命運をかけた課外授業
「こ、コーデリアさん?」
なぜ自分とコーデリアなのかイルミは考える。何の接点もない彼女、学院の位置づけでは対極にいる彼女と自分がどうして呼ばれたのか。
「なんですか?」
「あ、いえ……」
「?」
彼女は首を傾げる。
「よし、二人が揃った所で本題に入るが――おい、ジーク! ここに誰も近付けるんじゃねえぞ!」
ジークとはコーデリアを呼びに行ったルーマスの名前である。
「了解しました!」
部屋の外からルーマスの声が聞こえる。コーデリアと一緒に来て、外で待機していたようである。
「ん、じゃあ、話すけど、お前らに集まって貰ったのは、特別課外授業を受けて貰うためだ」
「特別課外授業……ですか?」
コーデリアが来たことで、イルミのレイヴァンへの口調が祖父から学長に向けたもの変わっていた。
「実はやっかいなモンスターが出たんだが、サスフィールの嬢ちゃんは、お前の所の婆さんから話は聞いているか?」
「はい。経験値が一億以上のモンスターが出たと聞いております」
「い、一億!?」
イルミはあまりの桁の大きさに声を張り上げる。
「モンスターの強さとしてはそれ程じゃねえが、その経験値量がマズい。そんなモンスターの存在が知られたら大騒ぎだ。ま、要するに今回の課外授業はそのモンスターの討伐をして貰う」
その話を聞いてイルミは自分が呼ばれた理由を察する。
「つまり、僕はそのモンスターにトドメを刺す役割という事ですね?」
彼の役割。レベルが上がる事のない彼の体質を利用して、そのモンスターの膨大な経験値を吸収する器役にする計画。
「流石に飲み込みが早えじゃねえか。だが、お前が一人で戦って勝てる相手でもない。そこで、サポートとしてサスフィールの嬢ちゃんに協力して貰う」
学院で一番の優等生がサポート役。
「とは言え、あくまで授業だ。危険がないように俺と嬢ちゃんの婆さんも一緒について行く。あまり手を出すつもりもないが、まあ、保険としてだ」
――コーデリアさんのお婆さんって確か
聖騎士ルミナール。レイヴァンと肩を並べ大戦を勝利へと導いた女性であり、イルミは昔、祖父から彼女の話をよく聞いていた。しかし、ほとんどが、口が悪いとかお淑やかさが足りないなど、冒険とは無関係の余計な情報であった。
しかし、そんな伝説級の人物が二人も協力があるというのは、まさに巨大船に乗ったようなものである。
「ま、ちょっと世界の命運がかかった課外授業だが、お前らは気楽に取り組んでくれ。そのための俺達なんだから」
「…………」
一億の経験値を持つ存在がいる現実を消化しきれないイルミだが、他の誰でもない勇者である祖父が言っているのだから信じるしかなかった。そして、本当にそんな魔物がいるのなら、世界の命運がかかっているのが冗談でも何でもない事を理解する。
――僕に世界の命運が……
「……だからそう気張るな」
レイヴァンは重圧に飲まれそうになり、イルミが固くなっているのをすぐに見抜く。
「勇者になりたいなら、若い内からちょっと世界を救ってるくらいが丁度いいんだよ。これくらい日常茶飯事だぜ【勇者】なんて」
「……うん、そうだよね」
態度が無意識に祖父へのものに変わって返事をする。
祖父から聞いた数々の英雄譚。世界が危機に瀕する度に、祖父が救ってきた。
【勇者】になった後も、なる前からも。
そんな祖父にイルミは憧れを抱いて勇者を目指しているのだ。
自分もその頂を望むなら、同じだけの事を成し遂げなければいけない。
――これが、勇者への一歩目。僕の英雄譚、最初の物語……。
「……あの、質問よろしいでしょうか?」
傍らでしばらく黙っていたコーデリアが口を開いた。
「ん? どうした嬢ちゃん?」
「なぜ私は彼のサポートなのでしょう?」
「え」
サポート役を担うのを嫌がられたと思い、イルミはショックを受ける。
「お前の婆さんから聞いたんじゃねえのか? コイツのサポートに選んだのは、お前の婆さんが信用出来る相手だったからだ。大っぴらに出来る任務でもないからな」
「いえ、それは聞いているのですが」
「じゃあ何を聞いてるんだ?」
「この任務に私は本当に必要なのかと思いまして。お婆様もシンドレア学長もおられる任務に私が同行するのは却って足手纏いになるのではないかと」
自分が嫌われていたのではない事にイルミはホッとする。
しかし、コーデリアの言う事は最もであった。学院で飛び抜けて優秀であるとしても、あくまで学生の中での話。その二人がいれば、自分の戦力なんて雀の涙程にもならない事を彼女は理解している。経験値を受け止めるイルミは別として、自分は本当に必要なのか。それが彼女の疑問であった。
「それだけは、お婆様に聞いても答えてくださらなかったので」
「はっはっ! そりゃ照れてんだ、嬢ちゃん」
「照れ……ですか……?」
コーデリアは首を傾げる。イルミも彼女と同様に分かっていない様子である。
「自分の孫が可愛いから贔屓したなんて、本人には言えないだろ? 結局、俺達年寄共は自分の孫が可愛くて仕方がないんだよ。自分の孫が成長出来る好機があったら贔屓してでも挑戦させるものさ。それが自分に憧れを抱いている孫だったら尚更な」
これは自分に向けての言葉でもあるとイルミは感じる。
「アイツと同じ【聖騎士】を目指してるんだろ?」
「はい」
