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黒世廻者達〜マヨネーズ〜  作者: 鯛の倒立
篇首草創の章〜遺跡編〜
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第十八話 知る者


 初夏の空は移り気で、この日は朝から大雨が東の国ラージを襲っていた。

 ロウエム大陸歴五一二年、ランドが十一歳のときであった。


 山腹の木々の合間に設けた小屋で数年間、ランドは命を助けられた男と奇妙な暮らしを営んでいた。


「なぁヴェルナー。あんたいつまで()()()事続けるんだ?」


 小屋の横には、屋根から布を張り広げきったところを木の足で固定した、手造りの天蓋(てんがい)が併設され、その下で幼い頃のランドとヴェルナーが、雨を気にすることなく剣の稽古(けいこ)を行っていた。

 ランドが聞いたのは稽古(けいこ)のことではなく、隠れ住む生活そのものに対してだったが、どちらにせよ男が答えることはなかった。


 代わりに男は小屋の壁に立て掛けてあった二本の刀を手にし、一本はランドに投げ渡した。


「ここからは真剣での稽古(けいこ)だ。昼飯は終わってからだ」


「終わってから動けたら……だろ?」


 ランドは不敵な笑みを浮かべそう告げると、先手必勝とばかりに斬りかかった。




 四半刻(約三十分)後、ランドは天蓋(てんがい)の下から弾き飛ばされた身を大地に投げ出し、天より降りそそぐ雨を全身で受けていた。男はすでに小屋の中に入り、おそらく昼食をとっているのであろう。


「クソ……強ぇ…………」


 ランドは激痛の多重奏を奏でる体を動かすことは(あきら)め、とりとめもなしに男が言っていた言葉を思い返していた。


「お前の動作(リズム)は単調だ、もっと動きに強弱をつけ、剛柔合わせて一つの技とするんだ」


「……やってるつもりなんだけどなぁ」


 しばらくして起き上がれるほどに回復すると、ランドはとりあえず天蓋(てんがい)の下まで()うように移動し、ふと、小屋の外壁に立て掛けてある刀に目を向けた。


「……いたずらしとくか?」


 武器はたくさんあるが、男はいつも同じ刀を愛用していた。折れやすくでもしておけば、午後からの稽古(けいこ)で曲がりなりにも一矢報いることができるかも知れない。

 若気の至りを行使しようとしたランドを踏みとどまらせたのは、年季が感じられる刀の使い込まれた感じと、丁寧に補修が繰り返されてきたことが見て取れたからであった。


「ちっ……そんなに大事なら外に放置なんかすんなよな……」









 ランドは遠い記憶の中と同じ、黒雲の()める空から降りつけてくる雨を見つつ、昔の情景を思い出していた。


「あぁ……あの日もこんな感じだったっけ」


 起き上がろうとすると全身に痛だ地に()いつくばった。


「リズムか……」


 剣を支えになんとか自らの体を持ち上げる。血が大量に流れ出て、なんとなく意識も(おぼろ)(かす)んできた。


「なんでオレ……こんなに必死に戦ってるんだっけ?」



 ――マティアスの依頼を受けたから?


 命をかけるほどのものかよ。


 ――アリナ達を助けるため?


 昨日会ったばかりの奴らだぜ……。


 

