血気盛んな学院
「エルシア先生は流石だったね」
午前の授業が終わり、昼休憩になり二人は食堂に来ていた。空いている席で向かい合って座り、シャミアは学食で買った本日の定食「川魚のフライ定食」、イルミは今朝作った特製弁当を食べていた。
「何がよ。とんだ貧乏くじだったわよ。あの力でジョブが【魔道士】ってありえないでしょ」
顔をしかめて痛みを思い出すように額をさする。
「あはは。でも、寝てるシャミアが悪いよ」
「別に正論は聞きたくないわ――っと」
箸を伸ばして、イルミの弁当のおかずを取る。
「ふふん、私を不快にさせた罰として、これ貰うわね」
掴んだのは肉団子であった。
「どうぞ、どうぞ」
かなり自分勝手なシャミアの理屈だがイルミは是非食べて欲しいと言った感じに勧める。
「ん! なにこれ超美味しい!?」
「よかった。昨日バイト先でタレの作り方を教えて貰ったから作ってみたんだ」
美味しいと食べてくれるシャミアにイルミは微笑む。
「甘辛さが丁度いいわね! やっぱり、料理系の熟練度は結構溜まっているみたいね」
「料理は毎日作っているから、それに長い事『双児宮』にお世話になっているからね」
「ま、あそこはアンタにとって特に大事な場所だもんね……あ、もう一個貰うわね」
イルミの返事を待たず箸を伸ばして肉団子を口に運ぶ。「おいしい~」と至福の声がシャミアから漏れる。
「……やっぱり、こういう事も大切なのよね……」
「ん? どうしたの、シャミア?」
「エルシア先生が言ってたでしょ? 学びに無駄はないって。料理も同じなのかなって」
「きっと同じだよ。でないと――困る」
「うん、そうよね……」
しばらくの沈黙の間に、お互い、黙々と昼食を平らげていく。
「あーあ、アタシもアンタに負けないくらいもっと努力しないとなー」
そして、皿の上を綺麗にしたシャミアが話し始める。
「料理の話? いつでも教えるよ?」
「まあ、料理もそうなんだけど。そのストイックさを見習いたいなって」
「シャミアは十分ストイックだよ」
イルミも食べ終わり空になった弁当を片付ける。
「私なんて先生の言うとおり勉強の方はカラッキシなわけだし。アンタみたいに私も――」
「あれ? 『レベル1』のイルミじゃん? お前まだこの学校にいたのか? なあ、才能ないんだから、早くこの学院を辞めた方がいいってアドバイスしたよな?」
ニヤけた顔で金髪の少年が取り巻きを連れてイルミに絡んできた。少年の言葉に取り巻き達も嘲るように笑う。
「…………」
イルミはそれを黙って無視する。
「おい、何黙ってんだ? なあ、冒険職はステータスが命、知ってんだろ? レベル1から上がらないお前が冒険職になれる訳ねえだろ。今からでも道を変えた方がいいぜ? 製造職か? 生産職か? 商人か? まあ、何にせよ冒険職よりはどれもマシ――」
――バンッ!!
