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第63話 過去と現在

 一番センターの由真が打席に向かう。


 夜空が負傷交代確定となった今、一番期待ができるのはこの由真かもしれない。


 皇桜側は先程の攻撃で代打を送ったため、守備の交代があった。代打の鳩羽がショート、的場がセカンドに入り、セカンドの大町がレフト、レフトの湯浅がサードと守備位置が代わる。


 センターラインがレギュラー陣で固められ、出塁が更に難しくなった攻撃で由真が打席に入った。




 夜空、あなたならこの状況でどうする?


 私は口には出さず、心の中でそう考えていた。


 あの時部を辞めたこと、私は後悔しているし、後悔していない。


 もっと一緒に時間を共有していればよかった。心からそう思っている反面、あのまま一緒にいれば心が完全に壊れていた。


 私はシニアではなく、ガールズで野球をしていたため、夜空と中学時代に会ったことはない。それでも夜空のことは知っていた。


 中学三年生の時、夜空は日本代表に選ばれるような選手。それでも似たようなタイプでガールズではエースで四番で、一番実力のあったわたしは負けないと思っていた。


 弱いけど弱すぎず、自分の実力で甲子園を目指すために明鈴に進学した。そこで同じ野球部に所属したのはたまたまだった。こいつには絶対負けないと思って練習をしていた。


 他の子が練習をサボったり遊んでいたりして、それに厳しくしていたのは仕方ないことかもしれない。ただ、言い過ぎだったり少しズレていると思った時は私は反論していた。


 喧嘩は多いし仲良くもなかった。ただ、それでもあなたと一緒に野球がしたいと思っていた。


 そして去年の皇桜との練習試合、完敗だった。あの時は二試合行って、私は一本もヒットを打てずにエラーもして、散々な結果だった。対して夜空は七打席で六安打、一ホーマー、二打点、他の選手の出塁が少なくてもしっかりと結果を残していた。


 ただ、ピッチャーが少なく、完投を強いられて七回を投げて十失点、しかし自責点は三。ほとんどが味方のエラーによるものだった。


 それでもあなたは『自分のせいで負けた』と言っていた。


 そんなはずはない。夜空のせいで負けたというのなら、他の打てずにエラーをしたチームメイトはどうなのだと。そこで口論になった。努力をして結果を残している夜空、努力をしても結果を残せない私、もう何もかもが嫌になった。


 夜空は自分を責めて周りを責めなかった。それで逆に私は私を責めた。


 このまま一緒に野球をしていては、一生追いつけない背中、圧倒的な実力差、夜空の強さが自分の弱さを引き立たせて壊れそうになった。


 辞めなければ壊れていただろう。ただ、私が辞めて一年弱が過ぎ、新入生が入って来てからの夜空は楽しそうだった。そこに私もいたら……と考えることを多かった。


 そして圧倒的な実力差の理由も、辞めて遠目で見るようになってから初めて気付いた。私が努力していた以上に夜空は練習をしていた。


 他人に厳しいが、それ以上に何倍も自分に厳しい。


 結局、そこまでできる夜空が羨ましく、嫉妬していただけだった。


 夜空のこと、部のことはずっと見ていた。今の二年生も、入部当時は頼りなくてもそれぞれ持ち味を磨いて頼もしくなっていた。珠姫も悩みながらも何とかしようと苦しんでいたのを知っている。夜空だって更に実力に磨きをかけている。


 私はどうなんだろう。クラブチームで野球はしていた。しかし、ただ与えられた練習と、気まぐれで自主練習をするくらいだ。多分もう夜空には追いつけない、それでも出来る限り近付きたいと思った。


 今日の試合を共にできて嬉しかった。途中で夜空が交代となるのは残念だけど。


 怪我にも気が付かなければ良かった。元々四回に痛めていたことは気付いていた。それでも問題なく動く夜空に指摘をしなかった。ただ、先程の守備で反応が遅れていることで、これ以上試合に出させてはいけないと思った。


 藤崎巧も怪我に気付いた。私よりも遅かったが。


「私はストーカーかよ」


 私は夜空を見ていた。多分、私は誰よりも夜空に憧れているのだろう。


 夜空、今度はちゃんと私を見ていてよ。


 少しでも私に期待しろ。どうせあなたには勝てない、でも負けたくない。


 打席に入り心拍数が上がる。


 いつも心のどこかで思っていたことがある。


『夜空が何とかしてくれる』


 負けたくないと思いながら、負けを認めていた。


 ただ、今は私が出塁しなくてはいけない。夜空ならどうするか、それは簡単だ。普通にヒットを打つだろう。


 私は打てる自信がない。それなら自分の長所を生かすだけだ。


 不格好でも何でも良い、夜空に認めてもらいたい。


 ピッチャーの投げ上げるような球に、私はバットを平行に構える。


 絶妙なところへ転がすのだ。


 三塁線ギリギリへのセーフティバント。


 ボールがバットに当てながら私は走り出す。


 動け、動け!


