佐伯さんの下着が透けてることを後ろの席の僕だけが知っている〜ところで佐伯さん、毎日帰り際にボソッと下着の色を教えてくるのはなんでなの?〜
高校一年生の夏。
それは薄いピンクだった。
気付いたのは朝のHRの時のこと。
僕、渡辺勇輝の通う高校は今日からの衣替えで夏服の着用が義務付けられた。
クラス内で和気あいあいと話している女子たちは皆半袖の白いブラウスを身に纏い、胸元にはリボンを添えている。
問題は目の前の席に座る黒髪美少女の佐伯さんのことだ。
……透けているのだ。
最後尾の窓際に座る僕にだけ。
まるでこっそり教えるかのようにくっきりと。
目を凝らせば佐伯さんの背中には、薄いピンクの下着が透けていた。
ところで僕は小説が好きだ。
特に好きなジャンルが2つある。
ラブコメとミステリー。
今までたくさんのラブコメ小説、もといライトノベルを読んできた僕だが。
数多の主人公たちに負けず劣らず。
いや、歴代のラブコメ主人公達でも決して辿り着けない境地に僕は達していた。
美少女の透けてる下着を後ろの席から合法的に眺める。
今までこんなラブコメ主人公がいただろうか。
答えは否。
もしもそんな主人公の話を考える作者がいたら僕は声を大にして言いたい。
お前、頭おかしいよと。
「起立、礼」
日直の号令に合わせて薄ピンクの羽を生やした天使の背中が揺れた。
はぁ、と感嘆のため息一つ。
まったくこの世界は、素晴らしい。
薄いピンク。
それは普段の佐伯さんのイメージとかけ離れた色だった。
佐伯さんはとても物静かな人である。
口下手で、真面目。
成績は常にトップクラス。
休み時間が始まると同時にスマホを片手にくっちゃべり始める女子たちとは違う。
窓際で1人優雅に読書に勤しむ。
清楚で可憐な人だ。
それが蓋を開けてみればピンクである。
いや、下着の色で人間を判断する気なんて毛頭無いのだが。
それにしてもピンクである。
いわゆる陽キャ、ギャル、ビッチ。
そういう人種の彼女たちがピンクなら分かる。
いや、奴らなら別にブルーでもグリーンでも、たとえブラックだろうが驚きはしない。
しかし相手はあの真面目な佐伯さんである。
ギャップ萌え、というのだろうか。
授業中の僕は、いつも真面目で静かで清楚で可憐な黒髪美少女の佐伯さんが、今日はピンクの下着を着けているという事実にただ悶々としていた。
ブラジャーはどうしてブラジャーという名前になったのだろう。
そんなことを考えていたらいつの間にか昼休みになった。
学食のいつもの端の席で1人で昼食をとっていると
「一緒に食おうぜ」
同じクラスの江戸川が向かいの席に座ってきた。
「今日の英語の授業さ、マジつまんなかったよな」
「あーそうだったっけ。もう授業なんて全然聞いてなかった」
「お前そんなにテキトーでも頭いいからマジ羨ましいわ」
僕はこれでも頭がいい方だ。
佐伯さんほどではないがそこそこ上位、ちなみに得意科目は英語。
「んなことよりさ、彼女できた?」
江戸川がぐい、と箸を片手に僕に顔を近づける。
こんなこと言うのもなんだけど、僕たちはそんなに仲が良いわけでもないのにこの距離感はどうかと思う。
「いや、出来てないよ。江戸川は?」
「俺もいねーんだなーこれが」
「ふーん。好きな人とかもいないの?」
「好きっていうか気になる人はいるな」
「ふーん」
「いやふーん、じゃねえよ。そこは誰?って食い気味に聞くところだろうが!」
「いや別に江戸川の好きな人に興味ないし」
江戸川は苦虫を噛み潰したような顔になった。
いや、興味ないものは興味ないし。
「……お前の席の前に座ってる人だよ」
佐伯さんのことか。
江戸川、君には悪いけど彼女の今日の下着の色を僕は知っているぞ。
「佐伯さんか。可愛いよね」
「だよなー、地味に人気だもんな佐伯さん……あー、連絡先知りて~」
「そんなに気になるなら聞いてみたら?」
「んー、あぁ……」
そこで江戸川は何だか歯切れが悪くなった。
何かマズイことでも言ってしまっただろうか。
「お前が羨ましいよ。俺は好きな人が前の席にいたら毎日ニヤニヤしちゃうね!」
「代わらないぞ、あの席は僕の特等席だ」
そう、いわゆる主人公席。
いや、透けブラ鑑賞席。
僕は絶対に誰にも譲らないからな。
【ピンクの下着 女性心理】
机の下でネットの記事を流し見ていたらHRが終わった。
帰宅部の僕は後は帰宅するだけ。
最後にもう一度だけ佐伯さんの背中を拝んでおく。
ブラジャーのホックは、どうすれば片手で外すことができるのだろう……。
そんなことを考えていると、急に目の前の背中が立ち上がって僕の方を振り返った。
ーーヤバい! 佐伯さんと目が合う。
もしかして僕が後ろから透けブラを拝んでいたことがバレたか!?
