一緒に帰ろう
一日の授業が全て終わり放課後となり、教室内でイルミとシャミアは雑談をしていた。
「はぁ……今からレオンとオリハルの補習だと思うと憂鬱だわ……」
オリハルとはルーマスのニックネームで、この世界で流通している中で最も固い鉱物である「特殊超合金」を略した名前であり、彼のあまりの堅物さを揶揄したものであった。
「さ、災難だね」
「ホントよ。全くアンタのお爺さんも自分で探せばいいのに、それも、よりによって何でオリハルに頼むのかしら……あの堅物以外、誰も喧嘩を咎めたりしないってのに」
学校側が許可した模擬戦以外の戦闘行為は学院では禁止されており、処罰の対象となるのだが、冒険職の学校であるからと、ほとんどの教師はそれを見逃すか軽い注意で済ます。中にはむしろ喧嘩を煽る教師もいるくらいである。
「王都の元騎士団長だからね。ルールに厳しいのは仕方ないんじゃないかな」
「教師になったんだから緩めなさいっての。そもそも、あのレオンがイルミに絡むのから悪いのよ」
「いつも言うけど、僕は気にしてないからさ。シャミアがレオン君と喧嘩する必要はないんだよ?」
「だって、アンタの事をよく知りもせずに好き勝手に言われるのムカツクでしょ? アンタもアンタで私闘は禁止されてるからってやり返さないし、模擬戦もレベル差のせいでさせて貰えないしさ……」
昔からイルミの努力を見てきたシャミアは悔しくて堪らないと言った様子であった。そして、シャミアのその優しさがイルミの胸をいつも締め付けているのだった。しかし、今回は違った。
「ごめんねシャミア。でも、もう心配しなくても大丈夫だよ」
「? 珍しいわねアンタがそんな事を言うの。学長室で何か聞いてきたのかしら」
「えっと――」
特別課外授業の事は口に出来ないが、もう一方の模擬戦の大会の方は言っても大丈夫と判断したイルミはシャミアに説明しようとすると
――ガラッ
と、引き戸が開く音がした。
「ここにいた、イルミ」
呼ばれたイルミとその声に反応したシャミアは声の方を振り向き、そして、予想外の人物の登場に声を失う。教室内に残っていた生徒達も彼女の登場に驚いている。
しかし、彼女と顔を合わせていたイルミが教室内にいる誰よりも早く我に返り、その人物の名前を呼んだ。
「ど、どうしたんですか? コーデリアさん」
つい先程、イルミの相方となった学院一の有名人であるコーデリアは自分が注目されている事を一切気にする事なく、イルミの所まで来て
「一緒に帰ろう」
そう言った。
「え、ちょっ!」
教室の中が一瞬で色めき立った。
「どういう事?」
「なんで学院一優秀なサスフィール様が学院一の落ちこぼれなんかと?」
ガヤガヤと周りが騒ぎ立てる中、イルミの隣にいたシャミアがその疑問を代表するかのようにイルミにぶつける。
「ねえイルミ、どういう事なの! 彼女と一体どんな関係なのよ!?」
「いや、これは……」
課外授業の事は言えない。それに関する事も。コーデリアとの関係をどう説明したものかとイルミが迷っていると
「イルミは私のパートナー。それも――私と一生を共にし、私が守り抜くと誓った相手」
クラスに残っていた数名の生徒達はそれを聞いた途端、お祭り状態になった。そんな騒ぎを横目にシャミアは
「ま、待ちなさい! イルミのパートナーって何なのよ? 誓ったってどういう事?」
「詳しくは話せない。私とイルミの秘密だから」
「あのコーデリアさん、言い方を考えて……」
わざと勘違いされる言い方をしているんじゃないかと疑いたくなる言い方にイルミはつい口を出してしまう。しかし
「アンタも、これが何事か分かっているようねイルミ」
コーデリアの言っている事をイルミが理解している事に気付かせてしまい、今度はイルミが問い詰められるハメになる。
「いや、別にそういうのじゃなくて……えっと……」
本当の事を言えないイルミは言葉に詰まり、
「そう、僕のお爺ちゃんとコーデリアさんのお婆さんって仲が良いでしょ? その関係でちょっとあったんだよ」
「ちょっとって何よ?」
「うっ……」
シャミアの鋭い目つきにたじろぐと、その目線に割って入るようにして
「イルミを虐めないで」
と、コーデリアはシャミアと対峙する。
「何でアナタがイルミの味方みたいな立ち位置なのかしら? 訳が分からない事を言って困らせているのはアナタじゃないの?」
「困らせても、変な事も言ってない。でも、アナタがイルミを怯えさせているのは確か」
「ねえ、アナタじゃ話にならないから、退いてくれる? 私はアナタの後ろにいるイルミと話がしたいの」
「退かない。アナタはイルミの敵だから」
「だれが敵よ! 私はそいつの幼馴染なのよ? いいから退きなさい!」
「退かない」
女生徒だけならば、シャミアはコーデリアに次ぐ実力の持ち主。そんな学院最強の女同士の争いは、レオンと喧嘩をする時のようないつもの盛り上がりは見えず、ただただ殺伐とした空気が流れるのであった。
さっきまで色めきだっていた周囲の空気も二人の雰囲気に当てられ、緊張に包まれる。
「おい、シャミア! 放課後に俺の所へ来いって伝えたよな? いつまで教室で油を売っているつもりだ?」
地獄の鬼でも逃げ出しそうな修羅場。そんな場所へ助け舟を出すように現れたのは、シャミアを教室まで呼びに来た学院の鬼教官、ルーマスであった。
ルーマスの登場はいつも緊張に包まれるが、今回ばかりは、教室内の渦中の二人以外は逆に彼の登場によって安堵するという珍しい状況となった。
「ちょっと待ってくださいルーマス先生! まだ話が終わってないんです!」
「駄目だ、約束は約束だ。ほら行くぞ」
「ホントちょっとで良いんで! あ、引っ張らないで」
いくら学院トップの実力を持つシャミアといえど、元騎士団長の力には敵うはずがなく連れていかれる。
「お前らも、いつまでも残ってないで早く帰れ」
ルーマスのその一言で、周りで彼女達の様子を見ていた生徒達は一斉に教室から出て行く。
「よし、じゃあ行くぞシャミア」
「あの、本当にいつでも処罰受けるんで、今日は見逃して――」
「駄目なものは駄目だ」
「このオリハルがー! ちょっとくらい、いいじゃないー!」
バタバタと暴れるが、その必死の抵抗も虚しく。その圧倒的ステータス差にモノを言わせ、ルーマスはシャミアを連れて行った。
「イルミ! 絶対話して貰うからねーー!」
教室の外からシャミアの叫びが聞こえてくる。
シャミアまで連れて行かれ、二人だけになって静かになった教室内。
「じゃあ帰ろう、イルミ」
これまでの事が何でもなかったかのように話すコーデリアに
「は、はぁ」
と、情けない返事しかイルミは出来なかった。