否定
差。
努力をしても埋らなかった明らかな差。
「お前には突出したものが足りねえ。もし、お前にシャミアくらいの「力」があれば、コーデリアくらいの「耐久」があれば、【魔法使い】のようにさっきと同じ威力の魔法を連発出来れば――お前の「敏捷」は何よりも脅威に成り得た」
逆に言えばそれらがないイルミの「敏捷」は恐るに足る物ではないと言っている。
「俺のスキル攻撃が直撃しても耐えるだけの「耐久」に、そこそこダメージが入る「力」、高威力の短文詠唱魔法、確かにお前はレベル1にしては嘘みたいな実力を持ってるよそれだけの能力にお前の「敏捷」と戦闘技術があれば、大体の生徒には勝てるだろうよ」
珍しくイルミを認めるような事をレオンは言う。
「でも――そこ止まりだ」
そこ止まり。学院レベル。器用貧乏。
【盗賊】のスキルで敵を探していた時にコーデリアが感じていた事を、はっきりとレオンはイルミに弱点であると言っているのだった。
「そんくらいの実力は一定のレベルを過ぎれば通用しねえ。単純に勝つためのステータスが足りねえんだよ。だからワザと攻撃を受けるなんて、馬鹿みたいな作戦が通用しちまう」
シャミアのように必殺の一撃を打てる「力」があれば、コーデリアのようにどんな強烈な一撃も耐えられる「耐久」があれば、攻撃をワザと受けて隙を作るなんて手法は使えなかった。
「もう認めちまえよ。レベル1から上がらねえ奴が冒険者になるなんて無理だって、ましてや――【勇者】になんか絶対成れねえって事をな」
「…………っ!?」
それはイルミの生き方への、勇者を目指す事で努力を続けたイルミへ向けた最大級の否定であった。
「いい加減、現実を見て諦めろよ」
レオンはイルミが【勇者】を目指している事をシャミアから聞いていた。
入学当事から実力が似通っていた二人は野外授業などの授業中、一緒に行動する事が多く、その度にレオンはシャミアからイルミの話を聞いていた。
何度も、何度も――
「イルミは凄い幼馴染なの」
「イルミに負けないように努力してるんだ」
「イルミは勇者になる男なんだから」
「イルミの隣で肩を並べていたいの」
「イルミが――」「イルミは――」「イルミの――」「イルミって――」
笑顔で、何よりも嬉しそうな顔で、幼馴染について。
――否定してやる。
努力も何もかも完膚なきまで、一片も残らず否定する。
いつしか、そうレオンは考えるようになっていた。
どれだけ嘲り、蔑視し、侮蔑し、侮辱し、屈辱にまみれさせても、一度も喧嘩に乗って来なかった相手がやっと、戦闘の場に引き摺り出て来た。
「惨めだろ、辛いだろ、キツイだろ、シンドイだろ、苦しいだろ」
――否定
「無駄なんだよ……無謀なんだよ……無茶なんだよ……無理なんだよ……無意味なんだよ」
――否定、否定
「自分でも分かってんだろ? 疑問に感じてるんだろ? 不思議に思ってるんだろ?」
――否定否定否定
「頑張ろうとすんじゃねえよ! 自分に期待すんじゃねえよ! 夢なんか抱いてんじゃねえよ!」
――否定否定否定否定否定否定否定否定
「鬱陶しいんだよテメエは! 諦めない気持ちがそんなに美しいか!? 夢を追うのがそんなに心地いいか!? 何をしようが、どんな努力を積み重ねようが、才能のないテメエに良い未来がある訳ねえだろ!?」
――否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定ッ!
「俺はテメエの全てを否定する! 『レベル1(ザ・ワン)』のイルミ!!」
レオンの感情の爆発は剣を纏う風に伝わると、周囲に突風が吹き荒れる。
鳥達が一斉に逃げ出し、落ち葉が舞い、木の枝を揺らす。
その感情を受け止めるようにイルミは暴風の中、レオンに向けてゆっくりと前に出る。
「……れるか」
「ああ?」
風の音でイルミの声は掻き消され、よく聞き取れずに粗暴に聞き返す。
「諦められるかって言ってんだよ!!」
それはイルミにしては荒い口調だった。
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 僕の努力は! 夢は! 誰にも否定させない! 否定していいのは僕だけだッ!!」
怒りを剥き出しにイルミは吼える。
「じゃあ、否定させてやるよ! もう一生立ち直れないくらいになぁ!!」
同時に飛び出した二人の感情がこもった得物が再び交わり、激突音が周囲に響いた。




