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第99話 VS中峰高校 明鈴の光

 八番の紺野を打ち取った後、黒絵の投球は良い出来だった。


 九番ピッチャーの柳岡をストレートだけで抑え込み、二巡目となる一番の近衛を、チェンジアップを混ぜながら難なく打ち取れた。


 チェンジアップは抜いた球だ。紺野に対して投げたチェンジアップによって余計な力が抜けたのか、二回ではフォアボールを二個与えたにも関わらず、先ほどの三回は球をコントロールできていた。


 そして、一点リードのまま、四回表の明鈴高校の攻撃が始まる。


 しかし、なかなか上手くチャンスが掴めない。夜空は二遊間を抜けるかという当たりだったが、ショートの攻守に阻まれ、セカンドにトスをして送球を委ねるというプロさながらのプレーを見せた。


 亜澄はレフトへの大きな当たりだが、レフトが交代したところで難なく捕球される。司も一塁への痛烈な当たりでファーストはボールを弾いたが、前に落としたため、そのままベースを踏んでアウトとなった。


 良い打球は飛ばせている。しかし、なかなかもう一歩のところに手が届かずにむず痒い。


 そんな打線の奮起を待つように、黒絵も粘り強いピッチングを披露した。


 四回裏、二番灘桐、三番依田を打ち取ると、四番の香山にはヒットを打たれたものの、五番の三峰を打ち取る。


 黒絵はコールドながら完全試合を達成した伊澄を意識していたため、ヒットを打たれた際にノーヒットノーランすらなくなってしまい、モチベーションの低下を危惧したが、しっかりと打ち取ってくれた。


 五回表、明鈴の攻撃は六番の光から始まる。その光が打席に入る前、巧は声をかけていた。


「出塁したら、さっき言ったこと実行してくれ。一か八かだけど」


「わかった。そもそも出塁できるか……」


 光がネガティブな発言をしようとしたため、途中で巧は言葉で遮った。


「打線を切り拓く。それが光の今の役目だ」


 光が出塁すれば、相手守備も警戒してくるだろう。固い守備も隙が生まれる。


「光は明鈴の希望の光だ!」


「……もう夏なのに、なんか寒くない?」


 冷めた目で体を抱き、光は寒いような仕草をする。そして、数テンポ遅れて光は笑いを堪えきれずに吹き出した。


「ちょっとはリラックスできたか?」


 巧はあまり冗談は言わない。最近は選手にリラックスしてもらうために言うことも増えたが、どうも苦手だ。


 特に光は先ほどの打席でゲッツーになっているため、気に病んでいるだろう。一打席目がダメなら二打席目も……と考え込んでマイナス方向へと突き進んでしまうと考えていた。


 そのため、下手な冗談でも、光をリラックスさせたかった。


「ああ、そういう……」


 光は、巧がついに壊れたと思ったのだろうか。しかし、その発言に納得した様子で笑顔を見せた。


「ありがとう。ちょっと元気出た。……行ってくるよ!」


 光は笑顔のまま、打席に向かう。


 そして、暑さではなく、違う理由で光の顔に熱が帯びていることを巧は気付かなかった。




 期待されているというのは嬉しい。


 今まで、明鈴の中で足が速いと言えば私だったが、由真さんが戻ってきてから、自分の存在意義がわからなくなっていた。


 それでも巧くんは私に期待してくれる。


 それは、三年生が引退してからのことを考えて、っていうこともあると思うけど、レギュラー番号の9番をもらえて、他の人を休ませるためっていうのもあるけどこうして試合に出させてもらえるのは嬉しい。


 二年生はみんな落ち着いた性格だから、今までもムードメーカーとしてベンチを盛り上げようとしてたけど、今は陽依がいて、黒絵だっている。


 私の実力なんて大したことはない。それでも、期待して、使ってくれることがたまらなく嬉しかった。


 自分には何ができるのか?


