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第142話 明鈴のキャプテン vs伊賀皇桜学園

第142話 明鈴のキャプテン vs伊賀皇桜学園

 ワンアウトランナーなし。

 最終回の最後の攻撃で三点を追う場面。

 そこで打席を迎えるのは明鈴高校のキャプテン、大星夜空だ。


「夜空!」


 ベンチの由真が打席に向かう夜空に声をかける。

 声をかけたはいいものの、由真は何と言えば良いのかわからないといった表情で夜空を見つめる。


 その由真の表情に、夜空は小さく笑いながら一言だけ残した。


「簡単には終わらせないから」


 絶対に勝つとは言えない。

 絶対に打つとも言えない。

 そんな保証はどこにもないのだから。

 それでも、このまま終わらせるつもりがないというのは、チームの全員が持っている気持ちだ。


 そしてこの打席、ノっている柳生を相手にして夜空は戦う。

 主砲へ……その後の選手たちに繋ぐ打席にする。


 野球はチームスポーツだ。

 一人が打てなくても、みんなが打てば良い。

 一人だけの力で勝てなくとも、みんなの力で勝てれば良い。

 チームスポーツはそういうものだ。


 強いチームでも負ける時があるように、弱いチームが勝つ時もある。

 どんな強豪校でも弱小校に負けることもある。

 それが野球というスポーツなのだ。


 ただ、今の柳生を夜空は打てないと直感しているのだろう。

 それは弱気だからというわけではなく、この試合をかけて調子を上げ、体力も限界が近いというのにも関わらず淡々と光を打ち取り、そしてなおもマウンド上で柳生は威圧感を放っている。

 そんな柳生から夜空は簡単に打てると思っておらず、自分の打撃スタイルでは打ったとしても後続が繋がらなくなってしまうと理解しているからだ。


 夜空は打席に向かう中、小さく呟いた。


「……絶対に打ってやる」


 巧はそれを聞き逃さなかった。




 夜空の打撃スタイルは積極打法……早いカウントで打っていくのが得意だ。それは夜空曰く、狙い球を絞って空振りしてもストライクが増えるだけで、早めに勝負すれば追い込まれているというプレッシャーがないからだそうだ。

 カウントが打者有利のボール先行となれば、狙い球を絞って打っていくこともできるし、フォアボールを狙うこともできる。

 粘ること自体ができないわけでもなく、状況によって打撃スタイルは変えられる。ただ、体力が限界に近づいてもなおギアを上げている柳生に対して、粘り勝つというのは難しい。


 光の打席でそうだったが、今の柳生はストライクでガンガン攻めてくる。

 対して夜空は慎重にボールを見ながら球数を多く柳生に投げさせ、疲れさせつつも後続がより球筋を見られるようなバッティングをしたい。

 もちろんその結果打てれば最高ではあるが、『二兎追う者は一兎も得ず』という言葉があるように、慎重にいこうとしてヒットを打とうとした結果、早い段階で追い込まれてしまい、焦って球数が少ないまま打ち取られるのが一番最悪のパターンだ。


 そうならないためにも、夜空は自分の役割を打席に入る前に決めていた。


 狙うのはヒットではなくフォアボール。

 打てなくてもしつこく粘り、出塁を狙うのだ。


 しかし、それを感づかせてはいけない。バレてしまえば、狙いを外されるか、あえてフォアボールで出塁させられるかもしれない。


 あっさりとしすぎてはダメだ。

 粘り強く戦うのが、この打席の目的だ。


 そんな初球だが、夜空はいきなり手を出した。


「ファウルボール」


 外角への縦に変化するスライダーを僅かに当てただけ、真後ろに転がるファウルだ。

 手を出していて慎重にいくというのは矛盾しているようにも感じる。しかし、積極的に打っていくように見せながら今後の相手の動き方を変えていくため、そして自分の求める配球へと誘導し、慎重にいくために夜空はこの球をあえて当てにいった。


 相手に自分の策を感づかせてはいけないのだ。


 そして二球目、今度は内角低めへの球だ。


 しかしその球に夜空は手を出さない。


「ボール!」


 際どいコースなのは当然だが、手元で変化する球、カットボールだ。


 初球も際どいコースだったが、それを振りにいった。しかも打ちにくい縦スライダーをだ。

 それは積極的に打っていくという意思表示にもなり、場合によっては打ち急いでいるように見えただろう。

 それが夜空の狙いだった。


 三球目、高めのストレートを夜空は見送る。


「……ボール」


 僅かに外側に外れた球。

 打たれないように打たせにきている投球だ。


 これは、出塁能力が高く、長打や一発がある夜空だからこそ、柳生と吉高は警戒して際どい球を投げさせていた。

 夜空が初球で積極的に打つと見せかけたため、ヒットが打てないようなコースに打たせて取る配球を吉高はしている。

 そのため、二球目、三球目と際どい球を柳生は投げ、それが運良く外れたという結果だ。


 これでツーボールワンストライク。

 その運も長くは続かない。


 柳生はワインドアップから四球目を投じる。

 高い位置から振り下ろしたた腕から放たれた球は、緩い軌道を描きながら夜空の内角低めに食い込む。


「ストライク!」


 緩急をつけるカーブ。

 入れただけの球だが、この一球は夜空にとって次の球の選択肢が難しくなる一球だった。


 基本的に柳生はカーブを多く投げない。恐らく一番自信のない変化球だからだ。

 ストレートと縦スライダーを主体にし、ストレートを狙ってくるバッターに対してカットボールやシュートで芯を外して打ち取る。

 それでも多少の球速差があるとはいえ、ストレート、縦スライダー、カットボール、シュートは速めの球だ。タイミングとしては多少の前後しかなく、大きく外されることはない。


