第60話 過去と再会
中学三年生の夏、私たち東陽シニアは二回戦を勝ち上がり、三回戦へと駒を進めていた。
中堅クラスと言われる東陽シニアは良くて三回戦まで進むが、大体は二回戦で敗退する。今年は良かった方だ。
それでも中堅と呼ばれているのは、チーム数が少ない中では勝っている方だというところだ。
そもそも三十二チームあるシニアチームの中、トーナメントのため一回戦では半数の十六チームが敗退する。その時点で上位半数には入っているが、それでもたまには三回戦まで進みベスト8入りをすることもある。数年に一度、ベスト4入りすることもあるため、中堅上位チームと言っても過言ではないだろう。
ただ、大半は二回戦で敗退することが多いため、年によってムラがあるのが現実だ。
しかし、今年の東陽シニアはまた変わった世代だと注目を集めている。二番、三番、四番と中心選手が女子選手だということだ。そしてチームの核と言えるピッチャーとキャッチャー、そしてセカンドがその三人だ。
私、神崎司はその中で三番キャッチャー、そしてキャプテンという位置に就いていた。
独特なチームという理由は三年生が少ないためだ。一番と五番は男子の三年生だが、それ以外は二年生や一年生、その年代は男子が多い。しかし、技術では負けていないため、女子選手である私たちもチームの中心として起用されていた。
私たち三年生は、『自分たちの世代で強豪シニアに成り上がる!』ということを目標にしながら、厚い四強の壁を打ち破ろうと努力していた。
四強と呼ばれる四チームとそれ以外のチームの差は歴然としていた。
全国大会への切符は上位一チーム、毎年その四強のどこかが掴み取っている。その四チームが毎年ベスト4に進んでいるわけではない。しかし、ベスト4から外れた翌年にはほぼ確実にベスト4に入り、他の四強と入れ替わる年もあれば、ベスト4を四強が独占したりもする。
そしてその四強。
突出した選手は少ないが、全体的にレベルが高い。男女共に強豪校である皇桜学園へのパイプを持ち、毎年数名がその皇桜学園へと進学する皇成シニア。
本質はユーティリティープレイヤーでありながら、その万能な能力からエースナンバーを背負い、キャプテンを務める姉崎陽依率いる清峰シニア。
孤高の一匹狼と名高く、球速は男子選手に劣るものの、女子選手で県内でも上位の球速を誇るカーブボーラー。七色のカーブを扱うエース瀬川伊澄を擁する緑南シニア。
夏大会前時点で最速138キロを誇り、エースとして君臨しながらもショートやセンターを守った際にも最高の守備力を持ち、さらには打力もホームランを量産しながらヒットや盗塁も重ね、一年生次からチームの中核を担う。万能選手でありながら全てに突出しており、チーム内、日本代表でもエースで四番、中学生最強プレイヤーと名高いキャプテン藤崎巧率いる白鳳シニア。
この四チームが突出している。
そしてベスト8入りを果たした東陽シニアの準々決勝の相手は、四強の一つである皇成シニアだった。
ベスト4入りを目指した試合、東陽シニアは中盤までお互い無得点と善戦していた。
しかし、私自身は二打数無安打。キャプテンという位置にありながらチームに全く貢献できていなかった。
「弱いねぇ。君、野球の才能ないんじゃない?」
回ってきた三打席目、キャッチャーである女子選手にそんな言葉を突きつけられた。
その選手は審判に注意されていた。しかしその言葉が私の胸に突き刺さって抜けなかった。
言う通りかもしれない、そう思いながらプレーを続けていくうちに、どこか萎縮していたのかもしれない。
打てない、という己の無力さを感じながら、最終回にはツーアウト二、三塁のピンチ。その状況でもエースは諦めず、打者から三振を奪い取った。
はずだった。
ワンバウンドしたカーブに空振りの三振。しかし、捕球出来ずにボールが後ろに逸れる。振り逃げという状況となり、私は後ろに逸れたボールを見失っていう間、サードランナーが生還、サヨナラ負けを喫した。
試合後、喪失感に襲われる。
あの時しっかりと捕球していれば。それだけを考え、監督が善戦してくれたことに対して褒めてくれていたことが全く耳に入らなかった。
誰も私を責めない。そもそもチーム自体打てていない状況が続き、決定的な失点ではあったものの、エースの疲弊もあったため、このまま延長戦に縺れ込んだとしても負けていただろうという共通認識があったからだ。
私が気にしないためにもチームメイトが気遣った優しさかもしれない。
しかし、私は自分で自分を責めた。
試合の数日後、エースとセカンド、仲の良かった三人で進学先について話をしていた。
「三人で一緒が良いけど、他のチームで戦うのも楽しそうだよねぇ……。司はどこに進学する?」
セカンドを守っていた近藤明音が私にそう声をかけてきた。頭が回らない、気力が起きない、ふと考えていたことをそのまま口走った。
「……野球、辞めようかな」
私のその一言でエース、竜崎流花が怪訝な表情を浮かべる。明音も慌てた表情で「なんで?」と問いただしてくる。
「私のせいで負けたし、私、才能ないし」
その言葉に反応したのは流花だ。
「本気で言ってるの?」
「だってそうじゃん」
その一言で流花が掴みかかろうとしてくる。しかし、その直前に私の頬に衝撃が走った。
頬が熱い。そこで叩かれたのだと理解した。明音が涙目で私の頬を叩いていた。
「なんでよ! バカ! ……バカバカバカ!」
怒った明音はそのまま去っていく。明音が怒ったことで流花は逆に落ち着きを取り戻し、「もう一度しっかり考えてみて」と言ってその場を離れた。
その後、きっかけがあり、明鈴高校へ進学をし、野球を続けるという選択をした。二人はもう学校が決まっていた。
野球を続ける、そして今度は公式戦で戦いたいという意思を伝えたところ、二人とは仲直りをすることができた。
皇成との対戦で言われた言葉がまだ心には残っていた。しかし、それでも親友と一緒に、今度は敵という立場で戦いたい。そう思うこと、そして何よりもやはりキャッチャーが好きだと、改めて思い直した。
明音の進学先、水色学園と合宿を共にすることは予想外だったが、学年別の試合でまたチームを共にできたことに喜びがあった。
そして今、私は酷く緊張している。東陽シニアの元エース、竜崎流花がブルペンで投球練習を始めていた。
流花が皇桜に進学したということはもちろん知っている。そのため、この試合があると聞いてから緊張しっぱなしだった。
今はスタメンで起用されてから二打席目。一打席目には初球を打ち急いでライトフライ。
そしてこの打席、三球三振。
緊張、不安、そして怖さ、楽しみな気持ちも合わさり、集中できていない自分がいる。
打てない。
目の前のピッチャーではなく、私はずっと視線で流花の姿を追いかけていた。
祝60話です!
司回となっております。書きたかった話の一つでもあるので、ここまで書き進めてこれたのを嬉しく思います。
過去話なども徐々に書いていこうと思うので、ぜひお楽しみください!
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