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第3話 采配と考え

「あっつ」


 まだ四月中旬というのに、太陽は異様な暑さを放っている。巧は運動用のジャージに身を包み、ベンチの端で座っていた。胸元を仰ぎ、風を服の中に送る。

 昨日のグラウンドとは違い、今日は学校正面の体育にも使われる運動場を使用していた。


 伊澄との対決から一晩明け、特に何事もなかったかのようにお互いに平常通りだ。


 元々顔見知りで何度か話したことがある程度なので、仲直りと言うのも変な話だ。


 会話をあまりすることなく、試合が始まり、回を重ねていくのだが、シニアの頃や男子の高校野球とは少しだけルールが違うため、巧は試合方法の確認をする。


 基本的なルールは変わらないが、男子野球とは違い七イニング制。県大会決勝や全国大会でも九イニングとなるが、今日のところは関係ない。


 今日は練習試合のため、午前に一試合、午後に一試合の計二試合を行う。


 午前の一試合はもう終わりを迎えようとしている。


 一年生ながらすでにエース扱いの伊澄は四イニング投げて被安打二、四球一個で無失点。


 打線は思うように繋がらず、安打九本でチャンスを幾度となく作ったものの得点はわずかに一点。


 五回から途中登板した二年生の結城棗は六回に一失点、七回に二失点と逆転を許している。


 最終回、ヒットは出たもののやはり得点には繋がらず、この試合は終わりを告げた。


「巧くんはどう思った?」


 この試合は出場せず、巧の隣で指揮に専念していた夜空が問いかける。


「なんとも言えないです」


 弱小校と言われる割には個々の能力はさほど悪くなかったが、要所要所での粗が目立つ。

 打撃は水物と言うが、重要な場面に限って凡退に倒れる。守備でも連携ミスが多く、取れるゲッツーが取れなかったり、盗塁のカバーが杜撰だったり、バント処理や中継プレー、フライのお見合い、挙げ出したらキリがない。


 ただ、伊澄や夜空の後輩でいる姉崎陽依のように、強豪校でもレギュラーや、そうでなくとも控えには入れるような選手もいるため、『もったいない』というのが巧が試合を見た感想だ。


「ちなみに夜空さんが入ったら何番を打つんですか?」


「四番かなぁ? 打順にこだわりはないけど、一番打ってるし」


 一番打っているのはプレーを見なくてもわかる。

 ただ、元々は一、二番を打つような出塁するプレイヤーだったため、打順が適任だとは思えない。打撃力が向上していれば三番もありだが、ホームランや打点を稼ぐ選手ではないため、打撃タイプが変わっていなければ四番はないだろう。


 今回代わりに四番に入っていたのは伊澄。その伊澄も四番向きとは言えない。


「巧くんなら打順どうする?」


「俺なら……、そうですね……」


 今回は夜空以外の全員に出場機会があり、少なからずプレーを見ていた。情報としては少ないが、それを元にベストメンバーを考える。


 そのようなことをしていると、夜空は思い付いたように口を開いた。


「あ、それならいっそのこと監督やってみない?」


「え?」




「どうしてこうなった」


 巧は悲壮感に包まれながらベンチ内で頭を抱える。


「何そんな落ち込んどんの? 頼むでカントク!」


 巧が巻き込まれた原因の一端である、陽依が勢いよく巧の背中を叩く。


 近くで夜空の提案を聞いていた陽依が騒ぎ出し、他のメンバーの耳に入ってしまったため、断るに断れなくなってしまった。


「やるからにはちゃんとやるよ」


 背中を叩く陽依にはイラッとしながらも、中途半端に投げ出すことを嫌う巧は真剣に采配を考えていた。


 オーダーはすでに決めてあり、以下の通りだ。


 一番センター瀬川伊澄

 二番ショート黒瀬白雪

 三番セカンド大星夜空

 四番ファースト諏訪亜澄

 五番サード藤峰七海

 六番レフト姉崎陽依

 七番キャッチャー神崎司

 八番ライト千鳥煌

 九番ピッチャー豊川黒絵


 二番の白雪は小技も得意で、パワーはないがそこそこのミート力もあるための起用だ。


 四番の亜澄はパワーヒッターで、五番の七海は対極にミート力が非常に高い。どちらかで貯まったランナーを返す算段だ。


 陽依は万能選手のため、そこから打順が始まっても適応できるようにし、司もそれなりに打てることとキャッチャーという負担を考慮して下位打線から始まる場合の一、二番と似たような役割を期待している。


