第十四話 遭遇戦
遺跡内部の別の場所では、巨像との戦闘を乗り切ったゲルベルト隊が、マティアス達とは別の隠し階段を降りてさらなる深部へと歩を進めていた。
巨像戦で後続隊が合流したが、結局生き残った者は僅か十名足らずであった。
しかしゲルベルトは意気消沈するどころか、順風満帆な心持ちで部下たちを鼓舞した。
結界の護りを突破し、巨像兵の守備を打ち破ったのである。これほどの罠を仕掛けているのであれば、それだけ奥に眠る宝物の価値が高く見込めるというものであった。
兵士たちは総じて満身創痍であったが、死闘を乗り越え、戦闘狂にでもなったかのように士気は高かく、皆一歩進むたびに、まだ見ぬ宝物に近付いて行くような感覚を肌で感じていた。
やがてゲルベルト隊は大広間に出た――。
どのくらい広いのかは暗闇でわからなかったが、先頭の兵士が持つ松明の灯りだけでなく、大広間の奥中央で光り輝く、巨大な水晶の塊が、部屋の奥行きの広さを来訪者に知らしめていた。
松明を持った兵士が壁の灯台に火を灯して行くと、次第に荘厳たる室内の全容が明るみに照らし出された。
巨大水晶の前には三段の櫓が設置されており、一段目には棺らしき箱が置かれ、二段目には、ゲルベルトの位置からは見えにくいが錫杖らしき杖が飾られていた。
そして三段目に立て掛けられている本が、ゲルベルトの視線を鷲掴みにした。
「あれは……魔導書ではないか!?」
まるで生き別れた家族、あるいは恋人に偶然めぐり逢えたかのように、一冊の本がゲルベルトの心を虜にしたが、情緒を解さない兵士が、ゲルベルトの意識を大広間の前方へと引き戻した。
「曲者っ!」
巨大水晶の反対側である大広間の前方で、兵士が叫び松明をかざした。
前方中央に出入り口は無く、左右にそれぞれ通路へと繋がる扉があり、ゲルベルト隊が来た反対側からも、何者かがこの大広間へと侵入して来たのである。
ゲルベルト隊は即座に臨戦態勢をとった。巨像兵を相手にして生き残った猛者たちである。その反応は素早い。
一方、不意の遭遇で後手に回ってしまったのは、茜色の髪を暗闇の中から現したマティアスであった。
「あーもう、だから扉を開けるときは気を付けてって言ったじゃない」
後ろから保護者のように指摘しながら、マドレーヌが剣を抜いた。そのマドレーヌをかばう様に、二本の短槍を両手に前に立ったのはシジスモンドである。二人の後ろではロジェとアロイースが、弓につがえた矢を引き絞っていた。
ベルパルシエがマティアスに耳打ちする。
「マティアス……あれ」
視線で示した先は、大広間の奥の輝く宝物である。マティアスは頷き、認識の共有を図る。
そしてその認識は、この大広間に来訪した、呼ばれざる客全ての共通認識であることを、当の本人たちは理解していた。
ゲルベルト隊は松明を持った兵士の位置まで駆け寄り、正体不明の賊に対し武器を構える。
マティアス達も敵と間を取った距離まで詰め寄って応戦の構えを見せた。
大広間は丁度ゲルベルト隊の位置から巨大水晶の方に通路が出来ていて、その左右には腐りかけた木の長椅子が数列並べ置かれている。地上の建物にも礼拝堂らしき名残りは見えたが、この地下にも、過去には多くの人々が訪れていたのかも知れない。
「行けっ!」
ゲルベルトが指示したのは、賊に対する開戦の合図ではなかった。伸ばした左手が指し示した先は、巨大水晶の前に設置された櫓であった。
カミルが部屋中央の通路を駆け出すと、右後背から、音を割いて二本の矢が純白の外套を目掛け飛来する。
後頚部から垂れ下がる若竹色の髪をなびかせながら、カミルは襲い来る殺意の塊を剣で斬り払った。殺意の元に眼光を向けると、賊の後列に二人の弓士を確認した。
死角から放った矢に見事な反応を見せた騎士に、ロジェ達は舌打ちで賛辞を贈り、代わりにベルパルシエがその長身を翻し、カミルの足止めにと長椅子の列を飛び越えて行った。
「僕たちも行くよ!」
マティアスの合図を機に、戦闘が開始された。
広間の壁と長椅子が行動範囲を限定し、両陣営とも広がることが出来ない。ロジェとアロイースは長椅子の上に飛び乗り高所からの矢道を確保する。
ゲルベルトとマティアスが互いの刃を打ち交わす横で、飛び出した兵士がロジェに向かって突き出した槍を、シジスモンドが叩き落とし、隙を突いてマドレーヌが必殺の一撃を見舞った。
「とにかく敵の数を減らすわよ!」
場は混戦の様相を呈し始めた――。
マティアス達とゲルベルト隊が思いも掛けぬ対面を果たした頃、ランドは巨鼠の死骸が散乱する部屋から、テランスによって魔導書の見つかった部屋へと運ばれていた。
先程とは違い、今は灯りが室内を照らし、テランスは本の内容を興味深げに確認している。
アリナは部屋まで自力で歩いて来たが、横たわりしばらくすると、いつの間にか眠りについていた。
……ふとランドが目を覚まし、周りの様子を確認する。
