第149話 三年生たち
明音との電話を終えた巧は、練習のためにグラウンドに出る。
ちょうどアップも終盤のため、タイミングとしてはいい頃合いだ。
それから準備が完了すると、練習が始まる。
練習はノック。今日のおさらいをするように、今日の試合での状況を再現して行った。もちろん打球もだ。
完璧とはいかないが、打球を再現するのに巧は苦戦したが、なんとか一通りおさらいのノックが終わる。
それだけでは選手たちはまだ物足りないようで、他の練習を要求された。今度は難しい打球のノックを全員がエラーなしで終わるまで行ったが、それも五時頃には完遂した。
それでもまだ物足りないと言われ、最後の練習に移る。
負けた悔しさをぶつけるため、今日のやり場のない感情を解消するためだけの打撃練習。ただ気持ちの良いバッティングをするのが目的のため、ランナーの状況も意識する打つ方向も考えず、ただ打ちたいように打つだけの練習だ。
練習とは呼べるかわからない、とにかく溜まった気持ちを吐き出すかのような時間だ。
選手たちは無言で、涙を流しながら黙々とバットを振っていた。
そこからひと段落着くと、時刻は六時前となっている。片付けとグラウンド整備をし、簡単に練習後の挨拶をするとすでに六時を回っていた。
「じゃあ、今日の練習はこれで終わりだ。明日は休みだから、しっかり体を休めろよ。あと、三年生は少し話があるからこの後少し残ってくれ。俺からは以上だ」
巧はそう言った後、「先生の方から、最後にお願いします」と言いながら、円陣の立ち位置を変わった。元々巧が中心にいて、その横に美雪先生がいたが、今度は美雪先生が中心となる。
「私から言うことは特にないんだけど、巧くんが言ったことを改めて念押しとして言いますね。……明日は休んでね? 休まなかったらしばらく練習に参加させないから」
しばらくは大会が近いということで、完全な休養というよりも軽めに体を動かす調整が多かった。完全休養を入れても良かったが、大会前に焦る気持ちで無茶な練習を個人的にされて故障に繋がることが一番危ないため、練習という形で体を動かさせた。
大会が終わってリフレッシュの意味を込めても、明日は何もさせたくない。もし明日勝手に練習しようものなら、美雪先生は本当に容赦なく練習に参加させないだろう。由真曰く、去年に実際夜空が練習に参加させてもらえなかったこともあったようだ。
「は、はいっ! 素振りは練習に入りますか?」
「入ります」
どうしても練習のしたい陽依はあえなく撃沈する。
毎日練習をするのは、体を痛めつけるだけの行為だ。怪我にも繋がるだろう。
怪我をして選手を辞めた巧としては、選手たちに同じ思いをして欲しくない。
練習したい選手たちと、休ませたい巧や美雪先生。休ませられない状況の場合、上半身を使うトレーニングと下半身を使うトレーニングで体の負担を分散していたが、やはり完全休養の日は欲しい。
休日に全員の行動を把握できるわけではないため、それはもう各々に任せるしかない。
巧は発言しようと口を開きかけるが、先に美雪先生が口を開いた。
「休養も練習の一つです。体を休ませて練習に備えるのも、今後の成長に繋がっていきます。厳しいことを言いますが、練習を休まないということはむしろ怠慢です。自己管理ができないという証拠ですから」
美雪先生は巧の言いたいことを代弁してくれた。開きかけていた口を閉じた。
一日休むと取り戻すのに三日かかる、と言われているが、その言葉に根拠はない。練習していた場合としなかった場合で比べようがないのだから。
ただ、ハッキリ言えることは、三百六十五日休みなく練習をすれば、いつか怪我をする。しなくても疲労でパフォーマンスを落とす。
練習するべき時にもう一踏ん張りすることと、疲労が溜まっている時にさらに負荷をかけることでは全く意味が異なってくる。
サボりと休養は別物だ。
「大会で疲労も溜まっています。連戦もありました。もし今ここで無理をして重要な時に怪我をしたら、それこそ皆さんにとっては辛いことだと思います」
夏が明ければ秋季大会がある。選出されればだが、県代表や世界大会もあるのだ。冬を越せば春季大会があり、また夏が来る。
今休むことは、今後の選手たち自身、チームにとっても大切なことだ。
「明日はしっかり休んで、また明後日の練習から頑張っていきましょう」
美雪先生がそう言って練習を締めた。
それぞれが帰宅の準備をする中、明音にメッセージだけ送った後、巧は三年生を集めた。
この場には巧と夜空、珠姫、由真の四人だけだ。
「……まあ、なんというか、俺が監督になってから短い間だったけど、みんなお疲れ様」
一言目、言葉に詰まりながらも巧は絞り出した。
夜空とは約三ヶ月間、監督と選手という関係だったが、珠姫が選手に専念したのは約一ヶ月前、由真が再入部したのも約一ヶ月前だった。
そんな短い時間でも、もっと長い時間だったようにも感じる。