机を叩きつける音が響く。叩かれた机には少し罅が入る。
「ねえレオン、誰が冒険職になれないって?」
レオンと呼んだ少年を睨みつけ、シャミアは立ち上がる。
「それにイルミに絡むなっていつも言ってるわよね?」
「はっ、出たなイルミの子守が。お前には用はないんだよ。俺はイルミと話してるんだ。邪魔するんじゃねえ」
「私とイルミが話してたのを邪魔してきたのはそっちでしょ?」
――あー、また始まった……。
イルミは内心でうんざりする。
「そんなに、弱い奴の子守が好きなら、冒険職なんかより子守してる方が向いてるんじゃねえの? いや、でもその馬鹿力じゃ子守する子供に怪我させちまうか」
「アンタこそ、その小悪党ぶりは悪党職がお似合いなんじゃない? 【盗賊】の下っ端なんかがピッタリじゃないかしら?」
「あ? 言うに事欠いて【盗賊】だ? 喧嘩売ってんのか、ゴリラ女?」
「は? 上等よ。この前の模擬戦みたいに叩きのめされたいの?」
レオンとシャミアの間に火花が散る。
「ちょ、ちょっと! 二人とも落ち着いて――」
イルミがいがみ合う二人を間に入って喧嘩を止めようとするが――
「「黙ってろ(て)」」
味方してくれていたはずのシャミアにまで怒鳴られて、ガックリ肩を落として沈黙をする。
「お? なんだ、喧嘩か?」
「おい、またレオンとシャミアだぞ!」
二人の喧嘩を聞いて周りの生徒達が集まりだす。
「おい、レオン! 今度は無様な姿さらすなよ!」
「シャミア様ー! 頑張ってくださーい!」
「急いで机を退かせ! フィールドを作れ!」
騒ぎを聞きつけガヤガヤと集まった野次馬達が一斉に食堂にある椅子や机を端に退かし始め、二人が喧
嘩出来るだけの広い空間を作る。
「あー……なんで冒険職志望はこんな血気盛んなんだろ……」
イルミはボヤキながら、いつもの事だと諦めて野次馬に紛れる。
「謝るなら今のウチだけど? まあ、別に謝らなくても、女性は傷つけられないとか、それっぽい理由を付けて尻尾巻いて逃げるなら見逃してあげるけど?」
「ふざけんな。初めて戦った時から俺はお前を女だと思った事は一度もねえ」
「あーアンタをボコボコに打ちのめしたあれね。あの時からレベルは変わったのかしら?」
「今はお前よりも上だ。経験値試験は昨日だぞ? 知ってて言ってるだろ? それともバカだから忘れたか?」
「アンタのレベルなんて気にしてるわけないでしょ? 自意識過剰なんじゃないの?」
自分より上のレベルだった生徒をキッチリとカウントしていた事を知っているイルミは、シャミアが堂々と嘘を吐いている事に呆れる。
「……辞めましょ。口喧嘩がしたい訳じゃなかったわね」
「そうだったな――おいっ!」
レオンが野次馬に向かって叫ぶと、彼の取り巻きの一人が持ってきた訓練用である木製の片手剣が投げ
られる。それをキャッチし、剣を下段にゆったりと構え、半身となって腰を落とす。
「あら、自慢の宝剣じゃなくていいのかしら?」
携帯している戦闘用の皮の手袋を手に嵌め、踵を上げてステップ踏み始める。
「あれを使ったら一振りで終わっちまう」
「抜かさないで」
「事実だ。勝負方法はいつも通り『可視化HP』でいいか?」
「ええ、いいわよ」
『可視化HP』はシンドレア学院で使用されている訓練用の擬似ステータスであり、模擬戦などでよく使われている。
使用すると、使用者の頭上にHPバーが表示され、攻撃を与えた時、互いのステータス値や当たった部位から算出されたダメージ量分のHPバーが削られる仕組みになっている。
また魔法などの回復を受けると削られた分のHPを回復する事も出来る。
シャミアとレオンの頭の上にHPバーが表示されると囲んでいた野次馬達の歓声が大きくなる。
二人は互いに目を合わせながら、ジリジリと間合いを詰めていく。
相手の出方を伺いつつ、仕掛けるタイミングを計る。
そして、先に仕掛けたのは――シャミアだった。
地面を強く蹴り、高い敏捷を活かし速攻をかける。
「うらぁ!」
容赦のないシャミアの拳がレオンを強襲するが、レオンはそれを剣で受け止める。
ミシィ――とレオンの持つ木製の剣が軋む音がする。
「こんの馬鹿力ッ!」
シャミアのとんでもない「力」に悪態をつきながら両手で剣を支え、押し返す。
押されて少し後退するシャミアに今度はレオンが仕掛ける。
しかし、シャミアはその剣の軌道を見切り軽快なステップでそれを避ける。
「アンタは遅いのよレオン!」
「チッ! お前は「力」と「敏捷」に振り切り過ぎなんだよ!」
当たらない攻撃に一度距離を取ると、
「ふぅー」