それから佐伯さんは鞄を片手に僕の席の真横を通っていく。
しかしその時にボソッと、僕にしか聞こえない声量で彼女はこう言い残したのだ。
「……えっち」
☆
次の日、火曜日。
僕はスマホで電子書籍を読みながら登校していた。
昨日の夜に
【女性 エッチと言う時 心理】
で検索した記事をずっとペラペラ見ていたが特に有益な情報は手に入らなかった。
えっち。
それを言う佐伯さんの心理になってみる。
普通に考えるのであれば、自身の下着が透けてしまっていることに気が付いたのだろう。
それを後ろからいやらしく見ていた僕に向けて警告してきたわけだ。
はぁ、とため息一つ。
つまり今日で透けブラ鑑賞席は終わりなわけだ。
……と、思っていたのだが。
(みどり……だと……!?)
朝のHR。
そこで僕が目にしたのは緑色の羽根を生やした天使の背中だった。
緑。グリーン。
母なる大地を象徴する色。
つまり生命の神秘を司る色。
女性の下着は基本的に上下同じ色であるはず。
つまり佐伯さんは今日緑のパンツを履いている。
そんなことを考えていたらいつの間にか一日が終わっていた。
今日僕がしていたことと言えば、休み時間に本を読むふりをしながら佐伯さんの背中をちらちら眺めていたことくらいである。
当の佐伯さんはと言えば、彼女もまた前の席で本を読んでいた。
友達と話したりしていた様子はない。
いつも通りの佐伯さんだった。
いつも通りでないことと言えば後ろの席に変態がいたことだろう。
しかし。
彼女は昨日僕に「えっち」だと言った。
つまり佐伯さんは後ろの僕に下着が透けてしまっていることに気付いている。
なのになぜその対策をしない?
それどころか、今日はピンクよりもある意味目を引くような緑の下着を着用してきた。
このことから導き出される答えは一つ。
(佐伯さんも……変態……?)
僕が新たな性癖の扉を開いていると佐伯さんは鞄を手に立ち上がった。
そしてまた僕の席の真横を通って、ボソッと一言こう言い残したのだ。
「今日は……エメラルドグリーン」
☆
次の日、水曜日。
僕は登校しながら悶々としていた。
【女性 下着の色を教えてくる 心理】
昨日はずっとそれを調べていた。
勉強も読書も、全く身が入らなかった。
佐伯さんが一体何を考えているのか。
露出だけでは飽き足らず、中身の詳細な色までをわざわざ教えてくる心理が分からなかった。
ちなみに今日の佐伯さんの下着の色は、紫だった。
神に感謝した。
三限目の移動教室の時である。
「渡辺くん、いつも推理小説読んでるよね」
佐伯さんが話しかけてきたのだ。
教室に残っているのは僕と佐伯さんの二人だけ。
移動教室の準備をしていたのだが、本の栞がどこかにいってしまったようで探していたら遅くなってしまった。
栞が見つかる頃にはいつの間にか教室で二人きりになっていた。
「う、うん。佐伯さんはいつもどんな本を読んでるの?」
我ながら上手い返しだと思う。
しかし彼女は今紫である。
バイオレット。エロい。
「私も推理小説が多いかな……今度面白いの教えてくれる?」
「も、もちろん。僕でよければいーー」
その時、ガラガラと扉が開く音がして。
「教科書忘れたわ~」
入ってきたのは江戸川だった。
しかしそれと同時に佐伯さんは、まるで僕と話していることを江戸川に見られるのを嫌がるように、ぷいっと背を向けて教室から出ていってしまった。
「……もしかして俺、邪魔だった?」
「いや、そんなことはないよ。予鈴鳴ったし、急がないとな」
不自然、としか言えなかった。
まるで江戸川と佐伯さんの方に何かがあったようだった。
【紫色 欲求不満 本当か】
そんなことをずっと調べていたが、答えは分からなかった。
いや、どうでもよかった。
いや、どうでもよくはなかった。
あの佐伯さんが実は欲求不満のドスケベだと考えると、嫌でも鼓動が高鳴った。
そんな風に僕が胸をときめかせていると
「今日は……ラベンダー」
いつものようにボソッと、僕の席の隣を歩いて去っていく佐伯さんが、今日の下着の色を報告してきた。
