悪党職【調教師】
――ガサガサ
いま一度、決意を固めるイルミに、何かが近づいてくる音が聞こえる。
「モンスター?」
コーデリアは持っていた長剣を構える。この辺りの魔物では彼女の脅威にはならないが、今日はイルミがいる。レベル1の彼の身を考えれば万が一もある。
少し緊張しながら音の先に集中をする。
「!!」
現れたのは魔物の中でも最弱と言われている兎のような見た目をしたチースタル――よりも一回り大きく、頭に短い角が生えたモンスターの群れ。
「チースタル・ロア……!」
コーデリアは予想外の相手に驚く。
チースタルの上位種である、チースタル・ロアは最弱であったチースタルが敏捷と力が上がり強くなったモンスターである。
単体では強いモンスターとは言えないが、群れで連携を取って戦うとレベル20以上の冒険職の人間でも単体で挑めば、その連携に翻弄されやられる事もある。
とは言え、レベル35のコーデリアにはダメージがほとんど入らず、彼女の敵ではなかった。問題があるとすれば、非戦闘地域に、そのような魔物が群れでいる事であった。
一匹だけならば非常に稀ではあるが、上位種に成長した個体が現れる事がある。しかし、群れでいるというのはかなり異例の事態であった。
「――っ」
考えていても仕方がない。自分の役目はイルミを守る事、今日、イルミについて来ていた事が幸いだった、とコーデリアは剣を握り締める。
「ご、ごめん、ちょっと待って!?」
「イルミ……?」
コーデリアとモンスターの群れの間にイルミが割って入る。
「危ないイルミ、そこを退いて!」
「この子達は、違うんだリア!」
「何が違――!?」
早く退いて貰わないとイルミが危険だと感じたコーデリアは無理やりイルミを退かそうとするが、不思議な光景を目の当たりにして、声を失い
「……なんで?」
理解出来ないその光景に向かって疑問を口にする。
奇妙なことにチースタル・ロア達がイルミの足元に懐いているかのように擦り寄っているのだった。
「まさかイルミ――悪党職まで?」
「えっと……いや……あの……はい、そうです……」
何か言い訳をしようと目を泳がせて考えたが結局、事実を認めたイルミ。多くの職業を経験していた事を告白するよりもずっと言い辛そうな様子である。
「モンスター【調教師】……悪党職の中でも一番忌避されてる職業」
悪党職――通称「ヴィラン」は、イルミ達の目指す冒険職やその他の職業とは違い、その性質上、悪の職業であると区別された職業であり、【盗賊】や【闇魔法使い】などの職が悪党職と呼ばている。
もしステータスに悪党職が発現している事が明るみになれば、疎まれ、蔑まれ、場合によっては逮捕される事もあった。
「説明して、イルミ」
イルミを見る目つきが変わる。
コーデリアにとって魔物とは倒す対象であり、守るべき人々を脅かす存在である。
その魔物を使役しているイルミが本当に守るべき対象なのかどうかを問う。
「……説明も何もないよ。強くなるためなら僕は悪党職にだってなる。それに僕は、別に悪い事をしている訳じゃない。ただ誰かが勝手に悪党だと決めた職業の熟練度を上げただけなんだから」
申し開きは一切ない。
「勝手に悪党だと決めた?」
「うん、悪党職なんて言われているけど、力の使い方を間違えなければ立派な職業なんだ。その力を使って活躍した偉人だっている。「天下の義賊」なんて言われたロビン・フリークだって職業は【盗賊】だったんだから」
ロビン・フリークは過去の偉人であり、それこそ悪徳な商売をしていた悪党の商家から物を盗み出し、その悪事を暴き成敗し民を救ったり、【盗賊】ならではのスキルを駆使し高難易度に認定されているダンジョンの攻略に貢献したと言われている。
【盗賊】でありながら、正義の象徴のような存在であったのだった。
「でも、【調教師】は……」
大戦を引き起こした【魔王】となった人間も元は【調教師】であった。その人間が強力な魔物を率いて人類に戦争を仕掛けたのが過去にあった大戦の原因だった。
また【魔王】側に付いた人間のほとんどが【調教師】の職業を持っていたため、大戦が終結した今でも【調教師】は人々から畏怖の対象であった。
「大丈夫。僕は魔王じゃないんだから。それに僕にとって経験値は関係ない。意味がないならモンスターだって倒さず仲間にした方がいいはずなんだ」
イルミは屈んで集まったチースタル・ロアを撫でる。
撫でられたチースタル・ロアは気持ちよさそうにその手に顔を埋める。
「ほら、可愛いでしょ?」
「…………」
笑顔でモンスターを愛でているイルミを見て、複雑な気持ちになるコーデリア。
――常識外れ。
イルミと出会ってから今までに、コーデリアが抱いた印象であった。
レベル1なのに冒険職を目指し、ステータスが上がらないからと沢山の職業や技能に手を出し、あまつさえ悪党職にまで手を出す自分と同じ年の少年。
昨日、彼の本気と覚悟を感じ取っていた。しかし、それでもまだ見込みが甘かった。
予想の何倍も強くなるために余念がない。レベルルアップ以外の強くなれる全ての方法を試そうとしていた。
【勇者】への憧れだけでそこまで出来るものなのか。
自分も【聖騎士】に憧れて努力をしている。しかし、同じ状態であったら自分は彼と同じように強くなるため努力を続ける事が出来ただろうか。
コーデリアの中でイルミへの見方がまた変わり始めていた。
「リア?」
ずっと黙っているコーデリアが気になって呼び掛ける。
「イルミ、そのチースタル・ロアはどこでテイムしたの?」
この周辺地域にチースタル・ロアは出現しない。それにレベル1のイルミがチースタル・ロアを相手に出来る事が信じられなかった。
「元々この子達は草原にいたチースタルなんだ。熟練度を上げる手伝いをして貰っていたら皆、上位種に成長しちゃったんだ」
「今も……特訓をしているの?」
「うん。急に強くなったから驚いたよ」
「…………」
イルミの足元にいるチースタル・ロアは全部で6匹。それだけの数を特訓とはいえイルミは相手取っているという事であった。
つまり、それだけの実力がレベル1のイルミにある事を意味していた。
「私が触っても大丈夫?」
「うん、大人しい性格だから」
守るべき存在であったイルミへの認識が少しずつ変わりちゃんとした意味でのパートナーとしての歩みよりをコーデリアは見せる。
「ふふ、甘噛みしてる」
コーデリアが初めてイルミの前で頬を緩めた。
「…………」
しかし、イルミはそんなコーデリアの表情を見逃し、明らかに本気で噛んでいるチースタル・ロアと、それをものともしないコーデリアの耐久の高さに戦慄していた。
敵対心剥き出しにされている事に気付かずチースタル・ロアを愛でているコーデリアにイルミは真実も何も言う事が出来なかった。
明日からまた朝9時、夜21時に一話ずつ投稿していきます。
大変失礼いたしました。