 脇腹を手で(おさ)えながら、自問自答を繰り返す。自らの体に穴をあけた相手を見やりながら、なぜか思いは過去へ向いていた。


「なぁヴェルナー……オレはここで死ぬのか……? なんであんたはあの時、オレを助けたんだ?」


 呆然とするランドを見つめ、シュトルンは先程と同じく腰を落とし、(さや)に納めた剣を握った。


「この程度だったとは……()()()()もとんだ見込み違いに落胆なさることだろう」


 とどめの一撃と、シュトルンはぬかるんだ足場を強く踏みしめた。




 ――ランドが突然目を見開き剣を構えた。


 つい先程までとは打って変わり、その全身から闘気が()き立ち怒気に満ち満ちている。

 次の瞬間、ランドの剣はシュトルンのそれを完全に(とら)えていた。体にはかすり傷ひとつ付いていない。


「なんだ?」


「今……何が起こったんだ?」


 アロイースとシジスモンドが狐にでもつままれたかのような顔をして固まっていた。


 二人だけではない。その戦闘を見ていた者たちには、ランドが剣を動かしたところへ、シュトルンが刀を合わせにいったように見えていた。



 そう、刀を見ていた――。



「なんで……お前が()()()を持ってんだ……」


 ランドは怒りとも驚きともとれる表情でシュトルンを(にら)みつけ、記憶の底に眠っていた刀を持つ男にその理由を問いかけたが、男は答えをはぐらかした。


「ほぅ……今の一撃を止めるか」


 奥歯を噛み締めたランドの全身をアドレナリンが駆け抜ける。血圧が急上昇し思考までもが血に染まる。視界は眼前の男だけを(とら)え、聴こえてくるのは早鐘を打ち鳴らす自らの胸の鼓動だけであった。


 ランドは力任せに相手を押し離すと、鬼神の(ごと)き攻勢に転じた。アリナはその鬼気迫る勢いに感嘆しながらも、手をつかねている自分をもどかしく感じていた。


 先のランドの連撃は余裕をもって受けたシュトルンであったが、今度はそれほどのゆとりは見てとれない。

 しかし赤毛の上から赤い兜を(かぶ)った騎士は、まだ攻撃を受けながら話しかけられる与力を見せつけた。


「先程の一撃……見えたのか?」


 ランドは一心不乱に剣を乱れ打ち聞こえているのかも定かではない。シュトルンはならばとランドを突き離し、再び間をとると今度は(さや)には納めぬまま剣先をランドに向け構えた。