☆
次の日、木曜日。
今日の佐伯さんの下着はピンクだった。
月曜日に着けていたのと同じものな気もするが、流石に透けているだけなのでそこまでは分からなかった。
「あの……佐伯さん」
休み時間。
さすがにいつまでも透けブラを見ているのはいけない気がして、佐伯さんに話しかけてみた。
「……ごめんなさいっ」
ぷい、と。
一瞬だけこちらを振り返った佐伯さんはすぐに背を向けて読書を再開してしまった。
「……」
傷付いた。
昨日の移動教室の時は自分から話しかけてきたくせに。
僕の方から話しかけると彼女は背を向けてしまう。
……ピンクの下着を透けさせて。
「おーい、渡辺~」
「悪い、今読書するのに忙しいんだ」
江戸川が話しかけてきたけど追い払った。
どうせお前は、佐伯さんが近くにいるから僕に話しかけてきただけだろう。
そしてHRが終わり。
いつもの時間である。
僕も僕で期待してしまっているのか、佐伯さんが席を立つまで帰ろうとしなかった。
ガラ、と目の前の椅子が引かれる音がする。
さすがに今日は、いつものボソッとした下着の色報告はないのか……?
「今日は……ピンク……」
いや、知ってるけど。
ずっと見てたし。
「あのっ……佐伯さん!」
去り行く佐伯さんを呼び止めようとして声をかけたが、佐伯さんが振り返ることは無かった。
僕、何か悪いことした?
それから僕は考えた。
佐伯さんの行動が余りにも不可解だったからだ。
誰も居ない時には自分から話しかけてきた。
しかしその後、休み時間に僕が話しかけようとすると彼女はそれを拒否した。
そして毎日のように行われる下着の色の報告。
これも不可解だ。
佐伯さんが変態の露出狂でないとすれば、何かしらの意図があるはず。
ピンク、エメラルドグリーン、ラベンダー、ピンク……。
月曜日から順番に彼女の下着の色はこうだった。
そこに何らかの意味が……。
「あるわけ……あるか?」
馬鹿みたいだが。
僕は一つの可能性に思い当たってしまった。
☆
次の日、金曜日。
「今日は……メロン」
今日の佐伯さんの下着の色は緑だった。
確かに佐伯さんの豊満なバストは、メロンと形容してもいいだろう。
しかし僕は、昨日の夜に思い当たった可能性に確信めいたものを感じていた。
放課後。
僕は、先に教室を出た佐伯さんに決して気付かれることのないように、彼女を尾行した。
「……」
学校から4駅先のマンションに佐伯さんが入っていくのを確認した。
それと同時に、僕と佐伯さんの間にいる、もう一人の尾行者の存在も確認していた。
「警察沙汰になれば……退学まであるだろうね」
もう一人の尾行者に僕は後ろから近寄り、話しかける。
「ここまでずっと動画を撮影してる。決定的とは言えないけど、重要な手掛かりの一つにはなるだろうね……江戸川」
江戸川はマンションのすぐ近くにある自動販売機の裏に隠れるようにして立っていた。
「ちっ、どうしてお前が、ここに……?」
「佐伯さんが僕に助けを求めてきた。教室の中ではいつお前が聞いてるか分からない。それが怖くて他の男子と話さないようにしてたんだろう……いや、犯人がお前だと言う確証が彼女には無かった。そもそも本当にストーカーされているかどうかも曖昧だった。が正しいかな?」
江戸川が僕を見る目は怯えていた。
まさか誰かにバレてしまうとは思っていなかったのだろう。
自分が佐伯さんをストーカーしていることを。
「佐伯さんはきっと、違和感を感じていた筈だ。誰かにつけられている気がする、だけどそれは自分の思い過ごしかもしれない。だから警察には言えなかった。しかしいつまで経っても恐怖心は拭えなかった」
真面目な佐伯さんのことだ。
そんなことを家族や警察に言えば騒ぎになるのが怖かったのかもしれない。
自分の思い違いかもしれないことで他人に迷惑をかけるのを嫌がったのかもしれない。
「いいか江戸川、警察に突き出されたくないのなら二度と佐伯さんには関わるな。このムービーは脅しじゃない。お前が目の色を変えながら佐伯さんの後ろを着いていく姿がバッチリ映ってる」
