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第146話 唐突な終戦 vs伊賀皇桜学園

 レフト線、強い当たり。


「行け!」


 私は柄にもなく、声を張った。


 打った瞬間、私は走り出す。長打となればさらにチャンスで後続へと繋がる。

 優位な状態で試合が進むのであれば、そのチャンスを自ら手放すはずもない。

 私は全力で一塁に向かっていた。


 しかし……、


 乾いた音が鳴り響いた。

 それは、サードの本堂さんのグローブに、打球が収まる音だった。

 サードランナーがいることで三塁付近を守っていた本堂さんにとって、少し移動すればジャンプして届く位置に打球が飛んだのだ。


「アウトォ!」


 通常の守備位置であれば確実にレフト前に落ちていたライナー性の打球は、不運にもサードライナーとなった。

 ただ、それだけでは終わらない。


 三塁方向へ移動しながらジャンプした本堂さんは、その勢いで流れるように着地しながら三塁ベースを踏んだ。


「アウトォ!」


 サードランナーの梨々香さんは戻り切れない。

 ライナー性の速い打球だった故に、戻り切る前に本堂さんが三塁ベースを踏んだ。


 頭から戻ろうとしていた梨々香さんの手は、三塁ベースに届かない。

 そして、一塁に全力疾走していた私も、その結果を見ると一塁ベースに到達する前に足を止め、呆然としていた。


 ワンアウトランナー三塁。

 得点に繋がる絶好のチャンスで、ゲッツーなんてそうそう起こらない場面。

 チャンスをモノにできるはずだった打球を私は放った。

 しかし、無常にもサードライナーからの、戻り切れずにゲッツー。

 こんなことになる可能性なんて、微塵も考えていなかった。


 もしこの世に野球の神様がいると言うのなら、それは酷く残酷な神様だ。




「ゲーム!」


 審判の掛け声によって、グラウンドに集められた選手たちは礼をする。

 試合が終了してしまった。


 六回まで勝っていた試合だった。

 七回に逆転されたが、最後の最後まで強豪・伊賀皇桜学園を追い詰めていた。


 結果は九対八。あと一点に明鈴は泣いた。


 勝てる試合だった。

 ただ、結局勝ったのは皇桜だ。

 むしろこれで明鈴が勝っていたとしても、皇桜からすると勝てる試合だったと言える試合だ。

 つまりは、どちらが勝ってもおかしくない試合だったということだ。


 陽依が泣いている。司も泣いている。

 光や七海、亜澄、煌、鈴里、梨々香、棗、白雪、瑞歩、由衣も泣いていた。

 伊澄と黒絵、二人が最終的な負けに直結したこともあるからか、泣かずに暗い顔をしている。

 珠姫と由真は、そんな泣いているみんなの肩を叩いたり、抱きしめたりして落ち着かせようとしていた。

 美雪先生はどうして良いものかわからないといった表情で、巧も同じく何を言って良いものかわからなかった。


 本来、監督であれば伝えられる言葉はたくさんあるだろうけど、巧は監督であると同時に同年代のしかも一年生だ。

 これで引退となる三年生の気持ちを考えると、『次』の話は口が裂けても言えなかった。


 そんな時だ。


「みんな、良い試合ができたよ! みんな頑張った。悔しいなら泣けば良いし、反省も後悔もすれば良い」


 巧が言えなかった言葉を夜空が代弁した。

 夜空や珠姫、由真の気持ちを考えると言えなかった言葉でも、三年生で引退する立場にある夜空はそれを言えた。

 そして夜空は続ける。


「今は次の試合のためにベンチを空けないといけないから、早く片付けよう!」


 ずっとベンチにいても仕方がない。

 夜空が率先して言ってくれたため、巧もようやく口を開くことができた。


「撤収したら念入りにダウンして、帰ってからミーティングだ。撤収するのは急がないといけないけど、ダウンは焦らなくてもいいから、ゆっくり念入りに、な」


 巧はそう言うと、自分の荷物を片付け、ジャージを羽織る。

 本来であれば暑いため上のユニフォームを脱いでからジャージを羽織るが、どうにもユニフォームを脱ぐ気分にはなれなかった。


「先生、すいません。少し席外しても良いですか?」


 早々に荷物をまとめた巧は美雪先生に声をかける。


「……うん、わかった。巧くんもゆっくりで良いからね?」


 巧の気持ちを察したのか、美雪先生はそれ以上何も言わずに巧を見送った。

 反省も後悔もしなければならないのは選手だけではない。

 それは巧も同じだった。




 巧は一人、球場から出て外のベンチで座っていた。

 ただボーッと座っていると下手にごちゃごちゃと考えてしまいそうなので、自販機で買った缶コーヒーを飲みながら色々と考えていた。


 光の代走は結果的に機能しなかった。点を取りたいところではあったが、焦って出す必要はなかった。

 陽依も急な登板に慣れてるとはいえ、結果的にすぐに夜空に代えることとなってしまった。

 棗の登板も、準備させていたとはいえ、もう少し違う使い方があったのかもしれない。その結果、黒絵にも中途半端なタイミングでの登板を強いることとなってしまって、その結果伊澄を再びマウンドに戻すことになってしまった。


 何を考えても采配は結果論だ。

 何も動かなければもっと酷い結果になっていたかもしれないため、絶対にダメだったとは言えないが、それでも後悔はしてしまう。

 結論に辿り着かない悩みだ。

 プレーしていれば、エラーがミスだったり、送球が逸れたとか反省する点はまだわかりやすい。もちろん結果論のこともあるが、その点は選手でいた時の方がまだ答えは出しやすかった。


