第十二話 進展
ゲルベルト子爵に命じられ、両脇の壁に並ぶ六体の像からの視線に耐えながら、兵士は恐る恐る、水晶を乗せた台座に歩み寄った。
その様子を見ながら、居並ぶ像より手前の位置で、仲間たちが槍を手に身構えている。
隊列の中核で、ゲルベルトとカミルがこの後の展開を予想している。
「あの像……動くよな?」
「はい、動くでしょう。閣下の栄達よりも明らかでございます」
「剣で斬れぬ時はどうするか?」
かなり重要な事柄を解決する前に、事態は予想通りに推移した。
兵士が水晶を覗き込み、そっと指で触れてみると、たちどころに水晶の中で禍々しい光が渦巻きだし、六体の像に向かって光の波動を送った。
六体の像は水晶から命を与えられたかの如く、馬のような顔の目を赤く光らせたかと思うと、鈍い唸り声をあげて動き出した。
「きたきたきたきた来たーっ!」
ゲルベルトが予想した通りの展開ではあるのだが、心の動揺を抑えることは出来ず、部下には端的な命令しか発する余裕がなかった。
「かかれー! かかれー!」
像が動くと、体の表面から石屑となった外皮が、まるで卵の割れた殻のようにぼろぼろと崩れ落ちた。その下からは鋼鉄の如く重厚な肉体が顔を出し、右手には槍を、左手には盾を備えている。
最前列を成す兵士たちは、恐怖しながらも槍を繰り出した。四本の槍は手前の二体の像に向けられ、二本は盾で凌がれ、二本はそれぞれの腹部を突き刺した。
「殺ったか!?」
ゲルベルトはよくよく見定めようと目を凝らしたが、馬顔の巨像は血を流すことも無く、動きを止めることもなかった。
次の瞬間、巨像の反撃で前衛の二人が馬顔の槍に突き抜かれ宙を舞った。恐るべき怪力であるが、カミルは驚きに目を見開きながらも活路を見出していた。
「刺さるぞ……奴らには武器が通じる! 次列かかれーっ!」
圧倒的な個体差はあるようだが、数での有利を頼みに攻勢に出る。幸いにも回廊の幅が有利に働き、六体を一度に相手とする必要はなさそうだ。カミルは倒れた兵士の槍を拾い上げると自らも戦列に加わった。
「足だ! まず足を狙え!」
巨像の動きは単調で、連携などはとれていない。カミルは一体ずつ動きを封じることが最優先だと判断したが、相手の運動能力が簡単には事を運ばせてくれない。
兵士の槍が巨像の盾に防がれると、カミルはその像に鋭く槍を繰り出した。
カミルの一撃は巨像の槍によって弾かれたが、素早く腰の剣に持ち替えると、右に左に巨像の右足太腿を斬りつけた。
「ぐふっ……!」
巨像は盾でカミルを薙ぎ払ったが、反動で切れ込みの入った右足が折れ崩れ、頭から床に倒れ込んだ。
巨像の踏ん張りが効かなかったおかげで、カミルの損傷は軽微におさまったが、床上を二回転して起き上がったとき、十八人いた仲間たちの半数ほどがすでに床に伏し、物言わぬ躯となっていた。
「倒れた馬面にとどめを刺せ! カミルの勇姿を見たであろう! 倒せぬ相手ではないぞ!」
ゲルベルトも自ら落ちている槍を掴み巨像に立ち向かう。指揮官の奮闘ぶりに煽られ兵士たちも勇み立った。
巨像を二体、三体と倒す間に、兵士が壁に天井に打ち付けられ、または串刺しにされ命を落としていった。
ゲルベルト達から巨像を挟んだ反対側に、一人怯える兵士がいた。水晶を乗せた台座に寄りかかり、全身を震わせながら目前に広がる地獄絵を凝視している。
巨像はゲルベルト達の方を向いていたが、ふと一体の像が振り向き、兵士は馬面に視線を奪われた。
巨像はおもむろに槍を繰り出した。兵士は動くことも出来ず頭部を撃ち抜かれ、寄りかかっていた台座上の水晶までもが砕け散った。
――突如鳴り響く轟音。
