第21話 三年生と一年生④ 決意と覚悟
八番の珠姫の打席、巧は緊張した面持ちで彼女の打席を見守る。
今までは代打か、先日スタメンだった試合でも四番とプレッシャーを感じる場面での打席が多かった。しかし、今回は八番と下位打線。上位に繋ぐ九番でもなく、ツーアウトランナー一塁と一点入ればラッキーくらいのそのまでプレッシャーのかからない場面だ。
初球からいきなりスイングしていく。高めのストレート、それも完全なボール球にも関わらず手を出してしまった。打撃フォームもいつも通り崩れている。
「ゆっくり、落ち着いて」
巧はネクストバッターズサークルから声をかける。珠姫はうなずき、黒絵に向き直った。
二球目、黒絵ちゃんが振りかぶる。指先からボールが放たれてこの辺りに終着するのだろうというのはわかっている。しかし体が思ったように動かない。
緊張して強張った体と崩れたバッティングフォームが、振り抜こうとしているポイントからずれた位置にバットを振らせようとする。
そこじゃない。
私の思考がそう指示しても体とバットは言うことを聞いてくれずに空を切る。
「ストライク!」
もうツーストライクだ。そう考えるとさらに体が強張る。
黒絵ちゃんが三球目を私に対して投げる動作を行う。
ボールが指先から放たれたと同時に、大怪我を負った時のデッドボールがフラッシュバックする。
毎球毎球、このイメージが頭から離れない。
肘が折れる感触、さらに追い討ちをかけるように冷たい金属バットに肘が打ち付けられる感触、どう足掻いてもこの感触からは逃れられない。
なんとかバットに当てなければ。そう思いなんとか手首を捻りボールをバットに当てるものの、結果はセカンドゴロ。一塁に向かうが、こんな打球じゃ間に合うはずもない。
この苦しみを味わいながらも私は選手であることを諦めきれない。野球から離れたくないからマネージャー兼任選手として縋り付いている。
私がどれだけ苦しんでも野球は手放したくない。勉強も特別できるわけじゃない、他に特技があるわけでもない、私には野球しかなかったから。
そして怪我で苦しんで野球から離れようとした後輩がいる。藤崎巧くん。私は彼に見せなければならない。どれだけ苦しくても野球は素晴らしいものだと。
そして苦しみながらも野球に戻ってきたことを後悔させてはならない。あなたの選択は間違っていなかった、私が野球でそれを示さなければならない。
私はこのグラウンドに立ち続ける。
転んでも立ち上がり続ける。
だって私は野球を愛しているから。
今回も試合の続きです!……が、珠姫視点でお送りしました。
本当はこの描写を入れるつもりはなかったのですが、毎回巧視点ということもあり、珠姫がどういう気持ちなのか、何故怪我をしながらも野球を続けるのかというのは会話パートだけで語るにはもったいないと判断して描写させていただきました。
あと、個人的にですが、第三者視点では投げた打ったで完結してしまいますが、ピッチャーやバッター視点ではどうなのかという描写をしてみたいという新たな試みも含めています。
あんまり視点がコロコロ変わると誰が語り部なのかわからなくなるので、これからも重要なポイントだけこのような描写にしていこうと思います。
ちなみに伏線のつまりではなかったのですが、今回のタイトルは『三年生(珠姫)と一年生(巧)』という意味合いがあります。
今後も後が短い三年生パートは増えると思いますが、そちらをお楽しみいただけたらと思います!