宣戦布告
学校の掲示板の前に人だかりが出来ていた。
その珍しい光景に何事かと思ったシャミアも掲示板の前に張り紙を確認しにいった。
『模擬戦大会のおしらせ。バトルロワイヤル式のタッグマッチ。場所は野戦訓練地ルナーラの森にて開催。参加自由。チーム組み自由――』
大まかな内容を頭に入れながらシャミアはお知らせを読んでいくと
「レベル制限なし……!」
今までにも模擬戦大会はいくつもあったが、レベル制限は必ずついており、制限無しの条件で行われた事は一度もなかった。
――ついに、イルミが……!
シャミアは心の中で大いに喝采を上げていた。幼い頃から常に一緒にいる幼馴染がやっと日の目を見る時が来たと喜んだ。
しかもタッグマッチ。自分がイルミのサポートが出来る。
互いによく知り合っているイルミとならば相性は最高である。三週間以内で出来るコンビネーションなんてたかが知れている。そんなのは自分達の敵ではないと、シャミアは思う。
ずっと待っていた。
こんな日が来るのを。
そのために努力を続けてきたのだ。
あの頑張り屋に負けないように。
いつでも彼のサポートが出来るように。
必ず凄い奴になるアイツと――肩を並べ、隣に立っていられるように。
少しだけ涙が出そうになる。きっと人の目がなければ泣いただろう。
もう誰にもバカにされる事がなくなる。いつも、彼をバカにする奴が許せなかった。何も知らないくせに、アイツがどれだけ頑張っているのか知らないくせに――でも、それもなくなる。
ついに見返す時が来たのだ。もう誰もレベル1の彼を笑えなくなる。
しかし、踊り出しそうなほど喜んでいるシャミアの気持ちに不穏な陰りが生まれる。
――昨日……。
急に教室に現れた別クラスの学院最強の生徒――コーデリア・サスフィール
なぜこのタイミングでイルミと出会っていたのか。学長――イルミの祖父は何の話をしていたのか。そしてやっぱり――
「パートナー……」
『私はイルミのパートナー』
彼女はそう言っていた。そして、そのタイミングで発表されたタッグマッチの模擬戦。
――嫌な予感がする……。
予感という言葉を使ってはいるが、それはどちらかと言うと、考えられる可能性から目を逸らしているようである。
ただ、彼女は信じた。イルミが、幼馴染が自分を選んでくれる事を。
絶対に裏切る事がないと。
「お、おはよう、シャミア」
「イルミ!!」
すぐにでも、この掲示板に載っていた事を伝えたかった相手の声に勢いよく振り返る。
「……アナタは――」
しかし、その横にはもう一人の影があった。
イルミの登校はいつも一人である。偶にシャミアが一緒に行く日もあったが、レベル1の彼はこの学校では浮いており、彼女以外に、今まで一緒に登校するような人物はいなかった。
それなのに、イルミの横には彼女がいる。明らかにここまで一緒に来た距離感で。
「コーデリア」
目下の不安の種であった女子がイルミの傍にいる。そして今、完全にその種が完全に芽吹いた。
「なんでしょう?」
自分の名前を呼ばれ、コーデリアは反応する。
「あ、いや……」
反応されると思っていなかったシャミアはたじろぐ。
「な、なんでアナタとイルミが一緒にいるのよ?」
「私とイルミがパートナーだから」
昨日、それと同じ事を聞いた。
「えっと、シャミア、けして変な意味じゃなくて……えっと……」
イルミはシャミアの後にあった掲示板にある祖父から聞いていた模擬戦大会のおしらせを見つける。
「そう! 僕らは模擬戦大会のパートナーなんだ」
「……どうして……なの?」
消え入りそうな声でシャミアは言う。
「それは秘密」
コーデリアがまたややこしそうな事を言う。
「別に秘密じゃない! 僕のお爺ちゃんとリアのお婆さんは仲が良くて――」
――リア?