 打てる選手じゃない。それならどうすればいいのか、それは由真さんが示してくれた。


 初球、私は力任せにバットを振る。当たれ飛ぶけど、そもそも当たらないような打ち方だ。そんな打ち方なんていつもはしないし、空振りでストライクになってしまう。


 正直この球は打つつもりがなかったから問題ない。


 二球目は際どいコース。審判のストライクのコールで私に緊張が走った。


 追い込まれた。


 二球目がボール球であれば、気持ち的にだいぶ楽だっただろうけど、打席に入った時から三球目が勝負だと思っていたので仕方ない。


 そして、三球目。相手ピッチャーが振りかぶって腕を振り下ろす。投じられた球に合わせるように私はバットを横に構えた。


 私の答えはこれ。セーフティーバント。


 打てないという思考に陥った由真さんは、これで出塁をもぎ取った。足しかない私には、これが最善策だ。


 ツーストライクからのバントに、相手の警戒も薄れている。ライン側ギリギリではないけど、守備の反応が遅れていた。


 いける。


 私は全力で一塁に向かった。


 この足で、チームのチャンスを作る。私にできることはこれだけだ。


 私は一塁しか見ていない。それでも、もう相手のサードが打球を処理して、一塁に送球しているだろうと直感した。


 まだダメ。まだ一塁に到達していない。


 駆け抜けた方が速いという話はよく聞く。それでも私は頭から滑り込んだ。そうせずにはいられなかったから。


 私が滑り込んだのと同時に、送球を捕球するボールがグラブの革を叩く音が聞こえる。


 速いか、遅いか。わからない。審判の判定を待った。


「……セーフ!」


 そのコールに私は喜びの感情が湧き上がる。


 もぎ取った出塁。ノーアウトから自分の力でもぎ取った。


 私は嬉しさの感情が爆発しそうになった。


 しかし、この感情は後で取っておこう。まだ、出塁しただけで何も変わっていないのだから。




 光のセーフティーバントは見事だった。


 ツーストライクからのバントは賭けではある。決まらずにファウルになればアウトになるから。


 しかし、ツーストライクだったからこそ相手の警戒も緩んでいた。そして、警戒が緩んだ要因として、初球でフルスイングしたからという理由もあるだろう。打つ気満々となれば、バントをしてこないということを考えてもおかしくない。


 そこから光は迷うことなくバントをしたのだから、元々三球目で仕掛けるつもりだったのだろう。


 球数が増えるごとにバントという選択肢が守備側から除外される。打つ気で合わせてきている相手が、バントをするとは考えにくいからだ。


 初球にいきなり仕掛けないことはあるため、二球目は警戒してもおかしくない。だからこそ、少しだけ警戒が薄れ始めた三球目を狙ったのだろう。


 どんな形でも、ノーアウトから出塁できたというのは大きな成果だ。


 これで攻撃の選択肢が広がる。


「黒絵、頼むぞ」


「任せといてよ!」


 黒絵が打席に向かう。黒絵の成績は、この三回戦までで二打数一安打となっている。その一本はツーベースヒットだ。


 練習試合を含めても、安打数は少ないものの、長打を放つことは多い。当たれば飛ぶのが黒絵の特徴だ。


 黒絵は積極的に振っていく選手だ。この打席、初球から大振りのスイングを披露する。


 しかし、


「ストライク!」


 やはり当たらない。


 下手に引っ掛ければゲッツーまっしぐらだ。それを未然に防ぐため、巧はサインを送った。


 二球目、黒絵はバントの構えをする。安全に、チャンスで次の打者に繋げたい。そう思って巧はサインを送っていた。


 相手ピッチャー、柳岡が投じた第二球……。投球動作に入った瞬間、ファーストランナーの光が走った。


 黒絵はボール球のその投球に対してバットを引き、捕球したキャッチャーがすかさず二塁へ送球する。しかし、送球はやや三塁側に逸れた。二塁上でグラブを構えるセカンドが動かない程度だが、タッチが遅れる。


「セーフ!」


 これは誰が見ても明らかな判定だ。


 明鈴の一点リードのまま試合も後半に差し掛かっている。明鈴としてはあと何点か追加点が欲しい場面で、中峰としても追いつきたいのと、これ以上点をあげたくないという場面だ。


 初回の由真の盗塁は防がれたが、今回の光の盗塁は、そんな点をあげたくないという中峰側の緊張もあって、送球が僅かに逸れるというミスというには小さすぎるミスを引き起こしたのだろう。