 私は足を動かし、一塁へと全力疾走する。


 もっと速く、コンマ一秒でも速く。


 苦しく息が切れる。一塁までが遠い。それでも足は動きを止めない。


 無様でも食らいつく、それが私に唯一できることだ。


 一塁手前、飛びつくように頭から滑り込んだ。


「……セーフ! セーフ!」


 苦しくても私は絶対に前に進むことを辞めない。後悔はもうしたくないから。




 意表を突くセーフティバント。これには巧はヒヤリとした。


 ただ、これでノーアウト一塁、クリーンナップに繋げるのにチャンスを作れるかもしれない。


「ゲッツーだけは避けてくれよ……」


 次の打者は七海だ。今日ここまで当たりはない。


 狩野も流石に強豪校のピッチャー。ヒットを出しても動揺しない。


 七海は三球、四球と粘っていたが、五球目を打ち上げてファーストフライとなる。


 そして夜空の打席、代打に送るのは二択だ。


 この状況で期待できるのは……。


「梨々香、頼んだ」


「わかったー」


 代打に送るのは梨々香。瑞歩は一発はあるが打率はあまり良くない。そうなればムラはあるがノっている時は結果を残す梨々香を選択する。


 繋げて続く珠姫、亜澄で勝負だ。


 代打を告げ、梨々香は打席に入る。これで完全に夜空は退いたこととなる。


「ここからだ……」


 今までの練習試合でも夜空を交代したことはあった。ただ、それは他の選手の成長のためでもあった。


 夜空は精神的支柱としていつもチームを支えていた。今回は怪我という形で退いているので、今までとは状況が違う。


 梨々香の打席、夜空に代わる代打として登場したため、更に厳しいところを攻められる。


 初球、内角低めの厳しいコースへのカーブ。これに梨々香は空振りだ。


 二球目、狩野の投げ上げるようなストレートはまたも内角低めを攻める。これは体に近く、ボール球となった。


 カウントワンボールワンストライクで三球目。外角低めから外へ逃げるスライダー。これに梨々香のバットは動いたが、スイングする直前に止まる。


 キャッチャー、そして主審が一塁審判を指差す。


 判定は……セーフ。スイングしていないという判定だ。


「ナイセン!」


 よく見た。遠いストライクコースから更に遠くなるボール球に釣られることなんて良くあることだ。そこをしっかり耐えれたということは、今の梨々香が最高に集中している証拠だ。


 そして四球目。投げ上げた浮き上がったボールがまた力を失い落下する。内角低めへのカーブ。そしてこのボールを梨々香は見送った。


「ボール!」


 際どい。そんな球でも梨々香は平然と見送る。


「良し! 良し!」


 スリーボールワンストライク。ピッチャーを追い込んだ。


 際どい球を見逃してストライクとなってもフルカウント。ボールとなればフォアボールだ。甘い球を投げようものなら打たれることだってある。


 精神的にはバッターの方が圧倒的に楽だ。


 この状況、打たれたくないとなれば……。


 狩野の投球動作に入る。その瞬間、ファーストランナーの由真が一塁を蹴った。


「くそ、走ったっ!」


 ファーストの和氣が叫ぶ。ただ、もう投球動作に入っており、ボールが指先から離れようとしている。咄嗟には変えられない。


 そして打たれたくないこの状況、選択したのは外角低め。際どいコースに向かうのはストレート。盗塁阻止をするには速い球の方が有利だ。


 キャッチャーは捕球と同時に送球出来るような姿勢を取る。


 しかし、これを梨々香は見逃さなかった。


 金属音が響く。これは盗塁ではない。エンドラン。そして打球は一、二塁間。


「セカンド! ……くっ!」


 キャッチャーは打球方向を確認するとすぐに捕球する野手を指定する。


 しかし、セカンドの的場はセカンドのベースカバーに入ろうとしていたため定位置を離れている。到底届くような場所にはいない。


「抜けた!」


 美雪先生は思わず立ち上がる。


 打球はライト前へと転がり、スタートを切っていた由真はそのまま二塁を蹴る。


 ライトが捕球した頃には梨々香は一塁へ到達しており、由真はすでに三塁手前で中継へと投げるだけだった。


 オールセーフ。これでワンアウトランナー一、三塁だ。


「光! 代走!」


「よしきた。行ってくる!」


 出塁した梨々香に代えて守備の準備をしていた光を呼び、代走へと送る。


 これで長打が出れば二点の可能性もあり、ただのヒットでもランナー一、三塁が継続される可能性が高まる。


 勝負の時だ。


 そしてバッターは……。


「珠姫……」


 最強で最弱の打者、本田珠姫がネクストバッターズサークルから立ち上がる。


 打てなくとも、先程の打席のような外野フライを上げれば一点だってある。


 打てなくても最善の結果となって欲しい。


 そう願うしかない。


「ねえ、巧くん」


 打席に向かう前。珠姫は背を向けたまま声を上げた。


「どうした?」


 突然のことに驚きはしたが、平静を装って返事をする。


 そして、珠姫の口から出た言葉は、思いもよらないことだった。




「私、マネージャー辞めるよ」

三年生回です!

書きたいところが徐々に近づいてきました!

この試合詰め込みすぎな気がしますが、夏大会が終われば三年生は引退となるため、ハイペースとなっています。

ご理解いただいた上でお楽しみください!


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