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第141話 まだ終わらせない vs伊賀皇桜学園

 ……何の言葉も出ない。


 巧はただベンチで頭を抱えていた。


 伊澄の球は悪くなかった。むしろ最高だった。

 実際に最後に打たれたのは内角高めのストレート。その球は今日出していた自己最速球速をさらに塗り替える、111キロだった。


 それでも湯浅の前に、打ち砕かれた。


 打たれた伊澄は呆然としている。

 ツーアウトランナー満塁で、打ち取れば勝ちという場面でマウンドを任され、たったの四球で三点も相手にリードを許してしまったのだ。


 記録上は黒絵の三失点で伊澄は一失点。それでも伊澄にとってはショックを隠せないのだろう。


 ただ、そんな中で迎えた八番の溝脇は、初球を打たせてピッチャーゴロ。これ以上打ち崩されることはなく、皇桜の攻撃を抑えた。


 それでも、本来迎える予定ではなかった攻撃を明鈴は迎える。

 ただこの回は二番の好調の光からの打順だ。

 そこから夜空、珠姫と続き、五番には煌が入っているが、梨々香も控えている。


 七回表で五点を失ったが、皇桜が五点を取れたのだから、明鈴が取れない理由はない。

 最終回で三点差という大きな差だが、諦めるような差ではない。


「光、出塁したら私が繋ぐから」


 打席に向かう光に、夜空はそう声をかけた。

 それでも、いつものような元気はない。


 手にしようとしていた目前で、スルリと抜けていった勝利。その喪失感が絶望に変わる音が聞こえた。


 ただ……、


「まだ終わってない」


 巧は声を絞り出した。

 そう、まだ終わっていないのだ。

 その言葉に、選手の視線が集まる。


「みんなはよく打ってよく守ってくれた。ピッチャーをコロコロ代えてテンポを崩したのも、代打や代走の使い方が悪くて作戦がハマらなかったのは、全部俺の責任だ」


 打って投げて守って、強い方が勝つ。それは当たり前のことだ。

 それでも、単純に強いだけでもタイミングが悪ければ勝利を取りこぼす。それが今回の明鈴だった。


 選手にも少なからず反省点はある。

 ただ一番反省点が多いのは巧だ。それは自分自身がよく理解している。


「この試合は俺を責めればいい。ただ、諦めるのなら俺はみんなを責める。まだ終わってない試合なんだ。勝つつもりでいないと、勝てるものも勝てないだろ?」


 その言葉に選手たちは沈黙を続ける。

 しかし、俯いていた顔は、確かに前を向いていた。


 そして、やがて沈黙が終わる。


「うちらがあんたを責めるわけないやろ」


 最初に口を開いたのは陽依。

 怒ったような……、それでも本気ではない口調で陽依はそう言った。


「元々、カントクは監督の経験がなかったんや。それでも無理言って、頼んだんはうちらや。少なくとも、カントクが采配してくれやんかったら大差つけられとるかもしれやんし、皇桜と試合する前に負けとるかもしれん」


 最終的に監督を引き受けた巧だったが、元々は乗り気ではなかった。

 今は充実していて、監督を引き受けて良かったとさえ思っている。

 それでも監督経験などない巧にとって、この数ヶ月は未知のものだった。


 やるからには本気でやる。手は抜かない。

 それでもまだまだ浅い経験が露呈してしまう。

 結果論と言えばそれまでだが、自分自身あとで考えればおかしいと思う采配はあった。


 それをみんなはわかっている。

 選手の目線は真っ直ぐと巧に集まっていた。


「ま、陽依の言う通りね。私たちは誰も巧くんを責めない。むしろここまで連れてきてくれてありがとうだよ」


 陽依に代わり、今度は夜空が口を開いた。そしてそのまま言葉を続ける。


「この先は、私たちが巧くんを連れて行く番だ」


 もう巧がすることはない。

 五番の煌の打席で梨々香を代打に送ることくらいだ。

 あとは全て、選手たちにかかっていた。


「みんな、勝つぞ!」




 代打として送られた湯浅は、そのままレフトの守備に入った。


 七回裏、最後の攻撃。

 延長となれば選手の残っていない明鈴は、もう負けるだろう。余裕のある皇桜と余裕のない明鈴では、確実に地力の差が露呈する。


 ここで決めるしかない。


 そして打席には第二の切り込み隊長の光。マウンドにはやはり柳生だ。


 打てなくてもいい。当てて転がせばチャンスはある。

 柳生も強豪校のエースという立場ではあるが、ただの人間だ。

 前日の試合を先発で四イニングなげており、疲れも取れきれないままこの試合で五回からピッチャーとして登板してこれで三イニング目。四回までもレフトとして出場している。

 そこまで疲労の溜まった体では、本来の投球はできないはず。


 ……そう思っていた。


「ストライク!」


 初球、外角高めのストレートに光は手が出ない。

 球速も120キロと十分。そして球質は今までよりもさらに良い。

 エースという意地なのか、回数を投げるほど本来の力以上の力を発揮しているように見える。


 そして二球目。

 柳生の指先から放れた球は、光のバットから逃げるように滑り落ちる。

 縦のスライダーだ。

 光は追いかけるようにスイングするが、バットは逃げ切り空振りとなった。


 二球で追い込まれる。

 柳生は三球勝負してくるだろう。巧はそう予想する。

 夜空、珠姫と続く打線で、テンポが悪くなれば明鈴にチャンスがある。

 打ち取られたとしてと、粘って相手にとって嫌な打席であれば、球数を投げさせて疲れさせることもでき、相手のリズムを崩せる。

 この状況で粘るバッティング。巧はそれを光に求めていた。


 しかし、それはそう上手くはいかない。


 三球目。

 外角低めの際どい球。このまま見逃せるわけもなく、光のバットは動く。

 ただ、その球は僅かに逃げるように手元で変化した。


「サード!」


 サードの本堂の前に転がるゴロ。

 ただ、弱い打球だけにチャンスはある。


「いけ!」


 巧は叫ぶ。

 粘ることはできなかったが、それでも転がったことで出塁のチャンスは十分にあった。

 三点差の場面でも細かく繋いでいくことで、皇桜にとっては嫌な流れを、明鈴にとっては良い流れを作っていくことができる。


 走る光も全力だが、守る本堂ももちろん全力だ。


 本堂が打球を処理し、すぐに一塁へと送球する。

 そしてその送球が到達するタイミング、光は一塁に頭から滑り込んだ。


 タイミングはほぼ同時。

 アウトか、セーフか。


 ……審判の手は上がった。


「アウトォ!」


 光の気迫は一歩及ばなかった。

 ただそれでも、勝利への執念を見せた打席だった。


 アウトになってしまい、ワンアウトランナーなし。

 あとアウトカウント二つで試合が終わる。

 つい十五分前までは全く逆の立場だった。


 本当に、野球は何が起こるのか最後までわからない。


 ただ、明鈴の攻撃がこれで終わりではない。


「まだ、終わらない。……終わらせないよ」


 夜空は息を吐き、打席には向かっていった。

野球は試合終了まで何が起こるかわからない!


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