 もし逸れていなかったとしても、タイミングは際どいが、恐らくセーフになるだろうと思えるくらい光のスタートも良かった。どちらもあって奪い取った二塁だ。


 そして、ノーアウトランナー二塁と場面が移り変わり、カウントはワンボールワンストライク。ここはサインを『自由に打て』と送り、判断は黒絵に委ねた。


 バントさせたいところもあるが、黒絵はバントが苦手だ。それに、ノーアウト二塁でしかもランナーが光というこの状況であれば、ヒット一本で一点を奪えるかもしれない。


 希望的観測だが、失敗する可能性が高いバントよりもワンチャンスに期待できるヒッティングに託した。


 しかし、三球目。内角高めの変化球を打ち上げ、黒絵はキャッチャーフライに倒れた。


「ワンアウトワンアウト! 落ち着いていこう」


 相手キャッチャーは守備陣に声をかける。


 巧は一抹の不安があった。下位打線のこの状況、ランナー二塁でもバッター集中でアウトに打ち取られれば攻撃は終わってしまう。しかし、自分が組んだオーダーで、自分が育てた選手たちだ。信頼しないわけにはいかない。


「瑞歩!」


 打席に向かう瑞歩に、不安を振り払うように咄嗟に声をかける。


「好きな球だけを狙っていけ」


「……わーかってるよ」


 瑞歩は笑いながら打席に向かった。多分、不安な気持ちがバレていたのかもしれない。


 そして迎えた瑞歩の打席。瑞歩はうるさいくらい静かだった。


 初球は様子を見るようなボール球。瑞歩は見ていく。


 二球目も僅かに外れてボール球だ。これも見極めてボールとなる。


 そして三球目、カウントツーボールとなってからの投球。瑞歩はここを見逃さない。


 相手からすれば、スリーボールとなれば状況が悪くなる。それを考え、やや甘めで確実にストライクを取っていく球に、瑞歩は反応した。


 外角へのストレート。


 それに対して、瑞歩はバットを振り抜いた。


 軽快な金属音がグラウンド中に響き渡る。


「ライトォ!」


 右打者の瑞歩からすれば力の入りにくいライトへの打球。その打球は大きく、相手ライトは後退していく。


 セカンドランナーの光は塁を離れ、次の塁を狙う体制に入っている。しかし、相手ライトが正面を向き、捕球の体制に入ったことで、光は塁へ戻った。


 ライトフライか……。いや、それにしても打球は大きい。これは……。


 巧が気付いた頃には打球はフェンスに直撃していた。フライでもアウトになれば関係ない瑞歩は一塁を回っていたが、光は二塁ベース上だ。打球がフェンスに当たったことを確認してから、三塁へと向かう。


 打球を処理した相手ライトは冷静に中継へと送球する。光は三塁に向かうのが精一杯だ。


「やられたな……。まあ、いいけど」


 今のは相手ライトのファインプレーだ。ライトフライに見せかけて、セカンドランナーの光の進塁を阻止する。本来、フェンス直撃のヒットであれば、セカンドランナーは余裕で本塁へと還れる。しかし、ライトフライと見せかけることによって、セカンドランナーを二塁に押し留め、スタートが遅れた。


 しかし、巧としてはこの後のことを考えれば、光が本塁に還れないということは、むしろ好都合だ。


 そして、ワンアウトランナー二、三塁へと状況が変わる。


「白雪、わかってるよな?」


「……ランナー出塁して珠姫さんに回す、でしょ?」


 試合前のミーティングから伝えていたこと。九番に白雪を起用した理由。それは珠姫へ繋ぐためだ。


「まあ、そこそこくらいの期待しといて」


「そこそこか。……了解」


 白雪は冗談めかしてそんなことを言う。期待が大き過ぎれば緊張もするし、白雪は自信家ではないため、「絶対に打つ」なんて大きなことも言えないのだろう。


 しかし、そんな中途半端な白雪の宣言に、むしろ期待せずにはいられなかった。

光回でしたよ!

二年生にあんまりスポット当てれていないので、今回話をかけてよかったです!


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