今この部屋にいる三人以外は、反対の通路から先へ、探索に出たとテランスから聞かされた。
「よし、オレも行こう……アリナを頼む」
「おいおい大丈夫かよランド。加勢なら俺が行くぞ」
ランドは机の上に広げられた本の山に視線を落とすと、嫌そうな顔を隠そうともせず、テランスの好意を辞退した。
「いや、オレは本の解析なんて出来ないからな、ここにはテランスが残ってくれ」
「そうか、ではマティアスに伝言を頼もう。ここにある本はどれも魔法の研究書ばかりで、今のところ魔導書はマドレーヌが持っていった一冊だけだとな」
「わかった。この部屋に片が付いたら一度入り口のフレッド達のところまで戻ったほうが良いかもな」
死臭がこの部屋にも漂って来たから……とは言わなかった。その中には、二人の仲間の名残りも含まれていることをランドは承知していた……。
巨鼠の部屋から反対側の通路へと抜けて行くランドを、部屋中央の階段の陰から覗き見る者が居た。片腕の仲間を殺害した兵士であった。
兵士は無言の笑みを浮かべると、通路の闇に呑まれていったランドの後を追った――。
クーメ公爵レイモンドが遺跡探索の増援に向かわせた小隊が、遺跡入り口まで進行して来ていた。頭上では曇天の空が哀しげなうめき声を木霊していた。
「降り出す前に着いたな……」
先頭で馬を進める騎士が天空から地上へと視線を落とすと、あからさまに怪しい人物が二人、その視界の中に入った。
「入り口に誰かいるぞ!」
「貴様ら何奴か!」
「なんだ……何か食ってるぞ!」
発見された二人は慌てて身を隠すわけでもなく、代わりに食べていた物を急ぎ隠し、または口の中に詰め込んだ。
「まんまおもおま!」
「は、はへほほほ、ははははひほ!」
会話は成立しなかったが、お互いやるべきことは理解した。
レイモンド兵は槍を構え、剣を抜いた。入り口にいた二人は、頬張った物を思い切り飲み込み、隠した食べ物を袋に詰め込んだ。
「ね、ねぇルー、あいつら、ぼくらが食べ物を余分に隠し持ってたの見ちゃったよ!」
「うるせぇぞフレッドォ! 隠し持ってたのはお前だけだろぉ! オレを巻き込むんじゃぁねぇ!」
「で、でもルーも一緒に食べたよね? 食べたよね?」
何やら言い争っている二人を目掛け、下馬したレイモンド兵が遺跡入り口の段差を飛び越えて来た。
――ルーの瞳が獲物を捉えた鷹のように、するどく兵士を見定める。
「うぐっ!」
いつ放たれたのかもわからない短剣が、兵士の鉄の鎧を突き抜け胸に刺さる。その隣では、右手肘の防具の継ぎ目に短剣を受けた兵士が武器を落とした。
「気をつけろっ!」
「あのチビやりおるわ!」
チビ呼ばわりした兵士の眉間にも短剣が突き立ち、若草色髪の戦士が披露した投擲の精度の高さに、レイモンド兵たちは驚愕の表情をもって答えた。
ならばと兵士たちは、動きの緩慢そうな巨漢の戦士へと狙いを定める。
「デブだ! こっちのデブから狙え!」
複数人からの熱い視線を受けたフレッドは、まるで牛一頭でも持ち上げるかのように、ゆっくりと戦鎚を振り上げると、襲い来る兵士三人を一振りのもとに吹き飛ばした。
兵士たちには振りかぶった巨漢戦士の腰から下だけが動き、戦鎚の柄頭は止まったままに見えていた。
戦鎚のヘッドスピードを認識することさえ出来なかった兵士たちのうち一人は、遺跡入口の天蓋を支える太い柱に打ち付けられ、他の二人は後方の仲間の上に降り掛かった。
「こ、こいつら……何者だ……」
「怯むな、かかれーっ!」
数で圧倒的優位に立つレイモンド兵たちは左右の柱の外側から回り込み、狼藉者二人を囲い込もうと試みる。
「フレッドォ少し退がれぇ、ぐずぐずすんなよぉ!」
ルー達は遺跡の建物内まで後退し、入り口を入ってすぐの場所でフレッドが振り返った。
「よぉし、この位置なら一度に来るのはせいぜい二人、回り込まれる心配もないぜぇ」
「す、すごいやルー。まるでロジェみたいだね」
「うるせぇぞフレッドォ! テメェもこのぐらいは自分で考えやがれぇ!」
兵士たちはつい先程、仲間が辿ったばかりの哀れな末路を忘れたかのように、入り口から構うことなく突入して来た。
フレッドはまるで素振りの稽古でもしているかのように同じ動作を繰り返し、その都度突入して来た兵士たちはフレッドの眼前から姿を消した。
遺跡入口から入ってすぐ右側の壁は、打ち付けられた兵士たちの血糊で赤く染められ、床にはひしゃげた死体が山を成した。
あっという間に死体の山を生産した狼藉者に対し、さすがに警戒し入口前で様子を伺おうと立ち止まった兵士たちを、ふいに姿を現したルーが剣で斬りかかり、素早くまた入り口の奥へと姿を隠す。
「蝶のように舞いぃ、蜂のように刺ぁす。ヒット・アンド・アウェイだぜこのクソ野郎どもがぁ!」
レイモンドの兵たちは迂闊に動けなくなり、なにか別の手段を講じる必要性に迫られた――。