 八番の煌に関しては打撃はあまり不得手ではないようだが、守備力が高い。

 九番の黒絵は女子とは思えないほど上背があり、パワーがあるため一発が狙えるが、打率が悪くピッチャーということで九番起用だ。


 ポジションの兼ね合いがあるとはいえ、伊澄、白雪、陽依、司、黒絵と一年生が五人もスタメンに名を連ねている。そもそも三年生は夜空と怪我持ちの珠姫しかいないが、七人いる二年生は四人も控えになっている。控えの一年生は一人だけだ。


 完璧に能力を把握しているわけではないため、確信とまではいかないが、二年生の大半は代打や代走、守備固めの要員になりうる突出した能力はあるがバランス面を考えれば一年生の方が安定感がある。

 それ故の起用だった。


 両チームとも整列し、挨拶を済ませる。午前中の試合では明鈴高校は後攻だったため、今回の試合は攻撃から始まる。


 一番打者の伊澄には声をかけるタイミングはなかったが、二番の白雪が次打者が待機するネクストバッターズサークルに向かう前に声をかける。


「黒瀬は二番打者の役割はなんだと思ってる?」


「え、うーん……」


 白雪は頭を抱え、考え込む。


「そこまで難しく考えなくてもいいんだ」


「それなら……。やっぱりランナーを進めることかな?」


 一番が塁に出てバントや進塁打で二番が進める。そして三番四番がランナーを返す。

 オーソドックスではあるが、一番よくあるパターンと言っても過言ではないだろう。


「それも重要だが、俺はやっぱり二番も打ってほしい」


 アウトになる前提というのはもったいない。切羽詰まった後半ならまだしも、試合は長い。

 序盤の一点のために可能性を狭めるのはもったいない。


「長打を、というわけじゃない。繋ぐことや、一番が出れなければ自分が出塁することを考えてほしい」


 近年では二番強打者論が出ているが、その点でいけば夜空が適任とも言える。

 ただ、その代わりのクリーンナップに上がってくるとしたら陽依、もしくは一番に陽依を据えて三番に伊澄とすることができるが、下位打線に迫力がなくなってしまう。


 強打者というまでは求めていない。単打でもいい。

 ただ繋ぐこと、無理でも進塁させることを考え、一番が出塁できなかった場合は二番にも期待できる。

 そんな打線を巧は思い描いている。


 白雪は進塁打を打つのは上手いが、ヒットゾーンを狙った結果の進塁打になっているように感じたため、その延長線上にヒットが存在し、今後の成長でそれが望めると考えたための二番起用だった。

 たとえ二番でなくとも、成長すれば下位打線を打たせても厚みが出ることは間違いない。


「繋ぐ……」


「難しく考えなくてもいい。いつも通りだ」


 下手に気負い過ぎればいつもと違うプレーになる。二番打者に合ったプレーが見たいわけではない。そのままのプレーを欲している。


 やがて相手ピッチャーの投球練習は終わり、明鈴高校の攻撃が始まる。


 初回は伊澄からのスタート。

 序盤からサインを出すつもりはなく、個々に判断を任せるつもりだ。


 伊澄ならば言わずとも一番の役割をわかっているだろう……。


 そう思った矢先、初球から叩いて右中間を割るツーベースヒットだ。


「あの子……、何も考えてないんじゃ……」


 そう呟いたのは夜空。セオリー通りなら一番は出来る限りボールを見ていくのだが、伊澄はそうしなかった。夜空の言葉に同意しようとした巧だが、隣でスコアと取っている珠姫に視線を向ける。


「前の試合のスコアブック見せてもらっていいですか?」


「え、うん、いいけど」


 唐突に声をかけられた珠姫は少し動揺した様子だ。そんなことは気にもせず、巧は前の試合のスコアを確認する。


 前の試合では一、二、三番が早いカウントで勝負しているためか、四番の伊澄がかなり球数を投げさせている。その後の五番に入っていた亜澄はどの打席でも早いカウントで打席を終えている。対して途中出場をしていた白雪はじっくり見ている打席と早めのカウントで勝負している打席がある。これは甘い球が来たからだと仮定すると、白雪はじっくりと見ていくタイプだ。


「状況を考えた上であえて打ったな」


 まだ初回。しかし先制点は大きいものだ。初球から来た甘い球を見逃さず、じっくり見ていくのは二番の白雪に託したということかもしれない。


「夜空さん、初回、一点は入れてくださいね」


 ノーアウトから伊澄がチャンスを広げたのだ、この機会を逃すわけにはいかない。


「う、うん。なんかやけに積極的だね?」


 嫌々だった巧がノっているのが不気味なのか、夜空と珠姫が困惑している。しかし巧はそんなことは気にしない。選手の活躍があってこそだが、自分の采配次第でチームの勝敗を分ける、そう考えると少し楽しくなっていた。

一試合ですが、数回に分けて書こうと思います!


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