第36話 理想と現実
それなりに打ち合っていた印象があった二年生と一年生の試合だが、終わってみれば一対三とロースコアだった。
二年生チームは七安打一得点。一年生チームは九安打三得点。フォアボールは少なく、二年生チームが二個で一年生チームが一個だ。
一年生チームはリードしていたので七回の攻撃は行っていない。そのため六回の攻撃で九安打、つまり平均一、五安打だ。対して二年生チームは平均一安打とこの差大きいだろう。それに加えて一年生チームは打線が繋がったため得点が多かったと考えてもいいだろう。
二年生チームは昨年の光陵のエースだった土屋護を温存しての試合だった。フルメンバーで対峙すればもしかしたら二年生チームが勝つかもしれない。そして一年生チームには同じ一年生でも頭ひとつ出ている琥珀、明日香、伊澄がいたから勝てたのかもしれない。
いや、しかしだ。何よりも重要なのはどっちが勝ったかではなく、一年生チームでも二年生チームと互角に戦えるということ、そして二年生チームも全国レベルの琥珀、明日香、伊澄とも対等に渡り合えるという事実だ。
打撃は水物、日によって打てる時もあれば打てない時もある。そう言う指導者はいるだろう。しかし、例えばいきなり百六十キロを投げる投手と対峙して、その日の運だけで戦えるだろうか?
打てるか打てないか、それは最大限の努力をして初めて対等なステージに到達するのだ。
しっかりと打線を繋げ、得点に繋げた一年生チーム。そして打線は繋がらずとも、しっかりと安打を放った二年生チーム。巧はどちらも称賛したい試合結果となった。
「でも、問題点は多いよなぁ……」
五回表の瑞歩のプレーのように、イレギュラーバウンドしてもしっかりと処理して欲しい打球だった。あとは棗の初回の失点も、結局そのまま逆転することができなかったため、リード直後の投球も見直さなければならない。
この合宿で成長を見せた選手は多いが、それでも問題点はまだまだある。
「ボヤいてないでさっさと押す!」
「はいはい……」
何故か巧は、司のストレッチを手伝っている。確かに一年生の人数は二十三人と奇数なので一人余るが、誰かマネージャーに頼んでもいいところだ。巧は何となくセクハラチックになるので頼まなかったが。
頼まれたから引き受けたが、二年生と一年生の試合前に変態扱いされてたので正直気乗りしない。
しばらく無言が続いたが、やがて司が口を開いた。
「私のリードどうだったかな……?」
何故か不安そうに尋ねてくる。
「しっかりと三人で抑えてたし、特に文句のつけようがないな」
「それもだけどさ……。私は巧くんの求めるレベルで出来ているかなって」
「俺は十分だと思うけど。何でそんなことを気にするんだ?」
琥珀の力があったのが前提としてもその琥珀の実力に見合ったリードは出来ていたと思う。実際に抑えていたし、もし乱雑なリードであれば流石の琥珀でも打たれていてもおかしくはない。
「明鈴でメインでキャッチャーしてるの私だけじゃん? でも七海さんも陽依もキャッチャーできるし……」
司は言い淀んでいる。自分の口からハッキリと言わないことで何となく予想はついた。
「七海はできるって言っても去年の夏にその時の三年生のキャッチャーが引退してポジションが空いたからしてただけだし、陽依は器用にこなすけど外野として置いておきたいと思ってる」
七海の本領を発揮するのはサードやセカンドだ。それこそ司を休ませるために起用することは頭の片隅にないわけではないが、ほぼ皆無と考えていいだろう。陽依も同じくある程度打てて守れる選手が少ない外野手としての起用が最優先だ。もちろん伊澄とバッテリーを組ませることは一応考えてはいるが。
「まあ……。レギュラー決まってないからあんまりハッキリ言いたくないけど、今のところ構想は司だよ」
本当は大会前の渡される背番号で自分の役割がわかるものだ。明鈴に関しては人数の関係上十番以降は渡される背番号がポジションの二番手というわけでもないが、司に関しては問題なく正捕手である背番号2を渡すであろう。一応夜空や美雪先生とも相談する予定だが。
