ブラック企業に勤める大魔王と聖女のボロアパート伝説
ここは魔界と聖界の狭間、名古屋。
私鉄沿線にある郊外のボロアパートの一室。
「そおら最大火力だ!」
小さなコンロの上では、鍋の中でぐつぐつと赤い液体が煮えたぎっていた。その様子はさながら地獄の鍋。
「あとはここに胡椒を…あ、新しいの開けなきゃ。」
新品の胡椒の瓶を棚から取り出し、包装ビニールを剥がそうとする、が。
「あああ!!取れん!畜生!!」
「貸してみ。」
隣からニュッと伸びた白い手が瓶を奪い、いとも簡単にぺりぺりぺり、と小気味よい音を立てて封を開けた。
「流石。封印解くの上手だね。」
「関係無いから。大魔王の爪が長すぎるだけだから。あと仕事の話やめて。」
「爪はお互い仕方ないじゃん。俺は伸ばしてないと攻撃力が落ちる。聖女は短くしてないと業務規定違反。」
「今時ネイルもできないなんて!」
金髪の聖女は頭を抱えて仰け反った。
「大体さあ、ブラックすぎるんですよ大魔王さん。」
「わかりみが強い。」
大魔王は胡椒を振りながら頷いた。
「誰が聖女と大魔王がルームシェアしてると思うわけ。」
お部屋探しに来て遭遇したあの日のことはお互い忘れられない。
「いや誰も思わないだろう。はい、味見して。」
「あーん。おいしい。大魔王の城って住んじゃいけないの?」
「住めないよあんなとこ。暗いしかび臭いし。」
「リフォームしたら?」
「リコールされる。」
「つらみ。」
せっせと皿の用意をし、大魔王はゆでていたパスタを引き揚げた。
「住めば都なんてね、限度があるんだよ。先々代は住んでたらしいけど、俺には無理。」
「大魔王も大変だよねえ。支出はないけど収入もないなんて…。」
「それを言ったら聖女だって。」
「それよ。まさか稼いじゃだめとは思わないじゃん?聖女好きで聖女になったわけじゃないのに。突然選ばれたのに。」
「それはマジで気の毒。」
「聖女は無償で皆のために尽くすから聖女なんだって。」
「誰もやりたがらないわけだよね。」
「故にね、ありがたがられる訳ですけど、結局たまに貰うお礼で食いつなぐしか…調子乗ったらすぐ叩かれるし…。」
「わかるー。」
はあ、と二人はため息をついた。明日も仕事。大魔王は恐怖を振りまき、聖女は清める。拮抗した精霊界の情勢は変わらない。
全然得にならない。早く辞めたい。でも、この生活を長引かせるには…。
((早く転職して、結婚しよ…。))