深く呼吸を吐くと剣を中段に構えるとレオンの持つ剣に風が纏わりつく。
「『シル・フィード』……!」
片手剣スキル『シル・フィード』は風を剣に纏わせ、剣速を上昇させるスキル。
「アンタ、それ扱い切れるの?」
効果は強力だが、普段よりも剣速が大幅に上がるせいで扱いが難しいとされるスキルであった。
「当然だ。俺を誰だと思っている」
「そっ、今日は軽く相手する程度のつもりだったけど、そっちがその気なら――」
ガシッ――と両手の拳を重ね合わせる。すると重ねた拳が緋色の炎を纏い燃え始める。
「私もスキル使わせて貰うわねッ!」
太陽のような溌溂として笑顔を向け、燃えたぎる両手の拳を構える。
「わぁーやっぱり綺麗な炎ー」
シャミアを応援している女生徒の一人が炎の色を褒める。
「相手にする分には恐怖でしかねえけどな」
その言葉に対して、嘗て、模擬戦でシャミアを相手にした事がある男子生徒がその時の事を思い出し、苦々しい顔をして反応する。
シャミアが使ったのは、素手スキル『リアリス・フレイズ』。
『シル・フィード』が風の力を借りるとすれば、『リアリス・フレイズ』は火の力を借りたスキルであり、その効果は単純にして明快、拳の威力の向上であった。
元から「力」の高いシャミアにスキル効果で更に威力が加わった拳は、レオンでも、その余裕の表情を崩しそうになる程であった。
「さあ、行くわよ?」
「ああ、来いよ」
ジリッ――と地面を踏みしめる音が鳴り、両者が駆けだし、二人の剣と拳が交わる――
「お前ら何をしている?」
野次馬で出来た囲いの外から低い男の声がする。
その声を聞いた瞬間、野次馬達の歓声が止み、シャミアとレオンは双方共に動きを止め、スキルが解除され、ダラダラと冷や汗が流れ落ちていく。
「お、おい、なんでオリハルが食堂に来るんだよ」
「バカ、聞こえるぞ……」
オリハルと呼ばれた男は無表情で生徒達の間を掻き分け、輪の中心人物の元へ向かう。
「はぁ……やっぱり、お前らか……レオン、シャミア、私闘は禁止だと何度も教えたはずだが?」
「い、いや、これはですねオリ……ルーマス先生……」
オリハル改めルーマスに向け、シャミアは何か言い訳をしようとするが、自分が嵌めている戦闘用の手袋を見て何も言えなくなる。目の前にいるレオンもしっかりと剣を握り締めており、言い訳の余地がない状況であった。
「あー……」
なんて不運だろう――と、イルミは二人を哀れに思う。
ただイルミも他の生徒と同様に普段は食堂で見かけないルーマスが、なぜ今日に限って食堂に来たのか不思議に思っていた。
「まあいい。お前らは、とりあえず後だ――おい、イルミはいるか?」
まさか自分の名前が出ると思っていなかったイルミは驚いて反応が遅れる。
「ん? いないのか?」
「あ、い、います! います!」
急いで名乗り出て、存在を主張する。
「ん、そこにいたか。探したぞイルミ。学長がお前を呼んでおられる。すぐ学長室に向かってくれ」
「え、おじ……学長がですか?」
「ああ、話があるからお前を呼んできてくれと頼まれた」
「そう、ですか」
「俺はもう一人呼びに行く生徒がいる。先に学長室に行ってくれ」
「はい、あの、えーと」
チラリとこれから説教される二人を見る。
「どうしたイルミ? 行かないのか?」
何故かその場から動かないイルミをルーマスは不審がる。
「い、いえ、行きます」
――ごめん、二人とも!
私闘が始まった原因も、その私闘がルーマスに見つかった原因も、自分にあるイルミは、これから説教される二人に対して後ろ髪が引かれるが、どうする事も出来ずにその場を離れる。
「さて」
イルミが学長室に向かったのを見届けてから、問題児二人の方に向き直る。
「お前らの処罰だが……今から――」
たらたらと二人から汗が流れ落ちていく。
「と言いたい所だが、生憎、俺にはまだ用事がある、だから――」
――と言う事は、もしかして!
一筋の希望に二人の顔が持ち上がる。
「放課後、俺の所へ来い。遅くまで、みっちりしごいてやる」
と、二人の頭に浮かんだ甘い考えの可能性を木っ端微塵に粉砕され、二人仲良く、揃って肩を落とした。
「それと――」
ルーマンは学食の周囲を指差した。
「机と椅子をちゃんと元の位置に戻しておけ。午後の授業に遅れないように急いで取り組め」
そう言い残し、ルーマンは探しているもう一人の人物の所へと向かう。
やっと鬼の教官から解放された二人が、周りを見ると、さっきまで集まっていた野次馬達が嘘のように消えており、食堂には二人と、二人の決闘のために退かされた大量の椅子や机が散らばっていた。