成りたいで成るもの
「――それでリア、話って?」
カーテン越しにいるコーデリアに話し掛ける。奥ではガサガサと衣擦れの音が聞こえる。イルミは布越しで見えるわけでもないのに、出来るだけコーデリアがいる方を見ないように視線を逸らしながら自分も着替える。
「うん、イルミはいつからここで仕事をしてるの?」
「? 随分と小さい頃からだけど。まあ、仕事って言うよりは最初は手伝いだったけど」
そんな事を聞くために二人きりになったのだろううかとイルミは思う。
「やっぱり……凄く仕事が上手だった。教えるのも」
そりゃリアよりは――という言葉をイルミは心の中にしまう。
「私は全然駄目だった……何度も失敗をした」
「うん……そうだね」
イルミはコーデリアの失敗を否定しない。
「でも、続ければ、いつかは慣れるものだよ」
初めは、どれだけ出来なくても、失敗ばかりでも、続けていれば――いつか必ず。
「……それはアナタ自身も?」
「…………」
「ごめん……きっと私はアナタの気分を悪くしている――でも聞きたい」
これが二人きりで話したかった本命の話だとイルミは思う。
「私はアナタが冒険職を目指すのかが分からない。レベル1のステータスはチースタルの群れにも負けるほど」
チースタルは獣系の魔物で、最弱と評される魔物である。草原などで頻繁に見かけられ、兎のような見た目で小柄な白い姿は見た目通り危険はあまりなく、冒険職でなくとも容易に倒せる相手である。レベル10もあれば、装備なしでも、自分の耐久のみでダメージが入る事がない程であった。しかし、そんな最弱の魔物にも負ける可能性があるのが本来のレベル1である人間のステータスであった。
「冒険職じゃなければレベルはほとんど関係ない。普通は他の職業を目指すはず、なのに、学長もルミさんも誰もアナタが冒険職を目指すのを、それも【勇者】なんて特別な職業を目指すのを、誰も止めようとしない、何より――アナタが止まろうとしない」
それが不思議――とコーデリアは言う。
「……うん。リアの言ってる事は正しいよ。冒険職においてレベルが上がらないのは致命的だ。それは今までに痛いほど感じてる」
「じゃあ、イルミはどうして?」
そこまで分かっていて、実感までしていて、なぜ、どうして諦めないのか。
「……何度も諦めそうになったよ。どれだけ頑張っても無駄なんじゃないかって数え切れないほど考えた。でも、やっぱり成りたいんだ、君が【聖騎士】を目指すように、僕も【勇者】に。それに――」
イルミの頭に一人の幼馴染の顔が浮かぶ。
「僕なら成れるって言ってくれる人がいるから」
どれだけ落ち込んでも、無理だと思っても、諦めようと下を向いても、彼女がいつも前を向かせてくれた。
「でも、やっぱり分からない。アナタのそれは、成りたいで成れるモノじゃない」
「……成りたいで成るモノだよ」
イルミは、昔、祖父がレベルの上がらない事に落ち込む自分に言った事を思い出す。
「大丈夫だイルミ! どんな困難にも立ち向かい、諦める事なくあらゆる不可能を可能にする。多くの奇跡をその身で為した奴が勇者に成れるんだ。そう、俺みたいにな――ハンデがあるくれえが丁度良いんだよイルミ。乗り越えた壁がでかい程、勇者に近付く。だから、どんなハンデがあっても、成りたいと思い続けた奴が成るジョブなんだよ――【勇者】は!!」
登るのを辞めた人、努力を妥協した人、進むのを諦めた人からその道は閉ざされる。
「ねえ、リア――レベルアップ以外にもステータスを上げる方法は知ってる?」
「……技能ボーナス?」
職業系技能、武器系技能、生産系技能や製造系技能など、「技能」と呼ばれるモノがあり、例えば、片手剣を使えば、武器系技能である『片手剣』の熟練度があがる。その技能の熟練度を上げる事で、その技能に有用なスキルやステータスを得る事が出来るのだった。
「でも、技能でのステータスのアップはレベルアップに比べて少ない」
コーデリアの言うとおり、技能で手に入るステータスは少なく、どちらかと言うと、技能で重視されるのは手に入るスキルの方であった。また技能は熟練度をあげる程、ボーナスを得られるまでの必要な熟練度は多くなる。ただ、技能の熟練度を上げる程、熟練度に見合った強力なスキルが得られるため、基本的に人々は自分の職業に必要な技能に絞り、熟練度を上げるのだった。
「でも、上がるんだ。効率が悪い方法だろうと、レベルアップに比べて、酷く遠回りな道だろうけど、僕には――その道しか可能性がないから」
「……本当にそれで、それだけで強くなる?」
「正直、分からない。限界はあるかもしれない。でも、やれる事があるなら、やるって僕は決めたんだ」
「そう……」
表情がカーテンで一切見えないがコーデリアはイルミの中にある覚悟を感じ取っていた。しかし、それでもまだ、彼女にはレベル1のイルミが冒険職を目指すその生き方が死に急いでいるようにしか思えなかった。
彼女はイルミを信じられなかった。確かに彼には覚悟がある。その気持ちは褒められるべき大勇であるかもしれない、しかし、少しでも見る角度を変えれば、蛮勇に見えてしまう。
きっと、学長もルミも彼を応援する人達は、彼の中にある綺麗な勇猛心ばかりに目が行っているだけなのだと、コーデリアは思った。
――イルミを守らなければ。
死に急ぐ彼を、周りに大切にされる彼を、命を懸けて守る。
祖母のような聖騎士を目指す彼女もまたイルミに負けない覚悟を持っていた。
どちらも生半可ではない二人の覚悟が顔の見えないカーテン越しに交錯するのであった。