回廊が揺れ動き天井から砂埃が舞い落ちてきた。兵士たちはバランスを崩し、そこを巨像に踏み潰される。
揺れはすぐに収まり、台座の置かれていた場所にはぽかんと穴が空いていた。
驚愕のあとに驚嘆の連鎖。巨像を前に、全滅の幕がゲルベルト達を包み込むかに見えたが、このとき無傷の後続隊が追いついてきて合流を果たした。
「閣下! ご無事でしたか!」
「おぉ! 来てくれたか!」
「な、なんだあれは!? きょ、巨人兵……!」
まだ二体の巨像が、彼等の行く手に立ちふさがっているが、その先に道は示されている。ここで終わるわけにはいかないと、ゲルベルトは決意も新たに馬面を睨み返した。
西の空に雷鳴の轟を感じ、まだ青空を保つこのチルセン上空においても、夏を前に、雨雲との陣地争いに警戒の念を高めているのかもしれない。
地上では、南北の交通を取り締まる関所の、警備を担当している兵士たちの屯所に、全身赤ずくめの騎士団が陣中見舞いに訪れていた。
赤い騎士団の代表者二名が、屯所で最も大きいと思われる幕舎の前まで案内されると、恰幅の良い壮年の騎士が、麾下の兵士たちを従え出迎えた。
「やあやあこれは噂に名高い“王家赤備え”のシュトルン団長ではございませぬか。そちらは副団長のロルフ殿ですかな。お初にお目にかかる」
「良い噂ではあるまいブラッツ卿」
二人は幕舎内に通され、ブラッツは奥中央に用意された席に座るようシュトルンに促したが、シュトルンが辞退すると、ブラッツは部下に命じて隣にもう一席用意させた。
ブラッツとシュトルンが幕舎の奥に並んで座り、左右にロルフとブラッツの部下たちの席が用意されている。
酒と食事が運ばれ歓待の布陣が整うと、満足気にブラッツが口を開いた。
「部下の方々にも同じものを用意してございます。どうぞお召し上がりください」
腐っても『宮廷騎士団』の名は伊達ではない。影ではなんと言われようと、公的な場では軍事における国の最高機関の位置づけである。辺境の駐屯兵団がへりくだった応対を見せても、特に違和感は感じなかった。
「陣中見舞いとは単なる名目でございましょう。本件はクーメですかな? 我らも毎日のように魔導書捜索に援軍を派遣しておりましたが、ちょっと問題がございましてな、数日の間は駐屯所の守りを固めなければなりません」
赤い髪がわずかに揺れた。まさにその問題について情報を求めに来たのである。
「身内の恥を晒す様でお恥ずかしいが……」
シュトルンが詳細を尋ねると、ブラッツは酒盃を目線の高さに掲げ、一つひとつ丁寧に説明した。シュトルンも乾杯を返す。
「……それでは、その賊が奪い去ったのは食料のみだったのですね?」
「はい、武器や防具等、他の物には一切被害は出てございません」
「賊に……心当たりはありますか?」
幕舎の中に緊張の糸が走った。まさに本件の核心部分である。
「いや、ございません。ただし……私も部下から聞いただけの話ですが、賊の中に一人、修道女がいたとか」
その修道女は自ら剣を振りかざし、逃げていく姿を見た者がいると言う。
「私が駐屯所に帰還したとき、逃げ去る賊の影を遠目に確認してございますが、何分陽も沈みかけ、辺りも暗くなってございましたので、賊は少数であったと言うことぐらいしか……」
不確かな情報に恐縮した体で、ブラッツは酒を呷り表情を隠したが、シュトルンの興味は一点に集中していた。赤毛の上官は酒坏を盆に戻すと、この辺りに始めて立ち寄った旅人であるかのような質問を投げかけた。
「この辺の修道女は皆剣を扱いますか?」
「いえいえ、そのようなことはございません。おそらくは門兵を惑わすための偽装かと……」
