レオン
野外授業が終わり、一度、学院の教室に戻ると教室の雰囲気が今朝よりも浮かれた空気に変わっていた。話題の中心は勿論、今朝、一騒動を起こしたシャミアとコーデリアそしてイルミ達の事であった。
ただ、時の人であるシャミアは不機嫌な空気を全開にしているため、まさに触らぬ神に祟りなしと言うように、誰も本人から今朝の真相を聞き出せないでいた。
イルミはイルミで教室の中に馴染めていないため、彼から誰も聞こうとはしなかった。
基本的に野外授業の日は、学校へ帰ってから帰宅となり、今日はイルミ達のクラス担任であるエルシアが掲示板に張り出されていた模擬戦大会についての説明をして終了した。
いつもは授業が終わるとイルミの所へ行くシャミアだが、今日は何も言わずに一人で帰っていった。
「夫婦喧嘩?」「浮気だって」「誰と?」「コーデリアさん」「マジかよ」
好き勝手に言われているが、自分が弁明しても意味が無さそうだと思い、居心地の悪い教室から出ると
「おい、糞野朗、ちょっと面貸せよ」
教室から出ると、イルミとは別クラスである金髪の少年――レオンがイルミを呼び止める。
いつも回りにいる取り巻きはおらず、その表情はイルミに絡む時の嘲りを含んだニヤケ面ではなく、元々悪かった目付きを更に鋭くしてイルミを睨む。刺すような視線には明らかに怒りの感情が込められていた。
「うん……分かった」
いつもは何を言われてもレオンの事を無視していたイルミだが、今日はレオンの言う事を承諾した。
「はっ、いい度胸じゃねえか。付いて来いよ」
言われたとおりイルミがレオンの後を付いて行く、そして、案内されたのは人気のない校舎裏であった。
周囲には校舎と学院を囲む高い柵のおかげで。人目に付きにくく、夕暮れの薄暗い明かりで余計に二人の存在を希薄にさせて行く。
そんな誰の目にも留まらないこの場所は学院定番の告白スポットであり、そして――
「ぐっ!」
イルミは校舎の壁に勢いよく叩きつけられ呻きを漏らす。
「ここには、ほとんど誰も来ねえ。ゆっくり話をしようぜ、イルミ?」
暴力が横行する場所でもあった。
「それに今日は邪魔する奴もいねえ。男二人で仲良くお喋りだ」
レオンの言う邪魔をする奴とは、いつもイルミの隣にいたシャミアの事である。
「とても仲良くって感じじゃないんだけど、レオン君」
イルミは叩きつけられた衝撃に目を顰めながらも、口だけは笑って言う。
「ああ? テメエ、今どういう立場か分かってんのか?」
レオンの壁に押し付ける力が強くなり、イルミは痛みで顔を歪める。
「なあ、知ってるか? シャミアの奴、大会のコンビを俺に頼みやがったんだぜ? いつも俺といがみ合ってるアイツがだ」
やっぱりシャミアはレオンをコンビに選んだのかとイルミは思う。よく喧嘩はしているが、そのおかげで二人とも互いの戦闘での特徴を知り尽くしている。そして、レオンは単純に強く、シャミアと同じ学院トップクラスの実力を持ち、もしシャミアと二人でコンビを組めばコーデリアを倒すだけの力がある。
「いつもあれだけ罵詈雑言を浴びせてくる奴が、今日の野外授業中にいきなりだぜ? 何の冗談かと思わず笑っちまった。そしたらアイツ――」
その時の光景を思い出すレオンの口から、ギリッ――と歯軋りの音が聞こえる。
「俺に頭下げやがった。テメエらに勝ちたいからって――この俺にだぞ!? そんの見たくもねえし、望んでもねえんだよ! テメエみたいな雑魚がアイツの傍にいるせいで、アイツの事を狂わせてんのが分からねえのかよ!!」
静かな校舎裏にレオンの声が響き渡る。今までイルミはレオンに何度も悪意のある皮肉や中傷を言われてきたが、彼が怒りの感情を剥き出しでイルミに話すのはこれが初めてだった。
「雑魚で才能ないなら学院を辞めろって何度も言ったよな? レベル1からレベルの上がらねえ奴が居てもアイツの邪魔にしかならねえんだよ……!」
「……確かに君の言う通りかもしれない」
常に彼女は自分に気を遣って、自分はそれに甘えてきた。それは才能ある彼女の可能性を閉ざしているのかもしれない。
「分かってんなら、早くこの学院を――」
でも――
「辞めないよ」
ここで辞める訳にはいかない。
「僕は大会で君達に勝つ。僕は君ら全員を見返すって決めたんだ」
もう誰にも『レベル1』だと馬鹿にさせない。そのためには勝たなければいけない。シャミアにも、レオンにも、誰にも――
「あぁ!? 『レベル1』のテメエが一丁前に吹いてんじゃねえ! 勝てるわけねえだろ! それとも何か? 今度は学院で一番高いレベルのお嬢様が味方だからって調子に乗ってんのかよ?」
イルミを押さえつけている手と逆の方の手に力がこもる。
「一人じゃ何にも出来ねえ屑が! なんならここで分からせてもいいんだぞ? なぁ!?」
レオンは右の拳でイルミの顔を殴りつけようと振りかぶる
「――――ッ!」
せまる拳にイルミは目を閉じるが、いつまで経っても衝撃がこない。そして目を開けるとそこには――
「イルミに手を出さないで」
レオンの振り上げた右腕を一人の少女が掴んで止めていたのだった。
「コーデリア……」
チッ――と舌打ちをしたレオンは捕まれた右腕を振り解き、イルミからも手を離す。
「やっぱり言った通りじゃねえか……結局、テメエは自分より強え女に守られてるだけの雑魚だろうが……」
「ちが――」
「何が違うんだよ?」
鋭い眼光がイルミを射殺し何も言えなくする。
「はっ、テメエはそうやって一生自分より強え女に尻尾振って守られてろ」
――胸糞悪い
もう一度大きな舌打ちして、イルミの話を聞かずにレオンは去って行った。
「大丈夫、イルミ?」
心配そうにイルミを見るコーデリア。
「うん、何ともない……でも、どうしてここに?」
「教室に行ったらイルミがいなくて、聞いたら連れてかれたって言うから」
一緒に帰ろうと思ったコーデリアは教室に来て、そこに居た人物にイルミがレオンに連れて行かれた事を聞いて探して、ようやく見つけられたという事らしい。
「ありがとうリア。助かったよ」
「いい。私はアナタを守るのが役目だから」
「……そうだね」
レオンの言うとおりだとイルミは思う。
きっとイルミがコーデリアと組んで勝っても誰の見方も変わらない。
「じゃあ……行こう、リア」
「うん」
変わらない、変えるために、見返すためには――