司としてはやはり、メインでキャッチャーをやっていない他の人にその背番号が取られるのが悔しくて不安なのかもしれない。レギュラーを確定させるまで競い合って背番号を奪い合って欲しいものだが、司に限っては元々争う人がいないため、言っても問題ないという巧の判断だ。
「そっか……」
司はあからさまに安心した声を漏らす。
「そんなに不安になることないと思うけどな」
「そうだけどさぁ……」
不安になるということはそれなりの理由があるのだろう。巧は気になってそれを問いただしてみた。
「正直言って、巧くんが監督することになったのって私が原因なところもあるじゃん? だからせめて巧くんが求めるレベルになりたいなって思って」
最初に言っていた『巧が求めるレベル』というのはそういうことか。巧は理由がわかって納得する。
「なんだかんだ言って俺も今は楽しんでいるから気にしなくてもいいぞ。そりゃあ監督してなかったらある意味平和だったかもしれないけど、楽しいこともなかっただろうし」
これは本心だ。野球から離れた中学生の秋から高校入学まで巧の生活はつまらないものだった。妹の練習に付き合うことはあったが、それはあくまでも練習の手伝いなだけで自分のためにやったことではない。今も役割としては似たようなものだが、監督という確固たる役割が存在し、その目標に向かって日々邁進している。
「まあ、俺が求めるレベルっていうか、理想を言ったら極端な話、日本代表レベルだけどさ、そんなこと司にも他の部員にも求めるつもりはないよ。俺はこのチームをどれだけ強くしてどれだけ勝てるようになるかってことしか考えてない」
理想を言えば琥珀のような選手が九人いることだ。日本代表レベルなんて全国で毎年十八人が選出されるが、そんな選手が一つの高校に集まることなんてあり得ない。むしろ明鈴の夜空、珠姫、伊澄と時期は違うとはいえ日本代表レベルが三人も集まるなんて強豪校レベルだ。水色は明日香の一人だけ、光陵でさえ琥珀と魁の二人だけだ。
明鈴のメンバーは今でも十分な戦力だと巧は思っているし、これからも楽しみなチームだとも思っている。
「俺のことはいいけど、もし気にしているならプロになれるレベルの選手になってくれることを期待してるよ」
巧なりの激励だ。もちろん今すぐという意味ではなく、将来的になって欲しいという意味だ。
「……期待に添えるように頑張らせていただきます」
明鈴の投手陣はタイプが様々だ。カーブに特化しているとはいえそのカーブだけで七色の球種を持つ伊澄、ストレート主体で豪速球を放る反面変化球はまだまだな黒絵、器用で様々な変化球を操る陽依。この投手陣をうまく飼いならせるようなキャッチャーになれば、司のレベルは自ずと上がっていく。
考えすぎなくても司なら大丈夫だ。巧はそう信頼している。
「流石にそろそろ俺も試合の準備しないといけないから、もう戻っていいか?」
「そうだね。ありがとう」
司は立ち上がり、体を曲げて伸ばしている。それを見てから「じゃあ行ってくる」とだけ残して巧は背中を向ける。
「頑張れ! 監督!」
軽い衝撃とともに、巧は司に背中を押し出された。
二年生チーム対一年生チームが終わって続く三年生チーム対二年生チームの間の話となります!
前に巧と司が話していたので、今回も同じ構図にしました。また、作中に触れている『バッティングは水物〜』という話は私が実際に学生時代に顧問に言われたことで、「練習しないとそもそも打てないだろ!」という反論の気持ちを込めて入れさせていただきました(笑)
本作はフィクションですが、実体験を織り交ぜながら(設定以外は)リアリティーを追求していきたいと思っています。それを踏まえて今後もお楽しみください!
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