯気が立ち上がっていた。


「何事ですか」


 低く(おごそ)かな声が響くと、三台目の馬車の戸が開き、中にいた人物が姿を現した。

 その男は祭服を(まと)い、帽子には十字に二重円の装飾が(ほどこ)されていた。アクレース教団の大司教にして法王たるハイラムであった。


「これはこれは……下賤(げせん)(やから)が陛下のお命を狙い、身の程も弁えずにその寸時の命を捨てに来おったか……ん? お前はっ!」


 男の顔を隠していた(マスク)は焼け落ち、近くにいた者たちはその素顔を見て驚いた。


「な、……ヴェルナー!」


「馬鹿な、死んだはずでは!」


 ヴェルナーは産まれたばかりの仔鹿のように震える(ひざ)を手で(おさ)え、刀を杖にして立ち上がった。


「ぼ……防御結界……予測はしていたが、これほどとは……」


 杖にしていた刀を順手に持ち替え、さらに戦闘を継続しようと(こころ)みるヴェルナーの前に全身を真っ赤な具足で固めた騎士が立ちはだかった。


「残念ですがここまでです。これ以上は例え貴方(あなた)でもその体では……我々を越えて陛下の御許までは辿り着かぬでしょう」


「シュ、シュトルンか……そうだな……」


 ヴェルナーが自嘲するように笑みを浮かべ(うつむ)いたその時、二台目の馬車の戸が開き、中から金髪の若王が身を乗り出した。


「ヴェルナーか、久しいな……あまり元気そうではないな」


「陛下……」


 ヒルブランドはその端整な顔を(なつ)かしさを憂う微笑から覇者の顔へと変貌(へんぼう)させると、ヴェルナーの前に立つ赤い騎士に命じた。


「シュトルン元帥よ、単騎で此処(ここ)まで迫った者へせめてもの情けだ、貴公が相手をしてやれ」


「……御意」


 今やロウエム大陸全ての国を統括するフルオルガ軍の軍事最高責任者が腰に帯びた剣を抜いた。一騎討ちだと宣告するまでもなく、手出しをしようとする者はいない。


「団長……」


 『宮廷騎士団』の団員たちは、手負いですでに瀕死の賊を目に、それでも“無双”と呼ばれた男の最後を看取らんと息を呑んだ。


 周りの者たちの目にはヴェルナーは立つのもやっと、と言う有り様に映ったが、相対するシュトルンは全く間逆に相手を見定めていた。


「何と言う威圧感……、これほどの覇気を持ち得ながらも……」


「シュトルン……“無刻”は己のものとなったか?」


 赤い騎士の表情は硬く、苦渋に満ちているようでもある。


「その真髄は未だ極めておらず……ただその心は、確かに受け継いだ」


 ヴェルナーは口角を上げ、最後の言葉とばかりに吐き捨てた。


「ならば見せてみろ! “可能性”はすでにみせてもらった!」


 ――凄まじい殺気の塊が黒虎と化しシュトルンへ襲いかかる。同時にシュトルンも必殺の一撃を放つが、一瞬にも満たない差でヴェルナーの刀がシュトルンの左胸に突き刺さった。


 シュトルンは自らの敗北を悟った……。




 数瞬の沈黙の後、周りの者たちは両者の一太刀での決着を目に、興奮を(おさ)えきれず歓喜の声を天に木霊(こだま)した。

 そこには、一歩も動くことなく左胸を突きぬかれている()()()()()の姿があった。

 


 “無双”と呼ばれた男の、初めての敗北であった――。




 シュトルンの表情は兜の陰で隠れていたが、中天から差す陽射しを背に一敗地に(まみ)れるヴェルナーを見下ろす姿は、まさに絵画に描かれた闘神の(ごと)き趣があり、周りの兵士たちは“最強”の世代交代を一斉に(たた)えた。


 ヒルブランドもシュトルンの側まで玉体を運び賛辞を送る。


「見事だ元帥よ。音に聞こえし“無双”を討ち取った功績は計り知れん。望むままの褒美(ほうび)を取らせようぞ」


 周りの熱気とは裏腹に、シュトルンは浮き足立つことなく騎士の礼を取り応じる。


「お褒めに預かり光栄に存じます。叶いますれば()の剣豪が遺した刀……これを頂戴致したくお願い(たてまつ)ります」


「ほぅ……その名も無き刀で良いと申すか。よかろう、卿の物とするがよい」




 賊の騒動が一段落着いたところで、法王ハイラムがヒルブランドに近づいて来た。


「陛下、ヴェルナーめはクーメの折に死んだことになっております。ここであの裏切り者を見た者には箝口(かんこう)令を敷き、陛下のお命を狙った者はここクーメの残党だったと言うことだけを御触れなさいませ」


 ヒルブランドは少しの間沈黙していたが、やがてひとつ(うなず)くと、ハイラムの進言を容認し、すぐさま箝口(かんこう)令を敷いた。若王の隣りでは赤い騎士があらぬ方を向き、苦々し気な表情を悟られぬようにしていた。

 シュトルンの内心に気付く由もなく、ハイラムはさらに言葉を付け加える。


「そう、そうです! そしてこれを機にクーメ人の一掃を図るのです。彼奴(きゃつ)らは赤子に至るまで魔導の使い手、魔法戦力の脅威は陛下もご存知でございましょう」


 この言葉にヒルブランドは不意を突かれたような顔になり、思わずハイラムに聞き返していた。


猊下(げいか)は赤子が魔法を使うのを見たことがお有りか?」


「……それぐらいの心構えで挑む必要がある。と言うことです陛下。クーメ人は皆我が国に対し根深い恨みを持ってございます。今回の叛逆の罪をもって彼奴(きゃつ)らを根絶やしにし、後顧の憂いを断つことに致しましょう」


猊下(げいか)はクーメ人に対して怨みでもあるのか?」


 非道な提案を進言する法王に、ヒルブランドは少なからぬ苛立(いらだ)ちを覚えていたが、法王は構わず持論を展開する。


「全ては我が国の為、陛下の御為にございます。ひいては我らアクレース神に使える者たちの為となりましょう」


 苦虫を噛み潰したような顔をしたシュトルンが小声で言い捨てた。


「クーメ人にアクレース教徒はおらんのか」



「この機に乗じて魔導を廃滅し、我らが国の脅威となり得るその研究を禁じるのです」



 赤い騎士の拳を握る手に力がこもった。――これはまさしく驚天動地の布令となる。

 そして、敬愛する若王がこの前代未聞の申し出に対し、受け容れることがわかるが故に、なおさら手に力が入ると言うものであった。




 そして後日発せられた新法が、世に悪名高き『廃魔禁研令』であった――。


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