『スーカ』
ガンドルグ大聖堂で経験値試験が行われている一方、イミル達が住む、サウマリア大陸にある王都カンパネラの王宮内。王と一部の臣下しか知らない、緊急時のみ利用される、その秘密の部屋に人影が二つあった。一人は豪華な装飾が施された服を着ており、その顔は険しく威厳に満ちた顔立ちで初老の男。もう一人は、その男と対照的にみすぼらしい格好をした老人であった。ただ、老人であるにも関わらず背筋は伸び、白い髪と髭には風格を感じさせ、ニヤつく顔は余裕の現れのように見えた。
「それは本当なのですか? レイヴァンさん?」
威厳と気品を兼ね備えた初老の男は険しい顔のまま聞き返す。
「さん付けは辞めてくれ、アンタは王様なんだ、レムール王」
しゃがれた低い声で王と呼ぶ相手を軽く嗜めるレイヴァン。
「いえ、この大陸中どこを探しても、アナタに頭が上がる人なんておりません……それより、先程の話です」
神妙な面持ちでレムールは、再び確認する。
「本当に経験値が――一億を超えるモンスターが出たというんですか?」
「あぁ、俺の『垣間見る深淵』で確認した。モンスター名は『スーカ』だ」
『垣間見る深淵』とは、対象のステータス情報を確認する魔法である。
「アナタの魔法でステータスを確認したというのなら、それは確かなのでしょうが……」
信じきれないといった様子をレムールは見せる。
「ま、信じられないのも無理はないか。今まで確認出来た一番経験値が高いモンスターでも五万もいかねえ。たく、規格外過ぎるモンスターもいたもんだぜ」
「しかし、それだけ高い経験値を持つモンスター、かなり危険なのでは?」
基本的に持っている経験値が高ければ高いほど魔物は強い。一億もの経験値を持つ魔物に危機感を覚えるのは当然と言える。
「ステータスを見た予想だが、今の俺がまともに戦って勝てるかどうか――」
「【勇者】であるアナタが!? それ程、強靭なモンスターなのですか……?」
「まあ、モンスターの中では強靭な方ではあるが、認識が少し違うな、レムール王」
髭を撫でながらレイヴァンは言う。
「むしろ弱過ぎる」
「アナタが勝てるか分からない相手が弱過ぎる……ですか?」
怪訝な表情を浮かべる。
「それだけ経験値を持つモンスターが、倒せる可能性があるのが問題なんだ。きっと、奴はそこらの【賢者】【聖騎士】【拳聖】みたいな上級職の精鋭を集めれば倒せるだろうよ」
「では、今回の事態はアナタが活躍した、かの大戦程ではないのですね」
レムールが安堵するのも束の間
「いや――」
即座にレイヴァンの否定が入る。
「もしかしたら、あの大戦と同等、いや、それ以上の事態になる可能性も考えた方がいい」
レムールは意外なその答えに目を丸くする。
「いやしかし、倒せる相手なのですよね?」
「それが不味いって言ってるんだ。考えてみろ、一億以上のとんでもない経験値が、奴を倒した人間一人のモノになる。それがどういう事か分からなねえのか?」
「どういうって、レベルが沢山上がります……よね?」
「んーまあ、そうなんだが……冒険職じゃねえと感覚が沸かねえもんか? ……そうだなレムール王。分かりやすく話そう、俺のレベルは91なんだが、レベルが上がった瞬間、次のレベルに必要な経験値はいくつだった思う?」
「えっと――?」
答えが出ないのを察してレイヴァンはすぐに口を開く。
「たったの――70万だ」
「……それって――!?」
ここでレムールの考えがレイヴァンの言う、事の深刻さに追いつく。
「まさか、70万の経験値を『たった』なんて言う日が来ると思わなかったぜ。まったく長生きしてみるもんだな」
クックッ――と声を押し殺して笑うレイヴァン。
「アナタのレベルで70万だったら、そんな一億なんて経験値!」
その事実にレムールは興奮を抑えられない。
「まあ、レベル150は軽く超えるだろうな。そこまでレベルが上がると必要経験値の正確な上昇幅が分からねえから何とも言えないが、最悪、200近くまで上がると思ってもいいだろう」