昨日までコーデリアの名前に敬称を付けていたのに、この一日までの間に二人の仲が進展している事にシャミアは一瞬で勘付く。
「このイベントがあるから、一緒に出たらって。ほら、どっちも模擬戦が出られない境遇だったから」
模擬戦のレベル制限の壁は、レベルの低過ぎるイルミとは逆に、高過ぎるコーデリアにも当て嵌まり、彼女も今まで一度も同級生と模擬戦をした事はなかった。
「でも……そんな軽い御爺さんとの口約束なら、イルミは私と組んでもいいのよね?」
シャミアは引き下がらない。彼女にとっては、長年、待ち望んだのチャンスを鳶に油揚を攫われるような形で簡単で取られる訳にはいかなかった。
「それは駄目。イルミは私のパートナー」
「アンタは黙ってて!!」
コーデリアを無視してイルミに問う。
「ねえイルミ、私はアンタに聞いてるの」
「……ごめん、シャミア」
「――っ!?」
信頼をしていた幼馴染に断られたシャミアは声を失う。
「僕はリアと組む。リアと優勝を目指す」
「なんでよ……なんでなのよ!?」
イルミのハッキリとした宣言にシャミアの表情は視点が定まらなくなり、口元がヒクつき――嘘、ありえない、信じたくない、そんな気持ちが表れていた。
「いつまでも――僕は君に頼る訳にはいかないんだ」
イルミは真直ぐにシャミアを見てそう言った。
「べ、別にアンタは私になんか頼ってないでしょ。私がいなくても毎日努力して、強くなって、だから私は――!!」
「違うんだよシャミア。僕は君がいたから今まで諦めずに来れたんだ。でも、もうそれじゃ駄目なんだ」
「わけが分からないわよ! 何? 私に頼りたくない、だから今度は学院で一番強い女子に頼る? ――それってどういう意味なのよ!?」
取り乱すようにシャミアはイルミに捲し立てる。
「…………」
実は、イルミはコーデリアが模擬戦大会のコンビである事をシャミアに伝えればこうなる事を実は分かっていた。分かっていてコーデリアがいる時にシャミアに声を掛けたのだった
これはイルミからシャミアへの――宣戦布告。
シャミアがずっとイルミのサポートを望んでいたように、イルミも同じように考えている事があった。
――ウンザリだ。
彼女が傍にいて、彼女に助けられてばかりの毎日は。
もし、シャミアと一緒に大会に出て勝てたとしても今までと何も変わらない、彼女の力を借りては意味がない。
幼馴染に寄り添いたいシャミアと、幼馴染離れをしたいいイルミ。
二人の思いは完全に相反するのだった。
「…………もういい、分かったわ。アンタがその子をパートナーに選ぶって言うなら、アンタ達を私が叩き潰す。アンタの隣は私じゃないと駄目だって教えて上げるわ」
イルミは分かっている。彼に取ってシャミアがどれだけ必要な存在なのか。必要だからこそ突き放そうとしているのだ。
結果的に、両者共にこれは良い機会だと思う。
一人は、幼馴染に頼りきりな自分を正すための――
一人は、隣は誰なのか幼馴染に分らせるための――
絶好の機会。
「アンタには絶対に負けない。イルミのパートナーは私なんだから」
シャミアの宣誓布告先はコーデリアに向いていた。
「私も絶対に負けられない。それにイルミは私のパートナー」
シャミアとは意味合いは違うが、コーデリアはその宣誓を受けて立つ。
「ふん……じゃあね、イルミ。教室じゃ話かけないでね。大会が終わるまでアンタも敵なんだから」
二人に背を向けてシャミアは教室に向かう。
背を向ける前に、シャミアから今まで受けた事のないほど冷たい視線をイルミは向けられたのだった。
――敵か……。
イルミの心が酷く痛む。しかし、後悔するわけにはいかなかった。
決意をしたのだから。
学院の全員を見返し認めて貰うと。
もう彼女に頼りきりの自分を変えようと
掲示板前で行われた二人の女生徒による会戦の合図。周りの傍聴人達には一人の男子を取り合う修羅場のように写っていた。それもただの女生徒ではなく、学院でトップ2の実力を持つ女同士の争い。
実際の出来事とは少し違った内容の噂が広まるのにそう時間は掛からなかった。




