悩める騎士
名前から出来ました。意外と真面目な話になってしまったような…
私の名前はハラグロウ・オマッセ。街の治安を守る騎士である。
私の最近の仕事に、別の世界から迷い込んだという異界人の保護、捕獲というのがある。異界人はなんらかの特技を持っている者が多く、それは元の世界では使えなかったけど、こっちの世界に来て凄い力を持っちゃった〜!と力加減を間違えたり、力自体に戸惑って暴発したり、無双してやるとかのたまわった後、とんでもない事をやらかそうとしたりする。
また、大きな魔力を急に使った場合には魔力酔いが起こることも多々あり、本来なら子供の頃から少しずつ慣れていくところをすっ飛ばす為、なんちゃって魔法使いの酩酊による暴走が増える所以にもなっている。
元々は何か未曾有の出来事が起こった時に王宮の奥で英雄や聖女と呼ばれる者を異界から呼ぶくらいのものだったのに、道を歩いていたら穴に落ちたとか、ドアを開けたらとかで簡単にやってくる。
昨今の野放しの異界人の増加には治安維持にたずさわる者として頭の痛い問題である。
と、今日も異界人のが暴れているとの連絡を受けて現場に駆けつけると、異界の子供が着ると言うセーラー服とやらを身につけた女………オッサン??が暴れていた。服に服と言う呼び名をつけるセンスってなんなんだ?と思いつつ男を取り押さえ、近くにいた住民に事情を聞く。
「なんかよくわからんのですが、私が気付いた時にはその人がプリズムがどうのこうの言って棒を振り回して…」
「騎士様、ご連絡したのはわたくしです。この異界人、この街に来たばかりのようで少々錯乱しておって、『折檻、折檻』と言って棒を振り回して、これまたタチの悪い事に土系の魔力持ちらしく道は隆起させるわ、土壁は壊すわ、砂埃を撒き散らすわ、どうもこうもならんとなった次第で…」
「あぁ、カセイドルテ氏でしたか。」
困った顔で汗を拭きながら説明するのはここらの地域の商会長、カネヨウ・カセイドルテ氏だ。この地域で揉め事が起こった時にも彼が仲介を買って出てくれるのだが、流石に暴力的な件は騎士団に連絡される。
あたりを見回すと、成程、散々たる有様だ。周りに怪我人がいないのがせめてもの救いだが、やはり魔力酔いによる錯乱状態という事だろう。魔力酔いとはその名の如く酔っ払いと同じ状況ではあるが、それと違うのは水をかけても、ヒヤッとする事が起こっても、常に酩酊状態、飲みまくってデロンデロンになり嫁が雷を落としてもウヘウヘ笑って、しまいには家から放り出されて閂を掛けられるレベルである。
そんな状態でこいつは無意識に土魔法を使っているのだ。傍迷惑極まりない。
そんな時の対処方法。押さえつけていた手を緩め、ら胸ぐらを掴んで男(?)を引き上げる様に起こす。男はゆらゆらと揺れながら立つとニヤッと笑って再び棒を振り回そうとしたので、斜め45度から首に衝撃を与える。すると男の体はぐにゃんと倒れて意識が無くなった事が分かる。
後はコイツを詰所に運んで、目が覚めたらとりあえずの寝床を用意してやらないとならない。
私は男を肩に担ぐとカセイドルテ氏に
「毎度申し訳ないが、後ほど詰所にお越しください。」
と言うと、カセイドルテ氏は、
「いえいえ、騎士様がいてくださるから安心して生活が出来るのですから、それぐらいお安い御用です。」
と答えてくれる。人がみなこの様な人物であれば平和な街になるだろう。
私はカセイドルテ氏に頭を下げてセーラー男を詰所に連れて行く。
背後から「ギャー!汚いもん見せんな!」とか「ウゲッ!」とか聞こえるが、私もオッサンを横抱きにしたりはしたくない。
「き、騎士様…」
若い娘が大きめの布を持って来てくれたので、ありがたくそれを使い見苦しいものを包んで詰所に戻る。
「オマッセ先輩!なんすか、それ?」
「んー、よくわからん。私も聞きたいくらいだ。」
後輩の騎士、ヨクミルト・ハンサムだ。簀巻きにした男をしげしげと見ている。