「200!? そんな数値、過去の文献どこを漁っても出てきませんよ!」
「そりゃそうだ。普通はありえないんだよレベル200なんて化け物は。それにステータスも桁違いになるはずだ。軍も国も大陸も世界も、誰であろうと敵わない、文字通り無敵の存在が誕生する」
レベルによるステータス差についての知識は冒険職でないレムールも持っており、また英雄であるレイヴァンでさえレベル91である事実と掛け合わせ、それがどれ程、絶望的な数値なのかを理解する。
「つまり、こいつはかなり政治的な話なんだ。こうしてひっそり会いにきたのはそういう訳だ――いいかレムール王、『スーカ』の存在が世間にバレれば、そいつの経験値を巡って戦争が起きる。この世界の実権を得るために今度は、モンスターではなく人間同士での大戦が始まっちまう」
「……では、レイヴァンさんがスーカを倒すのはどうです? 倒せるというのなら信頼の置ける仲間を連れて行かれれば、そのモンスターに不覚を取る事もないでしょう。大戦の英雄であるアナタであれば文句を言う国もないはず。それに、アナタなら間違った力の使い方もしないでしょう」
「……ま、それは、最後の手段だな」
「最後の手段ですか……何か問題があるのですか?」
不思議そうに尋ねる。
「周りの国から俺は、この国の臣だと思われている節がある。まあ実際、故郷だからって理由でこの国のために働く事が多いのは事実だ。だから、そんな俺が莫大な力を持った時、敵意はこの国に向くかもしれない。下手をすれば戦争の火種となって、血を見る事になりかねない」
「八方塞ではないですか……」
レイヴァンが倒したとしても、戦争が起こるというなら、他に道はどこにある。しかし、その答えを彼は持っていた。
「ま、もし、俺がスーカを倒したら隠居すればいいだけだ。今後死ぬまで人前に出ないようにな。そうすれば無かった事と同じだ」
バレなければいい。誰にも見つからなければ、存在しないのと同じ。
「そんな! アナタはまだ世界に必要な人です! 隠居なんて許されません!」
レイヴァンの作戦にレムールは声を荒げて反対する。
「はっはっ。さては俺が死ぬまでコキ使うつもりだなレムール王」
愉快そうに笑うレイヴァンに失言をしたと感じたレムールは口を閉じて少し経って「いえ、そういう事では……」と申し訳なさそうに訂正した。
「大丈夫。俺もまだ隠居はするつもりはない。だからこれは最終手段なんだ」
「それでは、他に何か手が?」
「実はうちの学院に丁度いい生徒がいる」
「うちと言うと、あなたが建てたシンドレア学院の事ですか? しかし、丁度いいとは?」
実はな――と、レムールの問いに対し、レイヴァンは一枚の書類を取り出して見せる。
「この子は――!」
その書類には一人の少年の名前と写真や、その他、個人情報。そして、学院に入ってから受けた経験値試験の結果が書いてあった。
「……つまり、この子がスーカを倒せば全て丸く収まると――しかし、危険では?」
「きっちりサポートはする。それに優秀なパートナーも付ける。アンタも知っているはずさ」
もう一枚、同じ形式の資料を見せる。そこには銀髪の少女の写真が載っていた。
「この子は、サスフィール家の」
「あそこのババアとは長い付き合いだ。それに信頼も出来る。頼めば了承してくれるだろう」
「確かにサスフィール家は戦乱の時代を【聖騎士】としてアナタと共にした名家。ですが、流石に学生だけで向かう危険なのでは、それに、彼女はまだしも、アナタのお孫さんは――」
「なに、俺も付いて行く。教員引率の課外授業みたいなものだ。それに――」
少年の方の資料の目をやる。ある欄を見て目を細めて笑う。
名前 イルミ・シンドレア
レベル1 希望冒険職【勇者】
「アイツもこんくらい乗り越えるぐらいじゃねえとな」
自分の背中を追うというなら。勇者を目指すというのなら。
 