 そうやってマイナス思考が止まらなくなっていると、一人で出てこなかった方がいいと思ってしまう。ただ、悩んでいる姿をみんなに見せて、さらに不安にさせることはしたくなかった。


 そんなタイミングで、ちょうど良く声をかけられた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 声のする横に目を向けると、そこには妹のまつりが立っていた。

 もう夏休みに入っているため、応援に来てくれたのだろう。

 ユニフォーム姿ではなく私服のため、今日はシニアの練習がなかったことを思い出した。そのことすら今になるまで忘れていたというのは、自分自身余裕がなかったからだろう。

 ただ、それにしても応援に来るとは思っていなかった。


「まつり……、来てたのか」


「まあね。つばめちゃんと一緒に来たんだ」


 つばめちゃんというのは、まつりと同い年で同じシニアの友人だ。

 中学は違うようだが、シニアで会ってから気が合い、家も自転車で二、三十分くらいのところのようで、シニア以外でも個人的に遊ぶことがあり、巧も何度か会っていた。


「そのつばめちゃんは?」


「つばめちゃんもちょっとすることあるみたいだから、私だけこっちに来たの」


 つばめちゃんがこっちに来ても、何を話せば良いのかわからないし、気を遣わせるだけなのでそれは好都合だ。

 まつりだけならこんな姿を見られてもまだマシだ。

 怪我をした時はもっとダサい姿も見られているから。


「わざわざ応援に?」


「うーん、まあそれもあるかな。それとは別に、私もお兄ちゃんほどじゃないにしてもちゃんと野球やってるし、高校では強いところに入りたいって思ってるから。どの学校がいいかなっていうのと、プレーの勉強も兼ねてだけど」


 まつりはシニアでは県内でも強豪で巧が所属していた白鳳シニアには入らず、中堅の小松シニアに所属している。

 強豪でも頭一つ飛び抜けていて、全国ナンバーワンプレイヤーとして注目されていた巧と同じチームでプレーをすると、どうしてもまつり自身比較しまい、周りからも比較されてしまう。

 のびのびと野球をするために、自分の意思で選択した。


 ただ、高校となれば話は違うようで、高いレベルで野球がしたいとのことだ。


「そうか……、皇桜は強かったぞ」


 強いところで野球をするなら、皇桜や邦白、城山といったような強豪に進むといい。

 そう思って出た言葉だった。


 ただ、何故かまつりは不機嫌そうにこう言った。


「明鈴も強いよ」


「お? おう、ありがとう」


 なんと返事をすれば良いのかわからなかったが、とりあえず礼を言う。

 すると、意図を理解していない巧に、まつりはまた不機嫌になりながらもわかりやすく言い直した。


「強いところで野球をしたいと思ってて、明鈴は強いと思ってるの。言いたいことわかる?」


「……おう」


 そこまで言われてわからないほど鈍感ではない。

 まつりにそう言ってもらえることが、巧はたまらなく嬉しかった。


「……お兄ちゃんの話聞いてたから、前々から候補ではあったけどね。今日の試合を見て決めたんだ。つばめちゃんも。一緒に明鈴に行こうって」


 まつりのみならず、つばめちゃんも明鈴に来てくれる。ポジションが被るという問題はあるが、それは心強いことだ。

 高校に入ってからは部活で見に行けていないが、中学で怪我をした後に応援に行ったり、そもそも中学で現役の時は大会で同じ会場になることはあったため、まつりとつばめちゃんのプレーは見ている。

 妹という身内贔屓もあるかもしれないが、まつりは相当上手い。つばめちゃんもそんなまつりに引けを取らない上手さだ。

 そして二人とも、男子に混じる中で二年生ながらレギュラーを取っていた。


 他にも新入生は入ってくるだろうが、それでも今の明鈴に二人が入ってくることを想像すると、誰をスタメンに使おうかという贅沢な悩みまである。


「まあ、そんな感じだし、高校に悩んでる中学生から見ても十分に強い高校だと思うよ」


 まつりはそう言い切った。その後、小さな声で「……学力が中途半端だけど」とも付け加えた。

 確かに明鈴は私立で運動部も盛んだが、中途半端に文武両道と銘打っているため、スポーツ推薦で入ってくる生徒は多少多めに見てもらえるが、ある程度の学力が求められており、スポーツクラスというものがない。

 その辺りは生徒である巧も疑問だが、学校の方針のためどうこうできる問題ではない。

 ただ、そんな高校でも進学して野球がしたいと思ってくれる人が少なかずいるという事実に、巧は自分たちが認められたような気持ちになった。


「……ありがとな、まつり」


 巧はそう言いながら立ち上がると、おもむろにまつりの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 髪が乱れたことに不服そうだが、まつりは笑顔を見せた。


「ほら、お兄ちゃんが落ち込んでたらダメでしょ? シャキッとしてよ」


「はいはい」


 巧はそう言いながら、ダウンをして待つみんなのところに向かった。


 ……妹に元気づけられてしまった。


 兄としては複雑な気持ちもあるが、成長している妹の言葉に、巧は嬉しさを隠せなかった。

劇的な終戦……というタイトルにしたかったのですが、劇的か微妙なのでこのようなタイトルになりました。

夏の大会が終わり、あと数話で一年生編前編として締めくくらせていただきます。

すぐに後半も始まりますので、お楽しみに!


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