「南の通りの商店街近くにフラフラ出てきて土魔法で暴れたらしい。後からカセイドルテ氏が手続きに来てくれるから頼む。」
「了解です。…オレ、この1ヶ月ほど彼女よりカセイドルテさんに会ってる方が多いかも…」
「忙しい時はそんなもんだ。」
後はこの男の意識が戻るのを待つしかない。
「また異界人ですか。最近多いですね!」
「そうだな。気軽に来るなら気軽に戻ってくれると助かるんだが…」
セーラー男を長椅子に下ろし、ふと疑問に思っていた事をヨクミルトに聞いてみた。
「正気に戻った異界人が、何故だか私の事を『ハラさんって呼んでいいですか?』と聞いてくるのだが、異界人は長い名前を覚えられんのか?それとも世話して貰ったらあだ名でもつけるの
か?」
「さぁ。でも僕も異界人の女性に『あ!うんうん、そうね…』って言われますねぇ」
「なんだ?女性にモテると自慢しているのか?」
「全然そんな話じゃないですよ〜」
ハッハッハと笑って話しを終えるが、そうか、ヨクミルトでもそういうことがあるのだなと少し安心する。
私はどうも威圧感のある外見らしく、それこそ見回りの時には良いのだが、迷子の捕獲、婦女子への尋問はどうしても泣くか固まるか…ふぅ…
ノックの音がしてカセイドルテ氏が顔を出す。
「カセイドルテ氏、毎度毎度ご足労いただき申し訳ない。」
「カセイドルテさん、こんにちわ〜」
「オマッセ殿先程ぶりですな。ハンサムさんは今週も仕事ですか?オマッセ殿の真似なんかしていたら体が持ちませんぞ?」
「ハハ、僕先輩に憧れてるんで」
「私にゴマを擦っても何も出んぞ?」
カセイドルテ氏が帰ってしばらくすると、セーラー男がもそもそしはじめた。セーラー男はキョロキョロ辺りを見回して私に気付くと大きくビクッと肩を揺らした。
「す、すみません、ここどこですか?」
変な格好をしている割にごく普通の人だ。
普段は大人しい引っ込み思案な性格なのに、魔力酔いになると手が付けられ無いくらいに暴れるなんて良くある事だ。いやいや、この人がそうだとは限らないが。
「ここはコメジルシ王国だ。あなたはニャッポンジンか?」
「ニャ、ニャッポン??あぁ、日本人ですが…ここ…コメジルシ??幕張じゃない…会場は??あれ、川村は…」
「ニッポンジンさん、あなたはあなたの世界で言うところの異世界転移ってやつでここに来たのだが、分かるか?」
「異世界…転移…?あぁ…確か穴に落ちて…」
穴に落ちた系か…と思っていたら男はどこから出したのか分からない声で“キャッ‼︎”と言った。
「ス、ス、スミマセン、なにか着替えをいただけませんか?」
布団がわりにしていた布でセーラー服を隠そうとしているあたり、何かの事情があってこの格好をしていた様だ。ちょっと変…ゴニョゴニョ…変わった人だと思ったが、申し訳ない事をした。
「すぐに着替えを用意しよう。」
「ありがとうございます。…後、暴れて申し訳ありません。」
「僕が行ってきます。少し待って下さいね。」
「すまんな、ヨクミルト。あ、ついでに着替え用も数枚頼む。」
「わかりました」
ヨクミルトは着替えを取りに別室に向かった。その間に私は取り調べの用意をする。
この部屋には魔力分散処置がしてある。目が覚めてからも自分の状況に混乱してパニックになる人間は多々いるのだが、このニッポンジンは己の状況をよく理解している様なので直ぐにこの国に馴染めるだろう。
ヨクミルトは適当な服(さっきの商会長、カセイドルテ氏からの寄付された物だ)を何枚か持って戻って来ると男にそれを広げて見せて数枚選ばせる。
男は着ていた服以外に持ち物が無いようだからだ。
「形は元の物…一般的な…とほとんど変わないと思うから、一人で着れると思います。私達は退出した方がいいですか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
ヨクミルトが爽やかに男に聞くと、男は素直に返事をする。