「それなら、うちの孫を全力で守ってやってくれ。まあ、俺の孫だ。簡単にやられはしないだろうが嬢ちゃんの助けは絶対に必要になる――頼まれてくれるか?」
その問いに、
「了解しました」
コーデリアは返事と共に右手を左胸に当て
「この命に代えても――私が彼を守ります」
騎士が誓いをたてる姿勢をとり、コーデリアはそう答える。
「うん、頼んだ――お前も黙って女の子に助けられんじゃねえぞ?」
「わ、分かっています!」
助けられる気など元々イルミにはなかった。それより、コーデリアの見ず知らずの相手を、頼まれただけで、命を懸けで守ると誓った事が気になっていた。
コーデリアの性格を良く知っている訳ではないが、噂だけはよく耳にする事があり、彼女は学長に頼まれたからと言って建前で誓いを立てる人間ではないようにイルミは思う。
「ん、じゃあ、詳しい情報はまた話す。ポロっと話しちまったらシャレにならんからな。作戦の決行は一ヵ月後。それまでにお前らはキッチリ連携を取れるようになって貰う」
「一ヶ月……」
ある程度の連携は取れるだろうが、世界の命運をかけた重大な任務にあたる上で一ヶ月という期間はかなり短いように思えた。
「確かに短いが実はそれほど悠長な事も言ってられなくてな。いつ、奴の存在がバレてもおかしくない状況だから」
今回の件で一番の問題となるのが情報の漏洩であり、時間をかければかける程、罅が入ったコップの水のように、その情報は徐々に漏れ出ていく。
「俺達の準備にも最低一ヶ月はかかる。要は一ヶ月の訓練期間は、その期間だ――ただ、仮想の中で連携を取っても実戦で取れなかったら意味がない。……そこでだイルミ――お前、学院の奴らを見返したいんだろ?」
コーデリアが来る前に話していた事だ。
「その機会を与えてやる」
「一体、何をするんですか?」
「レベル制限を取っ払った模擬戦の大会を開く。それも一対一のタイマンじゃない。タッグチームを組んでのバトルロワイヤル式の大会だ」
「バトルロワイヤル……」
「最近、生徒達がステータスばかりに重視し過ぎて、その他の技術や知識が疎かになっていると前々からある教員に問題提起されていてな」
イルミの頭に気だるげな女性教師の顔が浮かぶ。
「タイマンじゃレベルの差によるステータス差がそのまま結果に出やすい。だが二人ペアのそれもバトルロワイヤル、連携の錬度、環境への理解、戦術、それらの差によってレベル差も克服出来る。それを学んで貰うイベントってわけよ。お前はどう思う?」
「いえ、自分に意見を求められましても……」
と言いつつ――悪くない。そうイルミは感じた。
学院にいる生徒の最高レベルはコーデリアの35が最高であり、これはレベル25前後の生徒、二人がかりなら倒せなくはない。上手く二対一に持ち込める事があれば状況は一変する。二対二の場合、多少のレベルの差は戦術、戦略で簡単に覆る。
「ま、要はお前らでコンビ組んでその大会に向けて特訓してくれって事だ。大会は三週間後。明日の朝から発表して、そこから自由にコンビを組んで貰う。大会への参加も自由。喧嘩好きのバカばっかりだから勝手に参加者が集まるだろうが、まあ景品の一つは出す予定だ」
「そこで私達は優勝をすればいいのですか?」
「いや、別にしなくてもいい。こんなの結局お遊びだからな。だが――【勇者】と【聖騎士】志望共。そんなお遊び程度の模擬戦、余裕で勝つくらいじゃねえと。どっちも、そんな甘い道じゃねえんだからな?」
「「分かっています」」
声の張りは違えど、新たに結成されたレベル差34のコンビはレヴァンの覚悟の問いに対して同時に即答した。
「よし。そんじゃ今日はもう解散だ」
その解散の合図とほぼ同時に昼休憩の終了を知らせるチャイムが鳴る。
「ちと、話しすぎたか。ほら、早く行けお前ら、学生の本分忘れるんじゃねえぞ」
「では学長、失礼します」
先にコーデリアがレイヴァンに挨拶をして出て行った。
「じゃあ、僕も――」
失礼しますと、コーデリアに続いて出ようとすると
「なあイルミ、これを機に嬢ちゃんと恋仲になってもいいんだぜ?」
不意にレイヴァンがイルミをからかう。
「なっ、何言ってるんだよお爺ちゃん!」
ニヤニヤとイルミの反応を楽しむように眺めながら
「はっはっ! いいじゃねえか別に悪い事じゃないんだから! まだ学生だろお前? 夢を追うのも結構だが、甘酸っぱい青春だって経験しねえと勿体ねえだろ。それともあれか? サスフィールの嬢ちゃんよりシャミアの方か?」
「だから別に興味ないって! ……もう、行くからね!」
イルミは少し顔を赤らめながら学長室を後にする。
「…………」
バタンとドアが閉まる音を聞き、二人が出て行ったのを見届け
「さて、それじゃあ俺の仕事を始めに行くか。やっぱり、学長なんて肩書き俺に似合わねえからな」
椅子から立ち上がったレイヴァンは部屋の窓を開ける。
「あっと、そうだ、忘れる所だった――おい、ジーク! 見張りを辞めていいぞ! あと、ここの窓を締めとけ!」
「承知しました!」
二人が出て行ったのを見てもまだ見張りを続けていたルーマスにレイヴァンは指示を出す。
「たく、あの堅物め、誰に似たんだつうの」
かつて自分の弟子であったルーマスに悪態を吐きながら、レイヴァンは4階の窓から外に飛び降り、外に待たせていた茶色の毛色で翼幅が8M ある大きな鳥――アルリスに乗り、『スーカ』を発見したサウマリア大森林へと向かうのであった。