「……くそがッ!」
江戸川は吐き捨てるようにそう言い残して僕の前から姿を消した。
しかし……。
「動画なんて回してるわけないだろ……」
一人ごちる。
本当にこれは偶然だった。
佐伯さんが僕に送ったSOSのメッセージだって、推理小説好きな僕の勘違いである可能性の方が高いと思っていたのだ。
しかし警察に証拠を提出できない以上、ストーカーの立証は難しい。
いや、仮に僕が動画を撮っていたとしてもそれだけでは決定的な証拠になりえない。
効力が弱すぎる。
詰まるところ、佐伯さんには犯人を教えてあげる必要がある。
☆
週明け、月曜日の放課後。
僕は屋上に佐伯さんを呼び出していた。
「どうして……あんなやり方を?」
彼女が僕に送ってきたメッセージ。
最初は自分の下着の色を教えてくる変態なのかと思っていた。
しかし不可解なところもたくさんあった。
緑をエメラルドグリーン、紫をパープルやバイオレットではなくラベンダーと言ったところ。
そして極めつけのメロン。
あの時の緑の下着はどう見てもメロン色になんて見えなかった。
月曜日から順番に佐伯さんのボソッとしたつぶやきの頭文字をまとめるとこうなる。
H えっち。
Emerald green エメラルドグリーン。
Lavenderラベンダー。
Pink ピンク。
MElon メロン。
HELP ME。
私を助けて。
「教室で渡辺くんに助けてって言ったら、渡辺くんがどんな反応するか分からなくて……相談してるところがストーカーしてる人にバレたらもっと酷いことされるかもって思ったら怖かったの」
なるほど。
確かに面と向かって助けてと言えば、僕は教室で驚き、佐伯さんに詳しい話を聞こうとする。
それを犯人であるかもしれない江戸川に知られてしまうのが怖かったというわけだ。
そして下着の色を使って、それが見える後ろの席の僕にだけ伝わる方法を考え付いたと。
推理小説を普段から読んでいる彼女らしいやり方な気もする。
しかし他に方法はなかったのだろうか……。
いいのか、透けブラで。
「先々週から毎日学校帰りに誰かにつけられているような感じがしてね。すごく怖くて……もしも同じクラスの男子が犯人だったらって考えたら教室で大っぴらに誰かに相談もできなくてね」
大方僕の予想通りってところか。
僕だったらまず警察に相談するが、残念なことにストーカー疑惑くらいでは警察がすぐに動いてくれないのも事実だ。
「……だからね、ありがとう、渡辺くん。あの後江戸川くんは停学になったんだよね」
「あぁ、生徒指導に僕が直談判したからね。学校も警察沙汰にはしたくなかったみたいだから停学なんかで済んでるけど……」
次はない。
もしもまた同じことがあればあいつは間違いなく退学&警察に御用だろう。
しかし、それでも被害に合った佐伯さん側に恐怖心が残るのは事実。
ストーカーしていたクラスメイトと、いずれ同じ教室で過ごさなければいけないのだ。
だから彼女のことをメンタル部分も含めて誰かが支えてあげないといけない。
いや、誰かじゃなくて僕が佐伯さんを守りたいと思ってしまっている。
「次に江戸川が何かしてくるようなら、すぐに僕を頼ってくれ。僕にできることなら何でもするよ」
「うんっ……ありがとう」
佐伯さんは満面の笑みを浮かべていた。
屋上に差し込む夕日に照らされて、とても綺麗だった。
「それにしても……もう佐伯さんの透けブラが見れないと思うと残念だよ」
僕が冗談めかしてそう言うと。
「じゃあ次は……実際に見てみる?」
佐伯さんは悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。
それから僕は佐伯さんと付き合うことになり。
彼女の下着姿をこの目で拝むことになるのだが、それはまた別の話である。
最後までご覧いただきありがとうございました。
新作の短編もよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n1431hd/