 ただ、カーブだけは違う。柳生の持つ球の中で、唯一遅いと言える球だ。

 そのカーブによって、他の球種の全てがいつも以上に速く感じてしまう。

 連投はしないだろう。そのため速い球が来るという予想はできる。それでも遅いカーブを見た次の球に、何が来るのか全くもって予想ができない。


 ただ、夜空は焦る様子がない。

 それは恐らく、球種を読んでいるからだろう。


 四球目。柳生の放つ球は内角を抉る球。それだけでなく、その球は途中で軌道を変えた。

 しかし、夜空は迷うことなく、バットを振り切った。


 金属音とともに打球が上がる。


「ッ!? ライト!」


 まさかこの球を完璧に捉えられることはないだろうと踏んでいたのか、吉高は驚いたように打球に行先に指示を出した。


 打球は高く上がりすぎない良い角度だ。

 ただ、僅かにタイミングが速く、ライト線のポールの外側、スタンドに入っていった。


「ファウルボール!」


 惜しい打球。

 ただ同じ縦スライダーでも、初球の弱々しく真後ろに転がるだけの打球とは違い、芯で捉えた当たり。確実に精度は上がっている。

 その理由は狙い球を絞っているから、この打席で夜空は縦スライダーを狙っているからだ。


 初球も狙っていたが、捉えきれなかった。まだ慣れていなかったからだろう。

 それでも、この打席で見る二回目の縦スライダーを、夜空はズレを修正して対応した。


 それだけでなく、夜空は読んでいた。

 柳生と吉高のバッテリーは、直前のカーブで緩急差をつけており、カーブ以外の速い球が来ることはほぼ確実だった。

 最も球速差があるのは当然ストレートだが、最も空振りを奪えるのは縦スライダーだ。


 光の打席ではゴロを打たせて取る投球をしたが、結果的にアウトとはいえ、ほんの少しでも本堂の送球が遅ければセーフになりかねないタイミングだった。

 そして、光ほどではないとはいえ、夜空も十分足の速い選手だ。

 打たせるよりも三振を奪いたい。そのために空振りを奪いやすい縦スライダーを選択するというのは、自然なことだ。


 夜空はその柳生と吉高の考えを読んだ。ただそれだけだ。


 そしてこれで六球目。

 柳生の投じた球は、手元が狂ったのか吉高の構えたところよりも高い位置、夜空の目の前を通過する。


「ボール!」


 もう少しズレていれば、危険球にもなりかねない危ない球だ。

 そんな球でも、夜空は仰け反ることなく平然と見送った。


 しかし、これでフルカウント。

 皇桜側からすれば、不利なカウントから追い込んだものの、どうにも打ち取れないという感覚だろう。


 そして七球目に、フォアボールを覚悟しながらも空振りを奪えればラッキーというような、外角低めに低く落とした縦スライダーだ。


 そんな球でも、夜空は食らいついていく。


 いつもよりも低い場所からさらに低く落ちる縦スライダーに、夜空は体勢を崩しながらもバットを振り切る。

 そんな体勢から放たれた打球は、当然フェアゾーンに飛ぶはずもなくファウルとなる。

 ただ、それでも外野のフェンス直撃か、少なくともフェンス手前までは到達していたであろう大きな当たりだった。


 見逃せばほぼ確実にボール球で、フォアボールとなっていただろう。

 それでも『逃がさない』と言わんばかりに、ボール球をファウルにした。


 悪球でも食らい付いていく。そして球数を投げさせる。

 夜空はこの打席で十分に仕事を果たしている。

 それでもこの打席に、さらに大きな意味を持たそうとしていた。


 八球目、今度は緩急をつけるカーブだ。

 夜空はヒットよりもファウルを狙っており、相手もそれに気が付いているのだろう。

 ストレートはもちろん、カットボールやシュートで芯を外したとしても、目的がファウルを打つことならば芯を外したところでボテボテのファウルとなるだけだ。

 それならば、タイミングを外そうということだろう。


 しかし、夜空はタイミングが外れ、体勢を崩しながらもライト側への大きなファウルを放つ。


 まるで、『この程度のカーブなら、狙ってなくても余裕でファウルで凌げる』とでも言わんばかりの打撃だ。


 ただ球数も体力も消費する打席。

 夜空が粘る中で、凡打となる可能性はある。それは逆にヒットとなる可能性もあるということだ。


 これ以上しつこく粘られて、ヒットを打たれた時のダメージは大きすぎる。

 もし巧が逆の立場であれば、悩むところだ。


 今後のことを考えれば逃げたいところだが、エースというプライドから勝負は避けたくない。

 ただ、この勝負の決着はあっけなくついた。


「ボール。フォアボール」


 外角低めに要求された九球目だったが、指に引っかかって低く外側に外れた失投となった。

 流石にそんな球をファウルで凌げるはずもなく、夜空は素直に受け入れた。


 結果的に、夜空の粘り勝ちといったところだろう。


 その上、十分に球数を投げさせることに成功した。

 ピッチャーにストレスを与えることで、後続のバッターたちが戦いやすくなった。

 夜空の大きな功績だ。


 そして、相手にとってはさらに嫌なバッターが続く。


『四番ファースト、本田珠姫さん』


 未だに打率、出塁率十割を継続している。

 絶対に出塁するバッター、本田珠姫だ。

ハッピーバースデー私!

ちょうど話も良いところで誕生日を迎えられました!


ちなみに、『おーばー!』の作中では書いていませんが、裏設定として6月19日は藤崎巧、神崎司の両主人公の誕生日です!

まあ、私が誕生日なので設定しただけですが……。


小話もどこかで書けたらと思っています!


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