 我を忘れたかのように攻め続けていたランドであったが、相手が必殺の攻撃を仕掛けて来ることを感じ取り、全神経を集中させ赤い騎士の動きを注視する。



 水面(みなも)から飛び立つ鳥のように、シュトルンは足元で水溜りに波紋を描き出すと、一瞬も感じぬ後、再び剣のかち合う音が周囲に木霊(こだま)した。

 ランドの左(ほほ)から、薄っすらと赤い(しずく)が雨と共に流れ落ちるが、致命的な一撃は自らの剣でしっかりと受け止めていた。


「二度も防いだ……偶然ではない」


 一騎打ちを見守っていたロルフもこれには感嘆(かんたん)し、茶褐色の髪の戦士を油断のならない相手として認識を改めた。


 一方、今度は大きく間合いを取ったシュトルンは、構えを解いてランドと向き合う姿勢を見せる。


「君は面白いな、剣の技量は未熟だがなかなかどうして……」


 その場を圧倒していた張り詰めた空気が解けたような感覚をランドは覚えた。

 腹部から拡がる激痛が思い出したように全身に伝わり、雨の打ち付け続ける地面に(ひざ)をついた。


「ランドッ……!」


 声を掛けたアリナを見やったシュトルンが刀を(さや)に納めると、再び抜刀即斬の攻撃が来るのかと、マティアスが思わず身を乗り出す。

 腰に帯びた剣に手を掛けたマティアスを見て、ロルフも剣を握りしめ身構えたが、納めた剣からシュトルンは手を離した。


「この刀を知っていたな。お前が()()ランドと言うのは間違いないようだな」


 ランドは(うずくま)り激痛に()えながら、無言のままシュトルンを(にら)みつけると、赤い騎士は思いもよらない言葉をその口から(つむ)ぎ出した。


「なぜオレがこの刀を持っているか聞いていたな。教えてやろう……それは、オレがこの刀の持ち主を殺したからだ」


 この場にいた者たちの中で、唯一ランドだけが驚愕讃歌(きょうがくさんか)に包まれた。

 アリナやマティアス達は何の話か知りもせず、ロルフら『宮廷騎士団』の面々は何やら複雑な表情をしている。


「ころ……殺した……だと?」


 ランドの目が再び怒りの熱を帯び、焼き殺さんとばかりにシュトルンを突き(にら)んだが、すでに限界を超えている体は鉛のように重く、動くことが出来なかった。


 シュトルンは刀を納めたままランドの前まで歩み寄った。

 手を伸ばせば届く距離だが、ランドは動くどころか出血のため意識が朦朧(もうろう)としてきた。そのまま気を失っていくランドの耳に、シュトルンの最後の言葉が残る。


「怒りでは人を救えんよ……」



 ――一息三閃の剣筋が空を裂いた。


「えっ……!?」


 アリナの剣は何もない空間をむなしく泳ぎ、空振った勢いに引かれ体制を崩し地に伏した。

 アリナが見ていたシュトルンはすでにアリナの背後にまで回り込んでいる。アリナは自分の時が止まっていたかのような錯覚を覚えた。


「アリナァ!」


 ルーが胸当ての裏に手を差し込むが、そこにあるべき暗器は全て投げ尽くしてしまっている。

 駆け寄るロルフを手で制し、シュトルンは目でルーに「動くな」と告げた。


「アリナ……? 君はアリナ・シュミットか?」


 呼ばれた方は動揺を隠しそこない、そしてそれを相手に悟られたことを自覚していた。

 地に伏すアリナは、ランドの顔が吐息が届くほどの距離にありながらも、視線は雨にぬかるむ地に落としたまま、鏡を見た蛙の(ごと)く固まり、水溜りに移る自分の顔に雨汗を垂らし表情を(にご)した。


 動じたアリナを見て真偽を確信したシュトルンは、どこか遠くを見やるような面持ちを見せた。


「生きてお……いたか。お前の母親はどうしている?」


 アリナの表情が怒りに変わった。伏せたままだった上半身を起こし、真紅の瞳が男を呪い殺さん勢いで(にら)みつける。


「とっくに殺されたわよ! あなた達フルオルガ軍にねっ!」


 怒りのあまり、敵の知りたいことをとっさに喋ってしまったことをすぐに後悔したが、その後に続く敵の言葉が過去への後悔よりも未来へと思考を押し出した。


「求める情報は一通り手に入った。ロルフ! 撤退するぞ」


「はっ! ……この者たちはよろしいのですか?」


「我々の任務はアサラに潜む不穏分子に対する調査だ。別に討伐する必要はあるまい」


「はっ、団長がそれで良いのでしたら……」


 シュトルンは馬上にその身を移すと、一言だけ言い残しその場を去っていった。


「そいつが起きたら伝えろ。見逃してやるのはこの一度だけだ。死にたくないのなら可能性を示せと」


 アリナはもちろん、マティアスやマドレーヌ達も、言葉の意味を半分は理解出来たが残りの半分は意味がわからなかった。


 “王家赤備え”がその場から完全に姿を消した後、マティアス達は理解出来た半分の言葉を噛み砕き飲み込んだ。何はともあれ生き残ったのだ。


「アリナ、ランド! 大丈夫か!」


 皆が駆け寄ってきた。マドレーヌが道具袋から薬草と包帯を取り出し簡易的な処置を(ほどこ)す。


「これは……(ひど)いわね……」


 傷は脇腹部分を貫通していた。致命傷にもなり得るこの傷で、よくぞあれだけ動けていたものである。


「この傷ではアサラまで馬車で行くのは無理だな」


 手当を(ほどこ)しているマドレーヌの手際を見ながらシジスモンドが言うと、マティアスがこの後の行動方針を示した。


「マドレーヌが処置を終えたら全員で馬車まで戻り、その後二手に別れる。片方は近くの街へ行き治療を、残りはゲリラ隊と連絡を取りアサラへと帰還する」


 話を聞いていたルーが、困ったような顔をしてマティアスに問いかけた。


「ようようマティアス。街で治療なんつってもよぉ。ランドは銭を持ってないぜぇ。オレたちも出してやりてぇけどよぉ。ベルパルシエの分もあるしよぉ」


「心配しないで、ランドは私たちの命の恩人よ。治療費ぐらい『明けの明星(うち)』で出すわよ。もちろん報酬とは別にね」


 処置を終えたマドレーヌは、ルーを安心させるとマティアスに向け片目をつむってみせた。

 最後にフレッドが締めくくる。



「ご、ご飯はいつ食べるの?」


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