{ショートショートを一杯} 「幼心」
{受賞会見の様子}
記者 〇×新聞です。平沢先生、今年度の新人賞受賞、おめでとうございます。今回の作品につきまし て、何かコメントをお願いします。
平沢 えー。まずは、ありがとうございます。この年で小説家を始めたのにも関わらず、こんなに多くの方々に私の作品を読んで頂き、本当に嬉しく思っています。
記者 そして、今回は先生に特別インタビューという事で、退職後小説家になりわずか2年で数々の賞を受賞し、奇才としてその名を響かせた先生に、「作品を作る秘訣」についてお尋ねしたいと思います。
平沢 作品を作る秘訣、ですか。・・・いざ言われると思いつかないものですね(笑)。
そうですね、あえて言うなら、「幼心」ですかね。
記者 おさなごころ・・・ですか?
平沢 はい、誰しも子供のころ持っていた、「幼心」。それが私の作品の秘訣です。
記者 それは、一体どういう事なのでしょうか。
平沢 そうですねぇ。例えば、あなたが子供の頃、初めて見た中で印象に残っているものはありますか?
記者 印象に残っているもの・・・昔、近くの神社で祖父と初めて雪を見たときの事は、鮮明に覚えていますね。
平沢 そうですか。では今、雪を見たとしたら、どう思いますか?
記者 それは、「雪だな」位でしょうか。
平沢 そうでしょう。つまり、子どもというのは、大人よりも何倍も何倍も、物事に対する鋭い感覚を持っているんです。私たちが日常の中に組み込んでしまっている些細なことを、子供たちはフィルターを通して見ているわけなんです。
記者 それが、先生の言う「幼心」なのですね。
平沢 その通り。そして、私はその心を未だ保ち続けているのです。誰もが持っていたこの心は、いつの間にか消えてしまうのです。
それは突然起こるのではなく、日常の中の何気ない出来事により、ゆっくり、ゆっくりと消えていきます。なので、今、私のような小説家や、他の芸術家になろうという人は、どうかこの心を忘れないでください。それが、私に言える事です。
記者 成る程、ありがとうございました。では次に・・・・・
「はぁ、やれやれ。肩がこった。」
ネクタイを外し、自宅のソファーにどっかりと腰を掛けると、平沢はそうつぶやいた。
「全く、幼心?何を馬鹿なことを。こんな社会でそんなものを保てるわけがないだろう。」
窓を開け、横にあった灰皿に手をかけると、平沢はポケットから煙草を一本取り出した。
「ねぇ、もうタバコはやらないってやくそくじゃなかった?」
「えぇ、いいじゃあないか。煙草の一本や二本。」
「そういうこと言ってると、もう作品かいてあげないよ?」
「あぁ、分かったよ。悪い悪い。」
不必要になった煙草をからの灰皿の上に置き、平沢は洗面台に向かう。
冷たい水で顔を洗うと、いくらか、ぼやけていた意識がはっきりとしてくる。
「でも、毎回お前には助けられてるよ。ありがとう。次も頼むよ。」
近くのタオルを手に取り、顔を拭くと、平沢は
「いいんだよ、ぼくはおじちゃんの役にたてたなら」
と、「まるで」子供の様に、にこやかに微笑んだ。