「今後のことは、また改めて個人的に話すつもりだから考えておいてくれ。……進学にツテとかあるわけじゃないけど」
巧は監督ではあるが、ただの生徒だ。中学野球界では全国的に有名だったため大学や社会人野球関係でも多少の顔見知りはいるが、監督としての実績は皆無だ。推薦したところで取ってくれる保証はないし、そもそも男子野球ばかりだ。
光陵の神代先生に相談してみることができるくらいだろう。
「あとな……」
今後の進路のこととは別に、言うべきことが一つだけあった。
言うべきことと言うよりも、許可することだ。
一、二年生はまだ気軽にできたことで、三年生だけができなかったことを。
「もう、泣いてもいいぞ」
巧がそう言うと、少しの沈黙の後に三人は静かにポロポロと涙を零した。
一、二年生の手前、しっかりしないといけないという自覚からか三人は泣けていなかった。悔しい気持ちはあるだろうが、多分試合後に泣いてしまっていれば、止まらなかっただろう。そのことを考えると、気丈に振る舞う三年生の三人はありがたかった。
最後までチームを引っ張ってくれた。
今まで困難を乗り越え、互いにぶつかり合い、時には道から逸れたりすることはあったが、弱かった明鈴を支え続けた。この三人がいたからこそ、ここまで来れたのだ。
この三人は間違いなくチームの中心だった。由真は短い間で、珠姫も選手としては短い期間だったが、間違いなく全員が仲間と呼べる選手たちだ。
溜め込んだ感情を一気に放出するように涙を流す。もう巧と三人以外はこの場にはいない。我慢しなくてもいいのだ。
「夜空はキャプテンとしてチームを引っ張ってくれた。時には感情的になってしまうこともあったけど、珠姫や由真がいてくれたし、陽依に尻を叩かれることもあったな。人間だし、そういう時もあるさ」
人間誰しも迷いが生まれることはある。それでも夜空はチームを引っ張り、キャプテンであろうとした。周りに助けられることもあったが、常にチームの主柱だった。
「人一倍努力して、自分に厳しい。他人にも厳しいから由真とも衝突したけど、厳しいからこそ明鈴は強くなれたと思ってる。夜空のやる気がチーム全体のやる気に繋がったんだ」
上手い人は努力をする。当たり前だが、それを夜空は隠れてしていたわけでもなく、みんながわかるようにやっていた。それが無意識かもしれないが、上手くてもなお努力を続ける夜空に、全員が現状に満足いかなくなった。それがチーム全体の向上に繋がったのだろう。
逆にそれのせいで由真を含めて部を辞めていった現三年生と衝突したこともあった。ただ、話を聞く限りでは由真以外はもう野球を辞めており、今は今で楽しんでいるようなので、なるようになったと考えるしかない。
とにかく、夜空がいたからこそ明鈴が強くなったのは言うまでもない。
「珠姫はイップスもあったけど、ずっとマネージャーとしてチームを支えて、乗り越えてからも主砲として支えてくれた。冷静にチームを見ていてフォローする。チームの母親みたいな存在だったな」
感情的になりやすい夜空とは真逆で、珠姫は常に冷静だった。イップスを乗り越えるでは不安定なところもあったが、それでも冷静でいようとし続けた。
夜空とはまた違った形で、チームを支えていた。
「由真は去年、二年生の面倒をよく見ていたってことは聞いている。夜空と衝突してからも腐らずに野球を続けて、戻ってきてからは切り込み隊長としてチームを支えてくれた。いてくれなかったら明鈴の走攻守のレベルはもう一段下がっていたと思う」
走塁が長所の由真だが、打撃も守備もレベルが低いものではない。少なくとも似たタイプである光の良い見本になってくれて、由真がいたからチームの走塁の意識が向上した。
一、二年生の面倒見も良く、夜空や珠姫とはまた違った形でチームを支えていた。
「三人がいてくれなかったら、一人でも欠けていれば、勝てた試合も負けていたかもしれない。……夜空、珠姫、由真、三人がいてくれて良かった」
三人がいてくれなければ、もっとチームはボロボロだっただろう。少なくとも、皇桜と対等に渡り合うことはできなかった。
監督とはいえ、巧はまだ一年生。そして監督になったのは部員からの勧誘があったからで、最初は仕方なくだった。
ただ、今はもう自分が監督で、選手のみんなを導いていかなければならないという自覚がある。
たとえ年上が相手だろうと、巧は監督なのだ。
それでも一言、最初で最後に監督ではなく、ただの後輩として言いたかった。
「先輩、今までありがとうございました」
明鈴高校、藤崎巧監督就任後の初めての夏の大会。第四回戦……準々決勝にて敗退。
ベスト8にて、その姿を消した。
ついに前編も終盤……。明日完結予定です!
後編もお楽しみに!
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