頼り
「僕はどうしても人に頼ってしまう。今回もリアに助けられてばっかりで、結局僕は何も変えられなかったんじゃないかって思うんだ」
シャミアに助けらてばかりだった自分を変えようと彼女から離れ、その離れた先でも別の人に助けて貰っては堂々巡りもいいところ。
「本当に馬鹿ね、アンタは」
「ば、馬鹿って……」
「馬鹿よ、大馬鹿――アンタが人に頼らないで生きていける訳がないでしょ? それを変えようなんて、自殺行為もいい所よ。アンタが今までどれだけ私を頼ってきたと思ってるのよ?」
決別した三週間前まで、イルミは自分になど頼っていないと言っていたシャミアは意見を変えてまでイルミに言う。
「だから――!」
それに反論しようとするイルミの口元にそっと人指し指を添え、黙らせる。
「だから私じゃなくてコーデリアと大会に出場したって? でも結局、一人の力じゃ勝てなかったから何も変わらなかった? レベル1のくせに――自惚れないでよ」
シャミアにしてはイルミに対して辛辣な言葉を投げかける。
「アンタ一人で出来る事なんて何もないわ。今までどうやって強くなったか思い出してみなさい? アンタほど、誰かを頼って生きてる人間はいないはずでしょ?」
シャミア以外にも、祖父のレイヴァンを初め、ルディアとリディア、ルリなどの酒場『双児宮』の人達は勿論、酒場で出会った沢山の人がイルミの熟練度を上げる手伝いをしてくれている。
「誰かに頼って強くなったアンタが、ちょっと実力がついたからって、独り立ちしようなんて、おこがましいにも程があるわ」
視野が狭かったとイルミは思う。
シャミアに頼りきりな自分を変えたいと思っていたが、頼りきりだったのは彼女だけじゃない――もっと沢山の人達に支えられ生きていた。
「うん……シャミアの言うとおりだ。僕は人に頼り続けてここまで来たんだった。そんな僕が頼らずに生きようなんて、無茶だったよ」
シャミアに頼りっぱなしな自分を変えたいという気持ちは、強くなるための想いではなく、弱く不甲斐ない自分から目を逸らしたいだけの気持ちであった事にイルミは気付く。
「そ、それに、私だってアンタを頼りにしてるんだから! イルミがいなかったら、私はここまで強くなれなかった。アンタが一緒に居てくれるから私は頑張れるの」
「あ、えっと、そうなんだ……」
突然の告白に恥ずかしくなり照れるイルミを見て、シャミアにも伝染し
「も、勿論、『双児宮』の人達も、技能の師匠達も皆、アンタの事を頼ってるんだからね!」
照れ隠しとして、自分以外もイルミを頼っている事をついアピールしてしまう。そして、その話の流れで、シャミアは大会であった出来事を思い出す。
イルミに言うか迷うが、彼のためを思って話す事にする。
「きっと、コーデリアもアンタの事を頼りにしてると思うわ……」
「リアが?」
「うん、あの、えーとね」
ここまで話しても続きを話すのを躊躇うシャミアだったが、やっと口にする。
「負け惜しみになるから言いたくはないんだけど、コーデリアとの戦いは途中まで私の方が優位だった。まあ、優位って言ってもほんのわずかだけど。それでも、きっと、ただの模擬戦で戦ったら私は勝ってたと思う」
「ただの模擬戦ならって、じゃあ今回は何があったの?」
「何があったのじゃないわよ、あれ作ったのアンタでしょ?」
あれとは何だろうかと考えるが、大会中に作ったとなれば一つしかなかった。
「もしかして、回復薬?」
大会開始前に採取し、念のためにと作った回復薬。レオンとの戦闘するうえでも大いに役に立ったアイテム。
「そうよ……突然、何かを飲んだと思ったらHPを回復されて驚いたわよ。アイテムの持込が禁止なのに使用出来たからアンタが作った奴だってすぐに分かったわよ……」
コーデリアが一本だけ受け取った中位回復薬。それをコーデリアはシャミアとの戦闘中に使用したのだった。
「そのおかげで優位が逆転して、そのまま負けちゃったわ……まあ、負けは負けだから文句は言わないけど、でも正直、私はコーデリア個人にじゃなくて――アンタ達チームに対して負けたと思ってる」
「チームに……」
それは大会に出場するきっかけとなったコーデリアとの連携を取る事とは少し外れているかもしれないが、チームで機能した事実は十分に大会に出場した価値があったといえる。
「コーデリアがいたから勝てたみたいな事を言ってるけど、あの子もアンタがいなかったら勝てなかった。アンタは一方的に頼っていたみたいに言うけど、そんな事はないの」
「……うん」
役に立っていた。イルミの積み重ねた細かな努力が勝敗を分ける形で。
「それとレオンが再戦したがってたわよ。次は熟練度上げなんてふざけたマネはしないで、初めから剣を使えだって」
シャミアが話したのか、イルミが片手剣ではなく短刀を使っていた理由をレオンは知っていた。
「アイツのあんな悔しそうな顔、今までで一番スカッとしたわ。次やる時があったら、それこそ立ち直れないくらいにボコボコにしてやりなさい」
「あ、あはは……」
仮にも同じチームであったレオンに向けたシャミアの怨恨の言葉にイルミは苦笑いを浮かべる。
ただ、レオンが再戦を希望しているという事は、それなりに自分を認めてくれたのだろうかとイルミは思う。
しかし、もし本当にレオンがイルミを認めていたとしても、それはまだ、目的の達成とまではいかない。次は自分の実力を学院全てに認めさせなければいけない。
今回の大会はイルミにとって、その目的の足掛かりであった。
――次は……。
「もう立てる? 大丈夫なら帰りましょう。今日は久しぶりに一緒に」
「あ、うん、そうだね」
一緒に帰るという言葉にコーデリアの顔が過ぎり、嫌な予感がしつつも、イルミはシャミアとそれを了承してベッドから起き上がり、立ち上がる。そして、仕切っていた白いカーテンを開けて外へ出ると、窓の外は夕焼色に照らされていた。
二人が出て行き静かになった保健室。
さっきまでイルミが寝ていたベッドの隣のベッドで寝転がりながら、当たり前のように二人の会話を聞いていた保険医のメルが
「全く……ボクは回復で疲れて寝たいというのに、随分と青い会話を聞かされてしまったよ……」
と、迷惑そうな愚痴を零しながらも、満足そうな笑みで再び目を閉じた。
その後、イルミの嫌な予感は的中し、玄関でイルミと一緒に帰ろるつもりで待っていたコーデリアと鉢合わせし、更には、彼女が『双児宮』で住み込みで働き、イルミと同棲している事がシャミアにバレ、再び三人のいざこざが始まるのであった。