シュトルンは他にもいくつか質問をしたが、実を結ぶような答えは帰ってこなかった。最後に何気なく、最近賊の件以外に変わったことがなかったか尋ねると、ブラッツは何事も無かったと答えた後、何かを思い出し、今回の件とは繋がりはないがと前置きをした上で語った。
「先日クーメ公爵が仰になられてましたが、ずっと魔導書探索の障壁となっていた遺跡の結界が解けたとかで、その遺跡というのが教会跡だと言うこともあって、久しぶりに秘宝級の魔導書でも見つかるのではと期待されてございました」
新たに酒を満たした酒坏を持ち上げたところで、シュトルンの手が止まった。ロルフと視線を交わし、同じ疑念を抱いたことを暗に確認すると、ブラッツに鋭く視線を戻し、だが穏やかな口調で語り返した。
「それは重畳。もし貴重な宝の発見が叶えば、陛下の覚えもめでたかろう。して、その遺跡探索には卿の部隊も参加なさるのか」
「いやそれが、昨日チルセン駐屯所に賊が来たのは探りだと私は見てございまして、今日、明日にでも賊が総力をあげて来襲するのではないかと……。そのため我々は守りを固め動けぬのですよ。遺跡探索も明日か明後日には行われると聞いてございますが、昇進の機会を逃しましたかな」
赤毛の騎士は再度砂色髪の副官と視線を交わすと、駐屯所での情報収集はこれ以上必要ないと判断した。
ブラッツに辞を述べ幕舎を後にすると、部下たちの待つ所まで早足で歩きながら、ロルフと認識のすり合わせを行う。
「帯剣した修道女を昨日貧民街で見かけた。賊はあの者で間違いなかろう」
「私は賊の狙いはクーメにあるのではと思いますが」
「その通りだロルフ。理由を言ってみろ」
「はい。まず奪われたのが食料のみだったという点……」
改めて駐屯所に来襲するつもりであるのなら、食料ではなく武具や馬の数を減らそうとするはず、去り際に火を放ったと言っていたが、陣中の幕舎などが延焼したのみで、外柵は無事のままである。賊の狙いは駐屯所への再来ではなく、来襲を警戒させ、駐屯兵を足止めさせることにこそあると見るべきである。
――とロルフは見解を述べ、シュトルンも頷きで肯定して見せた。
「アサラに戻って網を張りますか?」
「いや、探索は明日にでも予定されていると言っていた。前日から現地に潜むか……先駆けて潜行するつもりならばすでにアサラを出ているぞ! 我々はこのままクーメに向かう!」
シュトルン率いる『宮廷騎士団』はチルセン駐屯所を後にした。向かうは黒雲漂う亡国クーメである。
大多数はアサラの街にて調査活動を続行中で、チルセン駐屯所に同行した兵だけでは十騎ほどの少数だが、それぞれが一騎当千の実力を誇る“王家赤備え”である。街のならず者集団などに気後れする者は一人もいない。
思わぬ事態の進展にロルフはやや安堵し、少しだけ気を緩めた。
「しかし、ブラッツ卿はやけに協力的でしたね。まぁおかげで我々としては助かりましたが」
「ロルフ、先代の言葉を思い出せ。物事は常に二面性をもって真を見よ。彼の御仁は我々にさっさと用を済ませて立ち去ってほしかったのさ」
「相手の心を読むってやつですか」
「そうだロルフ。戦闘においても、相手の考えていることが手にとるようにわかれば、多少技量に差があったとしても覆す事ができる。特に達人同士の僅差による勝負を決定づけるのは、読みの深さにこそあるだろう」
「なるほど、『宮廷騎士団』に協力的なことに違和感がありましたが、そういうことなら納得がいきます」
「あの“赤備え”と懇意の仲だ。なんて評判が立つと不味いだろうからな。だからと言って上役の我らを無下に追い返すことも出来ない。だから素直に協力して、さっさと用を済まさせたのさ」
「大人の事情ってやつですかね」