「問題なければ、質問と、今後の生活について話しをさせてもらいたいのだが。」
「あ、よろしくお願いします」
着替える手を止めてわざわざ返事をする。中々に律儀な性格のようだ。
「では、まず名前を聞いてよろしいか?」
「あ、橘隆仁…タカヒト・タチバナです。」
「この国が元の世界と違うのは分かるか?」
「はい。なんとなく…異世界ってやつですかね?」
「通貨は…勿論持ってないようだな?いずれは返してもらうものだが、しばらくは国から生活費が支給される。それで生活基盤を整えるようにしてくれ。住居は寮に入ってもらう。仕事を見つけて落ち着くまでは不便だろうがそこで生活するように。仕事が決まっても元の世界との違いで、仕事が長続きせずにそのうち最底辺の生活に落ちるという事がままあるのだ。」
「はい。」
着替え終わった男…タチバナはごくごく普通のおじ…青年だった。
「生活が落ち着いたら給金の中から支給された生活費を返還してもらわねばならん。利子もとっていないから大した負担にはならんだろう。とりあえず、理解したか?」
「はい。」
私はそこでフゥッと息をつく。ここからが最も大切な所なのだ。
「…すまんが、異界から来た人間を元の異界に返す方法はわからない。そして異界から来た人間は何らか今まで持っていなかった力を持つことが多いのだが、タチバナ氏はどうやら土魔法が使えるようだ。寮に住みながら魔法の安全な使い方も学んで欲しい。冒険者ギルドで子供達と一緒にだが教室が開かれているのでそこに行ってほしい。」
「はい。」
― そこでハラグロウはふと気になった。この異界人、大人しすぎやしないか?今までならもう少し戸惑ったり、嘆いたり、パニクったりして無かったか?と。 ―
「その、タチバナ氏はずいぶん大人しいが…」
「いや、興奮してるっす!俺、異世界転生してるんだって!」
「…いや、転移な。」
どうやらナントナクと同じ種類(能天気)のタイプだけだったようだ。
「最後に、異界人は私たちと言葉が通じているようで実は違う言葉を喋っているらしい。どういう原理でお互い違和感なく通じるのかは分からんが、多分感知系の魔法が効いているのだろう。なので、言葉は通じるが文字は読めない。文字は最初から習って欲しい。なに、ニャッポン…ニッポンジンは文字の読み書き出来ないものはほぼ居ないのだろう?簡単なもんだ」
「はぁ…!だからか…」
「ん?」
初めてタチバナ氏が大人しい以外の反応をした。
「時たまなんか違う意味に聞こえるんっすよ。多分元の世界の言葉の響きと同じって言うか…」
ほう。この異界人は頭の回転も悪くない。落ち着いたら騎士団のアドバイザーみたいな事をやってもらう事も可能では無かろうか?
「例えばどんな?」
「んー、そこのお兄さんの名前、『よく見ると』に聞こえるんっすけど…」
「ヨクミルトだからな」
「感知むずいな…『じっと見てみたら』って意味の日本語になるんっすよ」
なん…だと⁉︎
私とヨクミルトは身を乗り出した。
「彼の名前はヨクミルト・ハンサムだ」
「ジーッと見たらかっこいいって意味になりますね」
なんて冷静な分析なんだ⁉︎そして、だから異界のお姉さん達『あぁ〜』なのか。
「先輩はハラグロウ・オマッセなんっス。」
「おま、なんっ!」
「あぁ、それは…関西弁入ってますね…」
「な、何なんだ?カンサイベンって⁉︎」
良くない事なのだろうか?誰かを呪うとか…
「腹黒い…なんか悪い事企んでるよ…みたいな意味かな?」
なん、と言う事だ…
私はその場で膝をついた…
「ハラさん、南の城門で異界人が暴れてるらしいっス。」
「分かった。タチバナ、戻ったら調書を頼む。」
「了解っす!」
タチバナは異界人で初めて騎士団所属になった。体術の方はまだまだ不安だが、魔法は中々素晴らしい。パニックを起こした異界人を宥めるのも慣れたものだ。
「では行ってくる。」
私の名前はハラ・G・オマッセ。今日も街の治安を守っている。
お読みいただきありがとうございます(:D)┓ペコリンチョ